17.ポーション高騰! 犯人は誰 4
ムカ着火ファイアーしてお腹が減ったので、露店で買ったホクホクのお芋さんにかぶりつく。
十字の切れ目に溶けたバターが染み込んでいて、口の中が幸せである。
「機嫌直ったみたいですね」
「……美味しいです」
紙袋からシオンさんの分を取り出し、渡す。
さっきからチラチラこちらを見ていたのは知っている。
きっとシオンさんもこれを食べたかったのだろう。
「おいひぃ」
「でしょー」
つい素が出たので咳払いをする。
特別親しくない相手には敬語を使うことを心掛けているのだが、やってしまった。
口のチャックを閉めて、兎もどきにお芋さんを分ける。
芋を食べ物と認識していないのか、ピーラーで人参の皮を剥ぐような音を立てながらほじくり始めた。
ほじくった中身は私の肩に散らばるので、やめて欲しい。
食べる手を止めたシオンさんに目を向けると、ばっちり目が合った。
「無理して敬語使わなくてもいいんですよ?」
どこか期待する目でそう言われてしまった。
「……シオンさんもですよ?」
提案を返せば、シオンさんは首を横に振った。
「いやいやいやいや、オレはいいんですよ」
「……いやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!」
「……えー」
謎の攻防戦を繰り広げ、終わりが見えなくなった。
不毛なやり取りに少し飽きてきた頃、シオンさんがさも名案とばかりに人差し指を立てた。
「じゃあ、オレも鴉さんもタメで話すということで」
「……ぐ……あぃ」
渋々頷くと、シオンさんはパァと顔を輝かせた。
「やった! 改めてよろしく、鴉!」
「よ、よろしく、シオンさ、……シオン」
「まだ硬いよ」とシオンさんは苦笑しながら綺麗な手を差し出してきたので、私はお芋さんを持っていない方の手で握り返した。
そうこうしているうちに、最後の目的地である領主の館が見えてきた。
いや、最初から見えていたのだが、近くに来れば嫌でも見えた。
あれは城だ。
塔のような城。
マップをつついて広げる。
貴族街にちょうど入ったみたいだ。
一気に周りが煌びやかになった。舗装された道路にはゴミ一つ落ちておらず、一軒一軒柵で区切られ大きな庭を持っていた。
時折通り過ぎる美しい装飾を身に着ける人は物珍し気な視線を向けてきた。
住む世界が違いすぎる。
「っと」
「……あ」
美しい世界に目を奪われていると、人にぶつかってしまった。
カラン、と金の装飾のついた杖が地面に転がる。
杖、ぶつかる、足が悪い、下手したら大怪我。
サァと血の気が引くのを感じた。
「す、すすすすすみません!」
「なに、大丈夫じゃ」
あわあわ言いながら、尻もちをついたご老人を助け起こす。
腕ほっそ。骨が浮き出てる。
ご老人は枯れ枝のように細かった。
ぞんざいに扱えばポッキリ折れてしまいそうで、とても怖い。
怪我はないかと問えば、ホケホケ笑って首を振った。
「そんなに心配するでない。これでもワシ、元冒険者なもんでの。身体はちと丈夫なんじゃ」
袖をまくり、力こぶを作るご老人。
残念ながら筋肉は盛り上がらなかった。
「お前さんら、どこに行くんじゃ?」
「……領主の館に」
本当に怪我はないか、ご老人の周りをくるくる歩き回る。
「だから大丈夫じゃて。クルッウーみたいな動きをするのはやめろ」
「……あい」
叱られたので、すごすごとシオンさんの横に戻る。
でもやはり気になるのだ。
ご老人を転ばせてしまったのだ。
本人はああ言っているが、こちらを気遣い怪我を隠しているのかもしれない。
「お前もなんとか言ってやれ。ワシは怪我一つしとらんとな」
「だってさ。ソワソワするのやめようか」
「……あい」
シオンさんにまで窘められたので、ご老人から目を逸らす。
「領主様の館に行くんじゃったら、伝言を頼まれてくれんかの?」
