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濡羽色の鴉  作者: スウ
16/25

16.ポーション高騰! 犯人は誰 3


 裏通りはいつもパルクールの練習も兼ねて入り組んだ場所から行くのだが、今回はシオンさんが手を貸してくれるということもあり、ちゃんとした生気のルートから行くこととなった。

 久しぶりの正規ルートは平坦な道だった。


「……クエスト、受けなおさなくて良かったんです?」


 私が今受けているクエストを受注していないシオンさんは、クエストを達成しても報酬を受け取ることができない。

 そうなると、なんだか申し訳ない気もする。


「さすがに一日に二回も公衆の面前で戦うのは恥ずかしいので、大丈夫です!」


 やっぱりシオンさんでも公衆の面前で戦うのは恥ずかしいのか。

 容姿がキラキラだから、目立つの好きなのかなと思っていたけど、そうでもなかったようだ。

 マップを確認する。

 角を曲がった先にある家が金色に縁取られていた。

 時折人の視線を感じて、廃屋に目を向ける。

 割れた窓から獣の耳が見えた。

 思わず、足を止めてしまう。


「どうしました?」

「……いえ」


 角を曲がりきるまで視線は背中を追ってきた。

 途中、地面に転がっているごみを蹴ってしまった。

 足元を疎かにしがちなので、気を付けなければ。

 僅かに浮いている煉瓦を煉瓦畳に埋まるように踏み締めながら進んでいると、目的地に着いた。


「……ここです」

「おぉ」


 今にも潰れそうな家の扉枠が、金色の輝きを放っている。

 錆びついたドアノブに手をかけると、ポロリと取れた。


「「あ」」


 口を真一文字にしてシオンさんを見ると、同じような顔をしていた。

 手に持ったドアノブを見つめて、そっと自分の麻袋に仕舞う。

 この家にドアノブなんてなかった。元からついてなかった、うん。


「鴉さん!?」

「……ここのドアノブは最初からついていなかった。OK?」

「いやいやいやいや」


 私の麻袋を指すシオンさんに暗い微笑みを見せて、扉をノックする。

 返事はない。


「……不法侵入OK?」

「OKだとは思うんですけど、どうなんでしょう。オレとしては媒ゲームのように無断で家に入って棚とか漁ったり、壺を割ってみたいですね」


 いたずらっ子のように目を細めるシオンさん。

 私も他人のベッドに飛び乗って簡単なベッド批評をしたり、本棚に並べられた高そうな本を読み漁りたい。

 上手くドアノブの話題から話をずらせたので、小さくほくそ笑む。


 もう一度扉をノック。やはり返事がない。

 試しに扉を押してみると、鍵がかかっていないのかすんなり空いた。


「……行きましょう」

「はいっ、何が出るかドキドキですね!」


 兎もどきはすでに家の中に侵入しているようで、割れた窓から私を見ている。

 光が差さないところにいるせいか、兎もどきの目からハイライトが消えて見えるので少しホラーである。


 意を決して足を踏み込めば、足元の埃がふわりと舞った。

 部屋の中央まで来て、振り返る。

 扉から差し込む光の中で、空気中に浮いている埃が幻想的に見える。

 くっきり残った二人分の足跡は、長年ここに人が足を踏み入れていないことを示していた。

 蜘蛛の巣を身体に纏わせ埃まみれになって近づいてくる兎もどきをつまみ、シオンさんに渡す。

 すると、露骨に嫌そうな顔をしたので、私も同じ顔を作る。

 埃がかった本を開いては閉じ、一冊ずつ麻袋に入れていく。

 初期と比べて私のレベルが上がり、アイテムボックスの容量も増えたので、何も考えずに袋に入れていく。

 傍から見るとただの盗人である。

 

