19.カダスの本
炎の女に揉まれ、げっそりしながらもクエスト主のオジサンの下に辿り着いた。
声をかけようと近寄れば、誰かと話しているらしい。
背中が広く、ガタイが良い男だ。
髪は編み込まれ、後ろで短い三つ編みにまとめられている。
身なりはそこんじょそこらの一般人と比べてかなり良く、立ち振る舞いが貴族のようにも見える。
顔は見えないが、オジサンの嬉しそうな表情を見るに、随分と親しい仲のようで。
邪魔するのも悪いし、また明日来よう。そう思ってUターンしようとすればちょうど目が合って呼び止められた。
「お、アンタか。ここに来たってこたァ犯人が分かったのか? もしくは買い物か?」
「ん? カーター、知り合い……っておいおい。俺の愛弟子の鴉じゃないか」
愛弟子と呼ばれて思い出すのは、サービスが終了したとあるMMOでお世話になった先輩のこと。
不慣れな環境で手取り足取り教えてもらい、様々なアイテムを分けてくれた気さくな人。
毎日のように声をかけて下さった温かみのある先輩は、よく私のことを「愛弟子」と呼んでいた。
「あ。師匠!」
「よっ」と片手を上げた美丈夫、アーノルド師匠は目を細める。
歳のせいか、目尻に皺が刻まれているも、それすら格好よく見える。
走って近寄れば、力強く頭を撫でられた。
師匠には子供が二人いるらしく、こうして頭を撫でるのが癖になっているらしい。
「愛弟子に師匠って……クク、丸くなったなァ、アーノルド」
「あ? 笑うなカーター!」
肩を小突き合う二人には昔からの知り合いのような柔らかい雰囲気があった。
「てか、お前弟子とってたのか。俺ァ聞いてねェぞ」
「おう言ってなかったからな。二週間ぐらい前からだったか。最初は剣も持ったことがないようなお坊ちゃんだったんだけどな、実践込みでビシバシ鍛えてやったらその才能があったみたいでよ。めきめき強くなったんだわ。将来が楽しみすぎて夜なんて十時間しか寝れねぇぜ! ガハハハ!」
「お前がそう言うならおうなんだろうな! 良かったなアンタ! 才能あるってよ!」
褒めちぎられてにやにやしていると、兎もどきに頭を叩かれた。
「こら! 愛弟子に歯向かうとは何事だラスカ!」
師匠に喝を入れられた兎もどきは、怯えたようにフードの中に隠れてしまった。
私が怒っても飄々としているくせに、師匠に怒られるとこんなに怖がるのね。
フードの膨らんでいる部分を探り当て、指先で軽く触れる。
あ、噛まれた。この野郎。
「そういや、何か頼みごとをしている風だったが。愛弟子、お前それの報告しに来たのか?」
「……あい」
「そりゃァありがてェ。俺ァ気になって毎日九時間しか寝れなかったんだよなァ!」
「なにぃ! それは大変だ!」
ガハハ、と大口を開けて笑い合う二人に、私は苦笑いを浮かべる。
九時間も寝たら上等だと思う。
私なんてここ二週間は『オーバーゼア』が楽しすぎて平均睡眠時間は四時間だ。
元からある隈が最近はもっと濃くなっている。
クエスト達成の報告をすべく、クエストボードを開く。
これまで聞き取りした内容が簡潔に書いてあった。
それらを読み上げると、オジサンは太い腕を組み、大きく頷いた。
「なるほどなァ。ポーションの件は納得したぜ。ありがとよ。これは少ねェけど礼だ」
3万ユルとスクロールが手渡された。
周りにクラッカーが出現し、破裂音と共に紙吹雪を散らす。
「プレイヤ—ってのは不思議だなァ。そんなに金とスキルが嬉しかったのか」
「……仕様です」
仕様だけど、嬉しいのは嘘じゃない。
青いスクロールを凝視すると、収められているスキルが浮かび上がった。
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パッシブ仕草 : 喜怒哀楽
概要 : これで君も、感情表現の達人さ!