「いいですよ。何と言えば?」
「優しい若者じゃ。『アルバは王令に応じる』そう伝えてくれ」
「『アルバはオウレイに応じる』ですね。わかりました!」
クエストボードは出なかった。
本当にただの伝言らしい。
ハキハキしたシオンさんの受け答えを羨ましく思いつつ、ご老人を観察する。
まず目に入るのは立派な髭だ。
栄養を全部髪に吸い取られているのではないかと疑うほどの長さのそれを三つ編みにし、可愛らしい小さなリボンで結んである。
窪んだ目は少し朧気で、目の焦点があっていないように感じた。
ツルッツルな頭にはこれまた可愛らしい小さな帽子がちょこんと乗っており、年季が入っているのか所々糸が解れていた。
ゆったりとした紺色のローブは細かい刺繍が施されており、見るからに高そう。
私のマントも十分魅力的だが、この人のローブも同じくらい魅力的だ。
「あ、そういえば領主との面会には予約が必要なんだよね」
「……初耳」
「まさか鴉は領主の館に行ったことない感じ?」
「……ん」
シオンさんが嘘だろ、という目をしている。
確かに、初めてログインして少ししたら領主の館に向かえとでも言うかのように領主の館が金色に縁どられたけどさ。
正直に言うと行く必要を感じなかったんだよね。
領主って偉い人だし、一般人とでさえ会話が成立しにくい私が、そんな高い位の人とまともに話せるわけがない。
怖気づいて行かなかったとも言えるだろう。
「領主の館は事前に予約しておかないと行けないんだ。オレはてっきり鴉が予約をしているとばかり思ってた……」
「……申し訳ない。処す?」
「いや、責めてるわけじゃないからね! 処さないよ!?」
失態である。
私が早めに領主の館を訪れなかったせいで、こんな所で躓いてしまうことになった。
「なんじゃ。お前さんらアポなしで行こうとしとったのか。ふぉっふぉっ、無礼な奴と言えばいいのか、世間知らずと言えばいいのか。こんなの赤子でも知っとるぞ」
赤子でも……この世界の赤子はハイスペックらしい。
「仕方ないのぅ。お前さんらには伝言を伝えてもらわねばならんからな。ほれ、これを見せれば予約がなくともレグ坊と面会できるじゃろう」
「……ありがてぇです」
手渡されたのはどこかで見たことがあるような紋章の入ったハンカチ。
赤ちゃんにも優しい肌触りだ。
「ふぉっふぉっ……ふむ」
しわしわな手で顎髭を梳きながら、何やら一つ頷いて見せたご老人は、
「お前さんら、プレイヤーじゃろ」
「はい、そうですが……」
「やはりか。ちと聞きたいんじゃが、お前さんらは——」
手を止め、ぴたりと焦点のあった瞳で真っすぐに私達を見た。
「——お前さんらは丘に挑むのか?」
おか。オカ。丘?
丘に挑む。
抑揚の無い、感情が抜け落ちたような声が頭の中で反芻する。
言葉の意味を考えていると、ご老人はクッと口角を上げた。
「レグ坊の息子が病気でな。それに効く花が丘で咲くんじゃよ。じゃが、フィルステアちゃん……錬金術師がいないからネモの花を手に入れるのが難しくてな。もし丘に挑むのであれば花を分けて欲しいなと思っただけじゃ」
「……ふんふん」
領主の館がマップ上で光に包まれていたのは、レグ坊なる人の息子を助ける、というクエストが発生していたからかもしれない。
ところで話の中に出てきたフィルステアという錬金術師は、もしかするとあの人……あれ、誰だっけな。確かウから始まる全裸の男が言っていた『フィーちゃん』のことかもしれない。
メモ機能を使い、フィーちゃん=フィルステア? と書き込んでいると、足元で猫の鳴き声が聞こえた。
「はわわ」
「……おー」
真っ白な猫がいた。
小柄で、金と銀の瞳を持つヘテクロミア。
シオンさんが目を輝かせて猫に手を伸ばすも、ご老人の背後に逃げられてしまった。
猫とはそういう生き物である。どんまい。