 鼻がムズムズするのか、くしゃみを連発する兎もどきを背に、机に広げられた手記のを拾い上げる。

 他のものと比べて比較的新しいものだ。

 これだけがあまり埃をかぶっていない。

 本の端を持ち、表紙を払う。

 この世界特有の文字で書かれたタイトルが表題紙に縫い付けられていた。

 脳内で自動的に翻訳され、読めない単語の群の意味を理解する。


「なにか見つけたんですか?」


 髪の毛に蜘蛛の巣を引っかけたシオンさんが隣に来た。

 手記を渡し、一番最初のページを開く。


「ふむふむ。私は、人から忌み嫌われる存在である。虐げられ、暴力を振るわれるのは日常茶飯事であった。心身ともにボロボロになった私は、繁栄を呪われた土地を彷徨い歩いていた。そうして、死が近づくのを感じて息を殺して生きていた。だがある日、超がつくほどのお人好しに拾われた」


 綴られていたのは人間から差別されていた獣人の人生……獣生だった。

 傷つき死にかけていた獣人を助けたのは皮肉にも人間の男で。

 序盤の方には不平不満が書き殴られていた。

 だが、自分が受けた治療やそれに使われた薬草については事細かに書かれていた。


 人間の男はカダス辺境都市唯一の錬金術師だったらしい。

 獣人がそれに気づいたのは傷が癒えて数か月経った頃。

 絆されたのか、少しずつ人間の男との距離が縮まってきているような内容が書かれ、ここからは人間の男ではなく「ニック」と名前で書かれている。

 ポーションを作る工程についても詳しく書いてあり、聞いたことのない薬草の名前がメモられていた。

 記述通りの薬草を調合したら、いつかプレイヤーがポーションを作れるようになるかもしれない。

冒険者組合で貰った本に載っているかもしれないから後で見てみよう。


「ある日、ニックは王都からの依頼だと言って家を出た。獣人は帰りを待ったが、ついには帰って来なかった……王都きな臭いですね」

「ですな」


 二年。ニックの帰りを待ちわび、冬を越す準備を行っていた時、王都からの使者が来たそうだ。

 渡されたのはニックの大事にしていたペンダントと、一通の手紙。

 手紙の詳細については書かれていないが、錬金術師になる覚悟とニックの意思を受け継ぐことが綺麗な字で書かれていた。


 そこから日付が飛んでいる。


「王都から呼び出された。錬金術師が一人減るだけでどれほど弊害があるのか分かっていないみたいだ。さすがはお貴族様。自分本位なところは相変わらず直っていないみたいだ。このくそ野郎どもが。丘の餌にしてやろうか……すぐに戻ろうとは思うが、万が一私が戻らない場合、弟子が街を支えることになっている。……あの子のことだ。なんとかなる。性格はあれだが、私の弟子だ。きっとうまくやるはずだ。アイツにも迷惑をかける。当分あそこから出られなくなるだろうし、しばらくは卑屈になるかもな。……クソ、ボウヤのジジイもいなくなる。王都はカダスに死ねと言ってるのか」


 文字はそこで途切れていた。

 後半は棒読みながらも読み切ったシオンさんから手記を渡される。

 インクが染みている個所が何個かあった。

 これは涙の後だろうか。それとも涎?

