14.ポーション高騰! 犯人は誰1
「……高っ!?」
「おゥ。最近ポーションが中々手に入らなくてなァ。こっちも困ってんだわ」
MPが切れた時のために、回復薬等を買い占めたろうとふらっと市場に寄ったら、ポーションの値段が定価の三倍に膨れ上がっていた。
財布と相談して、二本だけ買う。
「あんたらプレイヤーのせいだって風の噂で聞いたんだが。実際のところどうなんだ?」
「……ふむ?」
誰かが買い占めたのだろうか。
もしくはこの街に向かう荷馬車には高レベルの護衛NPCが付いているらしいから、今の私達ではまず返り討ちに合うだろう。
ということで、後者はありえない。
やはり前者の誰かが買い占めた、の方が可能性は高い。
素人推理をしていると、オジサンがため息をついた。
「その様子を見るに、あんたも知らねェみてェだな。ほら、釣りだ。ちゃんと財布に仕舞わねェとラスカの悪戯に遭うぞ」
「……ラスカの悪戯?」
首を傾げる。
ラスカとは、人の名前だろうか。
「なんだ、知らねェのか。ラスカっつったら、妖精の慣れの果て。知能を失った獣のことだ……ッておい、あんたのその肩に乗ってんのラスカじゃねェか!?」
「え、お前ラスカなの……」
まさか兎もどきが『ラスカ』というものだとは。
妖精の成れの果てって、いったい何をして果てたんだ。
「連れてる本人が知らねェってどうなんだよオィ」
そう言われましても。
肩を竦めて兎もどきを見る。
呑気に欠伸をしていた。
これが元妖精。なんか想像できない。
私の知っている妖精は人の形をした小さな幻想種。
……思っていたのと違う。
「……まァ、いいわ。で、そのラスカの悪戯だが簡単な話、そいつらラスカが妖精の残り香、つまり魔力の残滓を使って表に出ている金や大事な商品をかっさらっていく。これをラスカの悪戯っつうんだわ」
「……Oh」
掌に乗っているお金をつつく兎もどきを肩の上に戻し、お釣りを財布に仕舞う。
「ん? おい待てよ?」
「……どうしました?」
太い腕を組んで、目を瞑ったおじさんは少し逡巡して、片目を開けた。
「ポーションが市場に出回らなくなったのは、ラスカが関係してんじゃねェかと思ってな」
「……あー、ありえる」
「そうだ」と、頭の上に豆電球を浮かべたオジサンは、ずいっと露店から顔を出して私の肩を掴んだ。
かなり力が強い。私を逃がす気はないと言っているようだ。
「気になったら眠れねェ性質でよォ。きっと今日から九時間しか眠れねないんだわ。ちと俺からのクエスト受けてくれねェか?」
「……九時間も眠れたら上等」
妙に圧のある笑顔を向けられた。
半透明の板のようなウィンドウが、オジサンと私を隔てて現れる。
クエストの内容について書かれていた。
こういう調査系クエストは一人でやるより、複数人でやった方が効率がいい。
なので、誰かに頼るべくフレンド欄を開く。
隅の方に残り登録数四十七と書かれていた、携帯より少し大きいくらいの画面が現れた。
右手に納まってしまう数しか登録されていない寂しいフレンド欄。
この時間にログインしているのはシオンさん一人だけ。
だが、誰かとパーティーを組んでいるようで、名前の横に手と手を取り合う印があった。
十中八九、あのリアルフレンドと組んでいるのだろうが。
毎日パーティーを組んでいるから、誘い難い。
「……受けます」
一緒に遊べるフレンドがいないので、一人で受けることにした。
別に寂しくなんかない。
ソロはソロでしかない遊び方があるんだもんね。
寂しくないったら寂しくない。
「お、そう言ってくれると思ってたぜ! 本来ならあんた以外にも頼みてェところなんだが、伝手あったりするか?」
「ないです」
「……お、おう。やけにはっきり断るなオィ。んじゃまァ、頼んだわ。なにか分かったら報告しに来てくれや」
バチコーンと放たれたウィンクの直撃を避け、「任せろ」と胸を張る。
興味を失ったのか、オジサンは私を解放して客寄せを再開した。
市場の隅を歩きながら、クエストボードを広げる。
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期間限定クエスト「薬の在処」
市場から姿を消しつつある回復薬。貴方は店主からの依頼でその行方を探す。犯人はプレイヤーか、ラスカか。はたまた別の要因か。
▶達成条件
出回る情報を十分に集めて報告しよう!