「おっと……そろそろ時間か。よしよし。ではワシは急いでいるからな。またどこかで会おう若者達よ」
「はい!」
「……お元気で」
猫が一際大きくなく。
するとご老人の身体が空気中に溶けるように消えた。
残った蜃気楼の様な歪みに手を伸ばすと、それは直ぐに掻き消えた。
領主の館の前に立つ。
館というより、やはり城と言った方がしっくりくるのは私だけではないはずだ。
門の前に立つ屈強そうな男と目が合った。
眼光が鋭い。
おもむろに視線を外して、ステータス画面を見る。
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プレイヤー : 鴉
Lv : 20
性 : 男
職業 : 町医者
HP 67
MP 83
筋力 21
耐久 11
俊敏 14
精神 21
器用 21
割り振り可能ポイント残り : 0
(タップで全体を表示)
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「何してるの?」
「……倒せるかなと思って」
「ん? 誰を?」
「……門の前に立ってる人?」
「え。まさかそのためにステータス画面を開いてたの? 待って。鴉って脳筋?」
「……かも?」
ステータス画面を閉じる。
「倒せそう?」
意外と止めようとしないシオンさんに、私は首を振る。
「……あと30あったら勝てる」
「うんうん。さすがにこのレベル差で勝てるのは余程のプレイヤースキルかチートがないと無理かも。門番がこれだけ強いのなら、噂の騎士様とやらはどれだけ強いのやら」
「オラわくわくすっぞ」と媒アニメのセリフを呟くと、シオンさんも「オラもオラも」と言った。
打てば響く面白い人である。
さて、と。
ご老人からいただいたハンカチを握る。
門番に話しかけるという苦行をシオンさんに任せてやりとりを傍観したいところだが、そんな頼めるはずもなく。
シオンさんとの談笑を打ち切り、頭の中で門番さんに話しかけるためのカンペを作る。
いざ実行するとなるとそのカンペが真っ白になるのであまり意味のある行為ではないけれど。
「……すみません。領主様と面会をしたいのですが」
「招待状、もしくは予約紙をお持ちか?」
「……どちらも多分ないんですけど、これなら」
ジロリ、と見下ろす門番さんの目を見ながら、紋章の入ったハンカチを見せる。
「これは……ッ!」
「……え」
「これを持たせてくださった方から伝言を頼まれたのです。領主との面会は可能でしょうか?」
目をいっぱいに見開き、門番さんが私の肩に掴みかかってきたので言葉を詰まらせていると、横からシオンさんが助け舟を出してくれた。
門番さんの手がシオンさんによって叩き落される。かなり痛そうな音だった。
「す、すまない。お客人。非礼を詫びよう。面会は可能だ。門を開ける、暫し待たれよ」
門番さんが小さな詰所のような場所に駆け足で向かった。
慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、ガコッとカギが外れた音が鳴り、続いて、鎖が引き摺られるような物々しい音が聞こえた。
ゆっくりと門が引き上げられ、砂が落ちた。
「お待たせした。領主様は今書斎にいらっしゃる。くれぐれも粗相のないように」
門番さんの横を通り過ぎ、美しく整えられた敷地に足を踏み入れた。
「前も一回だけ来たことあるけど、やっぱり広いなぁ」
「……んだんだ」
「農民がいる」
「……農民」
深紅の絨毯がひかれた廊下を進む。
高そうな壺や絵画が飾られており、窓辺を指でなぞりすくうも埃一つ落ちていない。
階段を上る際に三枚の肖像画を見かけた。
髪色や目鼻立ちが似ていた。
代々の領主の肖像画だろうか。
三階分の階段を上りきる。
書斎に続く足跡を辿り、廊下を右に曲がる。