 なぞってみると、少し紙が浮いていた。


「錬金術師が一人減ったから、最近出てるポーションが少ないんですかね」

「……かもです」


 手記を閉じ、麻袋に入れる。


「鴉さんのアイテムボックスって容量大きいですね。今何レベなんですか?」

「……あ、今は20です」

「はや!?」


 驚いて目ん玉が落ちそうなほど見開くシオンさん。

 オーバーリアクションだ。

 そんなに驚くことではないと思うのだけど。


「……発売して二週間だし、皆これくらいかと?」

「いやいやいやいや!? オレなんてまだ15ですよ?」


 シオンさんも十分高い気もするけど。

 難しい顔をしながら顎に手を置いたシオンさんとステータスの話をしながら、錬金道具らしき物と本棚に残っている数冊の本を麻袋に仕舞う。

 しまった、シオンさんの分も残しておいた方がよかっただろか。

 ちらりとシオンさんを見るが、特に気にしていないようだ。

 何か考え事をしているのか、顔を覆ったり掲示板を開いたりしている。


「あの、か」


 シオンさんに声を掛けられた時に道具を落としてしまい、大きな音が鳴った。

床に円を描きながら転がる薄い蓋を拾い、シオンさんを見上げる。


「……今何か言いかけました?」

「いや、大したことじゃないんで大丈夫です」


 と言いつつも、私に何か言いたげな暗い顔をしている。

 シオンさんも錬金道具が欲しかったのだろうか。

 そう聞けば首を振られ、いつもの雰囲気に戻った。

 妙なしこりを感じつつも、言及することなく道具を集める。

 手にもてない分は、この前モンスターからドロップした風呂敷に包んで担ぐ。

 すっかり物のなくなった室内を見渡す。まるで引っ越しした後のような物のなさである。

 マップを開く。

 次は中央広場だ。




 外套の下で、スキルを描きながら目的地を目指していると、シオンさんが地面を指して目をキラキラさせた。


「鴉さんの歩いている時に氷に花が咲くエフェクト? モーション? めっちゃカッコいいですね!」


 唐突にそう言われたので、なんの身構えもしていなかった私の顔はだらしなく緩んでしまった。

 褒められ慣れていないから顔が熱い。


「……ありがとうこざいます」


 シオンさんの顔が見れなくて、露店を見ながらお礼を言う。


「これってもしかしてスキルとかですか?」

「……そです」


 ジッと私を見つめたシオンさんは、私の左手に目を留めた。


「もしかしてその手もスキルで黒くなっているんですか?」

「……や、これは呪い?」


 「呪い」と小さく呟き、再度私を見つめたシオンさんは外套をつまんだ。


「パッと見、このマントですか?」

「……ぶぶー」


 装備は外套で隠れているし、パッと見ても分からないと思う。

 私の首元から顔を出す兎もどきの頭を指の腹で撫で、その指にはめられた指輪を見る。

 日光を反射し、鈍く光った。

 

 あの下水道にあるダンジョンに挑むには、もっとレベルを上げなくてはならない。

 人を引きずり込む恐ろしい何かが出そうな下水道の入り口が脳裏にチラつく。

 一人では挑みたくないなぁ。

 悪寒を感じて、粟立つ左腕をさする。

 指輪の呪いは左腕をまるっと侵食して止まった。

 経過を見てきたが、これ以上侵食されることはなさそうだ。

 何日か前に思い切って左腕を切断し、部位欠損状態から『癒えろ』をかけて腕を生やしたのだが、呪いが消えることはなかった。


 裏通りの終わりを示すワイヤーに掛けられた布をめくると、中央広場に出た。


「わぁ、布をくぐっただけで、一気に情報量が増えましたね」

「……ですな」


 人の多さに目暗みがする。

 この前旅行で行った京都の駅よりも人が多い。

 屋台が密集しているからだろうか。


 いい匂いに釣られて旅立とうとしている兎もどきを肩の上に留まらせ、地面に浮かぶ足跡を追う。


「そう言えば、その子の名前なんて言うんですか?」

「……名前?」


 種族名はラスカ。

 名前、は……兎もどき?