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パッシブ仕草。
スキルと思ったら、何か違う。
そういえば、スキルのスクロールと色が違うような。
「使ってみ?」
促されるままに紐を解き、スクロールを広げた。
ずらりと並ぶ言葉のような妙な酩酊感が脳を揺さぶった。
「アンタはポーカーフェイスだからな。これで表情豊かにしてくれや」
「……あい」
くらくらする頭を軽く振る。
パッシブ仕草を習得したはいいけれど、効果は感じられない。
無駄に体力使った感じする。
顔をしわくちゃにして、酩酊感を追い出していると、なぜか師匠に頭を撫でられた。
「ぷっ……アンタ、分かりやすすぎだろ」
「おっ、こりゃ凄いぞ愛弟子。足元から花咲いてる」
言われて、足元を見ればそこには確かに草花が咲いていた。
おかしいな。さっきまでは少し浮ついた煉瓦畳な地面だったのに。
茎を折り、青い花を手に取る。
花弁の先が透明だ。
見つめていると、ゆらゆらと揺れ始め、幻覚だったかのように指の間に溶けていった。
「……わぁ」
「その鉄仮面の下に感情隠しすぎだろ!」
「鉄仮面は情報戦でかなり有利なんだが、これはこれで面白いな。パッシブ仕草はオンオフの切り替えができるから邪魔になったら消してもいいと思うぜ」
師匠と店主に褒められ煽られ泣かされ弄られ、色々分かったことがあった。
嬉しいときは地面から花が咲き、悲しいときは雪が降り、怒ったときは雷が落ちる。
どれも半径一メートル以内で起こるということが分かった。
この仕様がとても気に入ったので、店主にはお礼に『ハガル』で作った氷華をプレゼントした。
前に子供達に渡したら好評だったものだ。
「礼に礼で返すったァどういうことだ? まァ、ありがとよ。こんな珍しいもん返せと言われても返ねェからな」
大事そうに木箱の中に仕舞う姿を見て、師匠が爆笑している。
兎もどきもフードから顔を出して笑っていたが、師匠の顔がぐりんとこちらを向いたので、すぐにフードの中で縮こまった。
「そういや、領主様は弟子に巻き込まれて相場が上がってるんじゃないかどうのこうのーって言ってたらしいが、俺ァそうは思わねェぜ。だってよ、最近弟子がここを通ったとこ見てねェもん」
「ふむ? それはどういうことだ?」
「いやだからよ、弟子は毎回このセントラル通りを通るんだよ。何があってもな。だがまだそれをオレは見てねェ。弟子が納品に来る姿を一度も逃したことがねェ俺が、見てねェんだ。……それによ、ポーションの他にも高騰している物があるんだがなんだと思う?」
ポーションの他に高騰している物。
市場を利用して購入するのは大体がポーションかマジックポーションなために他に何が売っているのかあまり分からない。
武器関連……だろうか。
私が口を開く前に、師匠が考えを述べた。
「もしかして、ポーションの材料か?」
店主が指を鳴らして「それだ!」と叫ぶ。
「あー。そろそろモンスターパレードが起こる時期だもんな。活性化したモンスターは明け花とかロブの根とか、ポーション作成に必要な材料を念入りに食い散らかしてくれるからな」
「動きが活発になって腹が減るっつう原理は分かるんだけどよ。毎年この時期になるとホント、そこら辺の材料が品薄になるんだわ……」
「……ポーションが値上がりするのはそのせいじゃ?」
「いや、このことを見越して作り貯めしてるみたいでよ。ポーションは関係ねェ」
「……ふむふむ」
頷きながら、『モンスターパレード』という知らない単語をメモする。
パレードと聞いて思い浮かぶのは、人が賑わう華やかな行進だ。
だが、二人の話を聞いていると、そんなに可愛らしいものではないということがわかる。
文字通り、モンスターの行進ということなのだろうけど、モンスターが列を乱さず大人しく行進する姿を想像できない。
「毎年アルバ殿の殲滅魔法によって事なきを得ているが、それがこれから先永遠に続くわけではない。あの御方ももうお歳だ。いつかくるこの平和の亀裂を防ぐためにも、まだまだ若い俺達が頑張らないとな」