奥の扉で足跡が途切れているのが見えた。
「……目的地、周辺です」
「ぶふっ。カーナビじゃん」
「……よくわかりましたな」
「うん。それらしい声だったし、最近は珍しいかもだけど、俺カーナビつけて自分で運転してるからね。というか何故に武士みたいな話し方?」
「……なんとなく?」
二言三言交わせばあっという間に書斎前に着いた。
他の扉とはまた違った黒塗りの扉で、薔薇が刻まれている。
ドアノブはピカピカに磨かれていた。
三回ノックし声をかける。
と、ちょうど中から何かが倒れるような大きな物音と、悲鳴が聞こえた。
「た、たすけてくれ……」
ヘルプコール。
緊急事態のようだ。
扉が勢いよく開ければ本の下敷きになっている男性がいた。
「大丈夫ですか!?」
素早く本を退かすシオンさんに習って、私も動く。
男性の上に乗っている本を取り、神が折り曲がったら大変なので慎重かつ素早く空っぽの本棚に並べていく。
うつ伏せになっていた男性を上向けにする。
気絶したのか、白目を剥いていた。
無言で小型カメラであるレコードを取り出し、誰にも見られないよう消音で写真を撮った。
そっとレコードを仕舞い、枝を振って回復スキルを使う。
初めての時と比べて、スキルの発動速度がかなり速くなったと思う。
一定以上の完成度かつスキルを描くスピードが速ければ速いほど、スキル発動速度は速くなる。
「うっ……」
「大丈夫ですか?」
シオンさんに支えられて、男性が上半身を起こした。
額を手で抑え、眉間に皺を寄せている。
乱れた髪から覗く深い隈の刻まれた目は、疲れの色で濁っていた。
「助けていただき感謝する。あなた方は一体……?」
問われて、シオンさんは少し悲しそうな顔をしたが、すぐにいつもの人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。
「……オレはシオン。こっちが鴉です。領主様に伺いたいことがあって、えーと、訪ねました」
「シオン殿と鴉殿……私はレグノード・フォルガン。はて、面会の予約はあったかな?」
「いえ。ですが、こちらを見ていただけると」
シオンさんに肘をつつかれ、慌ててハンカチを見せる。
握り締めすぎたのか少し皺が入っていた。
よく見れば手汗で少し滲んでいる。恥ずかしい。
「これは……爺の! これをどこで!?」
「……貴族街で。それと伝言が。『優しい若者じゃ。ある』なんだっけ?」
「ええ。そっち覚えてたの? 『アルバはオウレイに応じる』と」
「んなッ!?」
拳を握りわなわなと震える領主様だったが、私達がいることを思い出したのか、頭を振って手の力を抜いた。
かなり強く握ったのか、骨が薄い皮膚を突き破らんとするぐらいに浮き出て見えた。
掌にはうっすらと血が滲んでいる。
バレないように『癒えろ』のスキルを飛ばした。
「お見苦しいものをお見せした。すまない。伝言は確かに受け取った。……が、あなた方はこれとは別に聞きたいことがあるようだ。ここは薄暗い。場所を変えようか」
「……はい」
神妙な顔をして頷く。
領主様はシオンさんの肩を借りてよろよろ立ち上がると、視線を彷徨わせた。
本棚に並べられていた分厚い本を抜き、脇に抱え、シオンさんの助けを手で制すると、しっかりとした足取りで出入り口に向かった。
「さて、話というのは?」
執事らしき壮年の男性に出された紅茶を、私の横で領主様が飲む。
やはり貴族というべきか、品のある飲み方だ。
私も真似しようかな、貴族って振る舞いが美しいよな、はぁーいい匂いがするわ、などと手元のカップに移る赤茶色い自分の顔を見つめて、少しばかり現実逃避をする。
大窓から差し込む日光に背中を温められながら、そっと隣に座る領主様を盗み見た。
もう何度も見た。
そして思うのだ。
なぜ私の横に座っている?
大事なことだからもう一度言うけどなぜ私の隣に?