「……う、兎もどき」

「それは見た目じゃ……」


 黙りこくった私を見て、途中でツッコミを止めるシオンさん。

 それ以上は何も追及されなかったので、私からは何も言わなかった。

 特に話題をこちらから振ることなく、目的の場所に着く。


 大きな噴水から飛んでくる細かい飛沫が日光に反射して、うっすら虹がかかっている。

 とても幻想的だ。

 その虹を割るがごとく、水面から尾が突き出た。

 イナバウアーのようである。

 待ってましたといわんばかりに人だかりが集まり始める。

 何が始まるんだろう。

 戸惑いながらシオンさんを見ると、苦笑いをしていた。

 訳知り顔である。


 そうして始まったのは、美しい尾を持つ全裸の男の噴水ショーであった。

 惚れ惚れするような美声が広場中に届き、視線を独り占めしていく。

 艶めかしく光る、腕から生えた鱗。

 付け根が青い色調で、毛先が半透明な長い髪。

 人を惹きつける切れ長の瞳。

 無駄な肉のない完成された身体。


 洗脳されたのか、男女関わりなくゾンビのように人々が噴水に群がってきた。

 美を特等席で見れた私は、幸運なことだと噛み締めながらも、どこか冷えた目でショーを見た。

 彼が舞う度に、泡が広場に広がる。

 男性の人魚が存在するのかはさて知らないが、私の目には彼がかの有名な人魚に見えた。


 五分ほど経っただろうか。

 広場からは妖しい雰囲気が消え、元の活気を取り戻し、人々は日常へと帰っていった。

 全裸で舞っていた男は顔だけ出して噴水を泳いでいる。

 誰もそれにツッコまないのが恐ろしい。暗黙の了解とかだろうか。


「……今のは」

「鴉さんは初めてだったみたいですね! 今のは妖精による十五次を示す噴水ショーです。五分ぐらいしかやらないんですけど、結構人気なんですよ。ファンクラブもあるらしいです」

「……ほぇー」


 次の目的地まで導いてくれる足跡は、噴水に続いている。

 聞くべき要人は噴水の中で悠々と泳ぐ全裸の男のようだ。

 声をかけるために心の準備をしっかりとすませる。

 話すべき内容を定め、脳内にカンペを用意する。

 知らない人に話しかけるのは緊張する。


「……あの、すみません。えと、その……」


 声をかけると、美しいかんばせが私を見た。

 私を見上げる草の息吹を感じさせる若芽色の目がとても綺麗で、頭が真っ白になった。

 言葉に詰まってしまって、焦る。

 えと、ええと、何を言おうとしていたんだっけ、あれ、あぁぁ。

 目を泳がせた私の次の言葉を待つ全裸の男。

 心の中であわあわしていると、シオンさんが横でサムズアップした。

 応援してくれている。

 一度大きく深呼吸して、私は口を開いた。


「……ぽ、ポーションについてお聞きしたいのですが、今お時間大丈夫ですか?」

「はい」


 上半身を滑らかな石造りの上に乗り出し、彼は頬杖をついた。


「……最近、市場で出回るポーションが品薄状態になっている原因を何か知りません……んん、ご存じないですか?」


 そう問うと、彼は首を横に振った。


「私はウィネ。ニンゲン、お前は?」

「……え、あ? 私は鴉です」

「オレはシオンです」

「ふーん、からす、ね。からすからすからす……うん、きっと忘れるだろうけど、この時だけは覚えたよ。もう一回要件を言ってくれるかな?」


 シオンさんの名前を復唱することなく、うんうん頷くウィネさん。

 無視されたシオンさんはしょんぼりと肩を落としている。

 クエストを受けていないと名前は聞かれない仕組みなのかもしれない。

 独特なペースに流されつつ、もう一度要件を述べた。


「あぁ、それなら聞いたことがあるよ」


 髪の毛を人差し指に絡めながら彼はそう言った。


「アリアが言っていたんだけれどね、フィーちゃんが王都にお仕事に行ったからなんだってさ。いくら弟子がいるからって、あの子がいないとポーション足りないのに」

「……フィーちゃん? 弟子?」


 フィーちゃんて誰だ。

 王都絡みとなると手記と関連付けてあの錬金術師のことだろうか。


「フィーちゃんはフィーちゃん。……あぁ、分からないか。お前らニンゲンが忌み嫌う獣人の錬金術師だよ。弟子はフィーちゃんが拾った亜人ネフィリムのこと」

「……ふむ。ねふぃ?」

「知らないの? ニンゲンなのに? 亜人ネフィリムは物好きなニンゲンと獣人の間にできた子のこと。ニンゲンらしさが濃く出ているからか、獣人よりは差別被害は少ない」


 少々刺々しい言葉に心を痛める。

 豆腐ハートにはグサグサくる。

 初めて耳にする単語をメモし、ウィネさんに話を続けるよう促す。


「ニンゲンに近い容姿のやつ。だから貧民街でこそこそ生きなくて済むし、大抵のニンゲンからは何も言われない。けど、獣人側からしたら亜人ネフィリムは禁忌。獣人が亜人ネフィリムを襲う事件はここ最近多発しているよ」