「俺ァ引退した身だが、少しくれェは手伝うぜ。主に支援の面でな!」
「ガハハハ! それはありがたいな!」
話に全く入れないので、麻袋から四角い箱を取り出す。
細かに内側に折られた厚紙を開くと、箱の中から湯気が立った。
中身を覗くような体勢だったので、湯気が顔にしっとり馴染む。
じゃがいも……ここでは男爵芋と呼ばれるものに十字の切れ込みが入れられ、そこにバターが溶け味が染みていた。
食欲を刺激する見た目とその香りに、唾液が大量に生産される。
箱に黒く小さな手が乗った。
いつの間にかフードから出てきたらしい。
兎もどきの目は男爵バターに釘付けで、湯気を掴んでは一心不乱に口の中に入れる姿は実に愛らしく見えた。
男爵バターを買った時にもらった厚紙のスプーンをホカホカの男爵芋に差し込む。
それだけでほろほろと身が崩れた。
溶けたバターと男爵芋をすくって、口に運ぶ。
噛む前に舌の上で溶けた。熱い、けど美味しい。
滑らかな味が幸福感を倍増させる。
ここが私のエデンか。
私の腕にしがみつき、男爵バターを強請る兎もどきに一口分ける。
美味しすぎたのか、身体を小刻みに震わせた。
携帯のバイブレーションのようである。
「愛弟子が話についてこれてないな。男爵バターを美味そうに食べてる」
「男爵バター美味いもんな。けどよォ、アンタ、情報収集は大事だから俺達の話もちったァ聞いとけよ」
大きな身を口の中に放り込んだ時にそう注意されたので、慌てて飲み込む。喉には詰まらなかったものの、勿体ないことをした。
首を縦にブンブン振り、全肯定の意を示す。
「……情報収集と言えば、図書館はどこにありますか?」
情報収集と言えば図書館。
先人達の知識が詰め込まれた情報の海。
ネモの花や丘関係の話を探すにはもってこいの場所だ。
「トショカン? 初めて聞いたな。カーター、お前はどうだ?」
「俺も初めて聞くな。なんだそのトショカンってのは」
冗談でそう言っている……わけではないらしい。
二人とも首を傾げている。
「……図書館は本を貸し借りできる公共の場所? です」
「愛弟子よ、なんで説明しているのに疑問形なんだ」
「……途中であってるかわからなくなりますた」
「こらこら」
師匠にデコピンされ、身体が数歩後ろに下がり、HPが僅かに減った。
この人、手加減知らずである。
目を瞑って考え込んでいたオジサンは、露店を支える太い柱に寄り掛かった。
「そのトショカンってのは、この街にはねェと思う」
重々しく口を開き、さらに続ける。
「そもそも、本は殆どがセラエノのもんだ。それを大量に集めた場所、例えばアンタの言う図書館っつう施設を作ろうもんなら、セラエノと戦争になるぞ」
「……戦争? 図書館を作るだけで?」
「おう。セラエノにとっちゃァ、本は宝であり子だ。ここはまァ、文化の違いってやつなんだけどよ。奴らの価値観を俺らの価値観に置き換えると、子供を一カ所に集めてどこの馬の骨とも知らねェ奴らに定期的に連れて行かれるっつうわけになるんだが、まァ、発狂もんだよな。だって、四六時中子供の安全を確認し続けることはできねェだろ。隠れて傷をつけられたり、燃やされたり、中には返さないで存在自体を焼却しちまうかもしれねェ。これって最悪だよな? セラエノにとって本を貸し借りするっつうことは、俺らの子供を貸し借りさせるっつうことと同義なんだわ。……あー、なんか前に来たセラエノの使者が似たようなことを喚いてた気がするわ」
苦い顔を出して舌を出すオジサンに、師匠が串焼きを手渡す。
「おゥ、ありがとよアーノルド。このタレ、俺のところで売ってる串焼きと似てるな……ってオイ! 俺のじゃねェか! 金払え! 手かもう一本食っただろ!?」
「お前のはいつ食っても美味いよな。ツケで頼む!」
店主は串焼き屋だ。
この通りで一番美味しい串焼きを売っている。
だが同時に、市場という摩訶不思議な空間に接続して串焼き以外の物も売買している。