普通、領主様だけが座って、私達は立ちながら話を聞くのでは。
好感度パラメーターを上げた記憶なんて全くないんだけど。
目が合いそうになって、すぐにカップに視線を戻す。
この扱いはまるで、客人をもてなすような……。
宇宙を背負っていると、シオンさんと目が合った。
対面する真新しい皮のソファーに座り、緊張でカチンコチンに固まっている。
会うのが二回目だと言っていたが、緊張はしてしまうようで。
口角を無理矢理上げて表情を保っているのか、時折頬が痙攣している。
シンプルに怖い。
「……は、はい。領主様に聞きたいことがありまして。さ、いきんポーションが市場に出回る量が少なったみたいで。えと、何か知りませんか?」
「ふむ。ポーションが。それは恐らく暗闇の森に住む錬金術師の不在が原因だと思われるが、弟子がいたはず。早々に市場が狂うことなどないはずなのだが……」
紅茶をテーブルに置き、むむむ、と唸りソファーによりかかる。
目を瞑り何事かを逡巡している様子だ。
「発言の許可を」
「許す」
控えていた執事の男性が声を上げた。
領主様が片手をあげ、許可を出す。
「最近獣人による被害が多数報告されているのはレグノード様もご存じだと思われますが、冒険者達の手を借りても被害は抑えきれていません。もしかすると、ロイ様はそれに巻き込まれたのでは?」
「ない、とは言い切れない。あの子はいろいろと運に見放されているからな……」
錬金術師の弟子はロイ、とメモをとる。
人の名前を忘れやすいからこうしてメモをとっているわけだけど、あまり見返すことはない。
少し勿体ないことをしているような気はするけど。
「鴉殿、シオン殿はロイをご存じか?」
「……いえ」
「おや、珍しい。この街の者なら誰もが知っていると思っていたが……ふむ。当てて見せよう。あなた方は遠い国からの旅人……いや違うな。最近街で噂されている、人の可能性が具現化した存在。星の旅人か?」
「……はい」
そう言えばそういう設定だった気がする。
世の理を超えた成長速度、個人が保有するには多すぎるスキルの数、常人とかけ離れた身体能力、人の可能性を具現化した存在。それなるは星の旅人。
NPCから見れば、プレイヤーの成長具合は確かにそのように映るのだろう。
頷くと、領主様はそれは嬉しそうに目を輝かせた。
「この話を終えたら頼みたいことがあるのだが!」
「……分かりました」
「ありがたい。そうとなれば、早々にこに話は切り上げないとな」
身を乗り出すように近寄られたので、若干距離を取りつつ対応する。
ソファーの端で座り直し、自分の座っていたであろう丸く皺がついた場所を触った。
かなりお尻の位置をずらしたな。
「話を戻すが、錬金術師の弟子の名はロイ。錬金術師が紅玉祭で不在の中、代わりに仕事をこなしている。腕は確かなのでが、あの子は生まれつきの星が悪い。不幸に自分から頭を突っ込むほどにあの子は運に見放されている」
それなはなんとも、可哀想に。
「間違っても可哀想になどと本人の前では言わないことだ。あなた方と言えど、あの子の軽蔑の対象になるだろう」
「……はい」
自分の考えが見透かされた気がして居心地が悪くなった。
私のか細い返事を聞いて、領主様は鷹揚に頷く。
「さて。ロイの腕は確かだと言ったが、それを納品する腕は全くなくてね。この館に送り届けるまでに何度も事件に巻き込まれる。時にはチンピラに絡まれたり、事件の容疑者にされたり、近道を抜けようとして壁に挟まって抜けなくたったり、馬車に轢かれそうになったり。納期が数日遅れることは毎度のことだ」
それが分かっているのなら、わざわざ届けさせるのではなくて、取りに行けばいいのではないだろうか。
門番でさえ私よりもかなりレベルが高いのだ。
装備もよさげだったし。
確か錬金術師が住んでいる暗闇の森の適正レベル二十五だから、難なく取りに行けると思うのだけれど……。
「何度か私の方から取りに行くと言っているのだが、断るの一点張り。錬金術師に似たのか頑固でね。私が先に折れたんだ」
「……そうだったのですか」
私が心の中で思った疑問点を説明してくれる領主様。
この人、心が読める人なのかもしれない。
「そういう訳で、ポーションが市場に出回らない事は度々あった。だから今回も……と私は考えている」
勝手にマップが開かれ、クエスト主の露店のオジサンがいた場所にピンが刺された。
十分に情報を集めることができたみたいだ。
「……情報、ありがとうございます」
「いや、確たるものでないのが歯がゆいが、力になれたのなら良かった」