 認識を改めさせられた。

 私が思っていた獣人は、この世界で言う亜人ネフィリムのことだった。

 じゃあ、あの酒場裏にいたグリズリーは何だろうか。

 明らかに人間とは異なる風貌だった。

 あれこそが、本物の獣人なのだろうか。


「事件と言えば。フィーちゃんの弟子がその事件に巻き込まれちゃったらしいよ。あ、これもポーションが少なくなってる原因のひとつかも」

「……その弟子の人はどこに?」

「森に籠ってるんじゃないかな。気になるところだけど、私はここを出られないから。あ、そうだ。私からのクエストを受けてよ。どうせ暇でしょ」


 髪をかきあげるウィネさん。

 同時に、噴水近くのベンチに腰掛けてこちらを見ていた三人組の女性たちがため息をついた。

 頬がうっすら染まっている。

 あれがシオンさんの言っていたファンの人、だろう。

 目の前に表示されたクエストボードを承認する前に、シオンさんに声をかける。


「……クエスト表示されました?」

「ないです……。クエスト途中に発生する派生型クエストみたいなので、元となるクエストを受けていないオレは受ける資格がないみたいだ」


 残念そうに眉根を下げたシオンさんだが、次には気持ちを切り替えたのか「今度絶対受けてやる」と瞳の中の炎を燃やしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


クエスト「錬金術師の弟子」

妖精ウィンディーネが、暗闇の森に住む錬金術師の弟子の様子を見てきて欲しいようだ。酷い怪我を負っているらしい。彼が生きていればいいのだが。


▶達成条件

弟子の情報を集める。

弟子の姿を見る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 酷い怪我なんてこの人一言も言ってなかったんですけど。

 無言でクエストを受注する。


「ふーん。見てきてくれれば、それ相応の対価は支払うよ。ちゃんと見てきてくれれば、だけどね?」


 鼻で笑ってこちらを見下すウィネさんにイラっときた。

 イケメンだからって、煽っていいだなんてことはないんだぞ。

 煽る覚悟があるやつは煽られる覚悟があると聞く。後で覚えておけよ。


「私からはこれくらいかな。図々しいニンゲンは他に何か聞きたいことはおありで?」

「……情報ありがとうございました」


 真顔でお礼を言う。

 ウィネさんは軽く手を振り、そして思い出したかのようにニタリと笑った。


「あぁ、ニンゲン。妖精の言葉を信じるかはお前次第だよ」


 選択肢の吹き出しが唐突に現れた。

 これはNPCである全裸の男、ウィネさんには見えていない。


▶信じる

▶信じない

▶答えず、去る


 話の端から信じないというのはさすがに人間不信すぎる。

 もし私がウィネさんの立場で、せっかく情報を開示したのに、信じてくれなかったら悲しくなる。

 印象が悪くなるのは避けたいところだ。


「……」


 だからって。

 初対面なのにマウントとろうとして。

 こちらを見下し始終嘲笑うような不快な笑みを浮かべる人に『信じる』だなんて言いたくない。

 もう大人と呼べる歳だが、まだ成熟しきっていない私の中にあるちっぽけなプライドがそれを許さなかった。


「俺は信じますよ。……鴉さん?」

「……行きましょうか」


 小心者の割に短気。

 面倒くさい部類に入る人間である私は、シオンさんの袖を引っ張って無言でウィネさんから離れた。

 もう子供とは言っていられない歳だ。

 こんな些細なやり取りでムキになるなんて大人気ない。


 ニンゲン、と呼ばれたような気がしたが、振り返ることはしなかった。


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