そもそも市場とは、プレイヤ—やNPCが物を間接的に売買することができる謎空間で、モンスターのドロップ品や自作した武具を己の判断した値段で売りに出すことができる。
ただ、なんでも売っているわけではなく、有名な店の商品は市場に並んでいないし、ガチャで入手できるレア度の低い装備は出品不可となっている。
ちなみに市場はメインストリートにある露店でしか使えない。
小耳に挟んだところによると、レアドロップアイテムはかなりいい値段で取引されるそうだ。
買ったものを再び市場に出品することはできないらしく、購入の際は慎重に、である。
転売屋対策としては十分なものだが、市場を通すことなく売ることもできるので、未だ転売屋はそこら辺をうろついている。
購入した物は速やかに市場ボードと呼ばれる透明な板から出てくる仕組みで、一度店主の手に渡り、購入者へと手渡される。
反対側に露店を開いている男と目が合う。
軽く睨まれた。
冒険者組合の受付嬢さんから聞いた話によると、市場はNPCだけのものだったが、プレイヤ—の登場により、かなり荒れたらしい。
それにより、一部のNPCはプレイヤーに対して良い目をしていないんだとか。
あ、そうだ。
冒険者組合と言えば、本を配っていたけれど、あれもセラエノのものなのだろうか。
「……冒険者組合で配ってる本はセラエノ産?」
「いや、アレはここカダスの技術で作られたものだ。なァ、アーノルド」
「あぁ。だがオレはそこら辺についてはあまり詳しくないぞ。答えられるのは一般に知られていることぐらいだ」
「おめー冒険者組合の職員のくせに知らねェのかよ」
オジサンに揶揄われ、師匠は不貞腐れたようにそっぽを向いた。
串で地面をつついている。
ため息を吐いたオジサンは、露店から本を持ってきた。
冒険者組合でもらったモンスターについて書かれている本と同じものだ。
「ここで作った本に関しちゃァ何も言わねェが……セラエノが作った本に傷一つでも付ければすぐに使者が飛んでくる」
一個人がなにかするだけで使者が飛んでくるなんて、そんな過剰に動くことなんてありうるのだろか。
「……あてげなぁ」
「あてげな?」
無意識に方言が出た。
それを拾った師匠が首を傾げた。
「……あてげなは奇妙な、って意味で使ってます」
「あーなるほどな。故郷の言葉ってやつだな」
納得したのか、下を向いて再び串で地面をつつきだした。
煉瓦の隙間に埋まっていた砂を書き出し、オジサンのサンダルの上にばれないように乗せている。
やっていることが子供である。
足元を気にしていないのか、それに気付かないオジサンは話を続ける。
「昔、セラエノの噂は迷信だっつって本に傷をつけた馬鹿がいてな。俺はその瞬間を見ていたんだが、数秒と経たないうちに空から使者が現れた。とんがり帽子になんの模様もない真っ黒な法衣。異様に長い足。そいつにとっ捕まえられた馬鹿はそれはそれはひでェ拷問を受けたみてェで、解放された後に三日と経たずに死んじまった」
小さく息を飲む。
セラエノって、思っていたよりも過激派だった。
本を大事にしているらしいから、文系だと思っていたのに。
「それ以降、セラエノの本は全て領主様が保管している。たまーに、外から来た奴でセラエノの本を持っている奴がいるんだが、大体が十日もかからずに失踪しているんだわ。もちろん旅に出た奴もいるかもしんねェが……まァ、殆どが手にかかってると思うぜ」
「……ひぇ」
「物騒な話だよな」
砂をかけ終えたのか、師匠が手を叩きながら立ち上がる。
オジサンの両足には大量の砂が乗っている。
「裏の闇市だと極稀に流れてくるらしいぜ。もし行くことあったら本には気を付けろよォ」
「いや俺その闇市を取り締まる側なんだが!? 気を付けるも何も闇市見つけたら通報&捕縛して牢獄行きにさせるんだが!?」
「そういやァそうだったな。とにかく本には気を付けろ。セラエノの紋章がついてるやつは大抵セラエノの子だからな」
セラエノの紋章。
セラエノからの使者。
セラエノと戦争。
ここまで聞きそびれてきたことをオジサンに問う。
「……まずセラエノって何?」
「そこからかよ!? おいアーノルド! お前の愛弟子世間知らずすぎるだろ! プレイヤーだからか!?」
「俺の愛弟子がこんなにも世間知らずのお坊ちゃんだったとは……」
二人の反応を見て、私は無知を恥じて下唇を噛む。
小雨が降り、肩を濡らした。
それを見たオジサンが、慌てたように私の肩を抱く。
「せ、セラエノってのはレン高原に架かってる端を渡って、川沿いに広がる森を抜けた先にある砂漠に囲まれた国だ。大陸中で一、二を争うバリバリの軍事国家で、年中戦争に明け暮れてる」
「俺は一度対セラエノ戦に参加したことあるが、アレはやばいな。個々の質が段違いに高かった。使用する武器も一つ先の文明圏のもの。もう二度と相手にしたくないな」
師匠は渋い顔をして、空を仰ぐ。
私の師匠である彼はかなり強い。
これまた受付嬢に聞いた話なのだが、カダス辺境都市内で五本の指に入る強さらしい。
セラエノは、そんな師匠が二度と戦いたくないと言わせるほどの強国のようだ。
「まァ、カダスにいれば大丈夫だろ。セラエノの侵攻を止めたことがあるからな」
「……」
「おい! また雨が降ってきたぞ! 愛弟子が悲しんでる!」
「あ、すまんすまん。どうも知ってる体で話しちまう。セラエノはな、一定以上の力を示すといろいろ取引できるようになって、かつ不可侵条約を結んでこっちに侵攻できないようになるんだわ。だから、よっぽどの事がねェ限り、セラエノと戦争になることはねェ」
「その不可侵条約のせいで、友国がセラエノと戦争をし疲弊している今、なんの支援もすることができんのだがな」
不可侵条約。
中学の時に習った記憶がある。
師匠の言う友国に支援物資等を送ることは、間接的な侵略行為にあたるため禁止されているのだ。
他国に頼らず己の国の力を見せよ。
弱ければ踏み倒す。
強ければ手と手を取り合おう。
そんなセラエノの意思が少しだけ見えた気がした。
「そうなんだよなァ。あ、俺がさっき言ったよっぽどってのが、最初に言った通り、セラエノ産の本に傷をつけることだ。んまァ、領主様が全ての本を押収してるし、よっぽどってのは起こらねェけどな! ワハハハ!」
領主様がセラエノ産の本を全て押収している。
つまり、領主様の手元のあるのはセラエノ産の本が大半?
あ。これはまずいかもしれない。
麻袋から、領主様からいただいた分厚い本を引っ張り出す。
どこかで見た瞳を模した印が、陽光に反射して煌めいた。
「セラエノ産の本にはセラエノの印が刻まれていてよ。簡単に言えば目のマークだな。お、そうそう。アンタの持ってるその本がセラエノ産の本のいい例だ……な……っオイィィィィィィィ!?」
目の球が飛び出そうなほど目を見開いたオジサンは、二度、三度と目をこする。
「アンタッ! それをどこで!?」
「……領主様から貰った、です」
「りょーしゅさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
頭を抱え、天に向かって咆哮するオジサン。
師匠が背後からオジサンの発狂する口を塞ぐ。
手が大きいからか、口がすっぽりと覆われた。
事の重大さを理解したものの、目の前の光景がおもしろくて、私は思わず花を咲かせてしまった。
「ああぁ、アーノルド! お前の愛弟子やべェよ! 花咲かせてるよ! アイツこの状況楽しんでやがる!」
「落ち着けカーター! 息を吸って大きく吐け! お前は冷静沈着のツッコミ役だろ! 思い出せ!」
「そうだ……俺は冷静沈着、深謀遠慮、頭脳明晰なツッコミ役のカーター……!」
「ぶふぅッ!?」
「愛弟子ぃー!」
堪えきれず、大量の花を咲かせて花まみれになった私は、行きかう人の奇異の視線を集めながらも笑い続けた。
「愛弟子、そろそろ時間だぞ」
気が付けば二時間もお邪魔していた。
営業妨害だと怒られると思いきや、店主のオジサンは朗らかな顔で私の肩を叩いた。
「……オジサン、お元気で」
「おゥ、また来いよ」
師匠の後をついて雑多に紛れる。
≪名声が上がりました≫
通りすぎていく人の顔が夕焼け染まりつつあるのを見ながら、広い背中を追いかけた。