ラスカと遭遇する……達成!
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「情報収集か」
人と話すのは苦手だが、情報収集には人との交流は避けられない。
……コミュニケーション能力は底辺だし、話している途中に支離滅裂になる。
そんな未来がちらついて見える。
このままでは駄目だということは頭で分かっているものの、身体が言うことをきかない。
困ったものである。
クエストボードを手で消し、マップを見る。
新しく金色に縁取られた場所が何ヶ所かあった。
この通りに一つ、旧ンシュヴァダ通りに一つ、冒険者組合がある中央広場に一つ、そして最初から光っていた貴族街の奥にある領主の館が二重に縁取られたので計四箇所。
領主の館に行くとストーリークエストが始まるらしいので、それを最後にまずは他のところに向かえばいいだろう。
一番近い場所にピンを刺すと、謎の足跡が浮かび上がった。
それに従うように兎もどきが勝手に進んでいくので、私も慌ててそれを追った。
案外すぐそこだったらしく、足跡はすぐに途切れた。
クエストの対象らしいNPCが地面に無地の赤い布を敷き、骨董を並べていた。
折りたたまれた看板には瓶と恐らくモンスターであろう摩訶不思議なものが描いてある。
噂に聞く怪物屋である。
モンスターを骨董品の中に閉じ込め、それを売る商人。
腕っ節が強く、一番高い骨董品の中には神すら殺すモンスターを飼っていると掲示板で有名になっている。
「……すみません、少しいいですか?」
「はい、どうしました?」
狐目が印象的な怪物屋に話しかける。初ログイン時にロリ店主の店で会った人に似ている。
そういえばあの人なんて名前だったっけ。
事情をどもりながらも話すと、怪物屋は細長い指でコツコツと骨董をつついた。
そうして、ニィッと口を三日月にし、つついた骨董品を撫でる。
「なるほどなるほど。そういうことでしたら、私も幾分か力になれるかもしれません。……ですが」
一拍間を空けた怪物屋に嫌な予感がして、念のために武器に手を添えた。
我ながらに随分と血気盛んになったものである。
念のためにといつでも武器を抜けるよう身構えるなんて。リアルではまずありえないことだ。
「まずは私にあなたの力を見せてくださいな!」
「なんでやねん!?」
嫌な予感は大的中。
怪物屋が骨董品を地面に叩きつけると、黒い煙が中から溢れた。
それが辺りに充満したかと思えば一瞬で凝縮し、人のような形をとった。
大きさは子供ぐらいで、耳先は尖っている。
鼻は魔女のような鉤鼻で、爬虫類を髣髴とさせる瞳孔は縦に割れ、その大きな目玉で私を見た。
陽光に照らされた皮膚は浅黒い。
下半身は膝下まである獣の皮で覆われており、右手には小ぶりの棍棒を持っている。
「お、なんだなんだ? クエストか?」
「あれゴブリンじゃね? 俺初めて見た」
「思っていた色と全然違うな」
「いや普通のゴブリンは緑だから。あれ亜種だろ」
「頑張れぇ死ぬなぁ」
がやがやと集まってきたギャラリーを見て、げっそりする。
怪しく笑う狐目の怪物屋に目を移す。
さらにげっそりした。
風の噂で聞くところによると彼は愉快犯なのだとか。
骨董を買おうとするプレイヤーを襲い、面白ければ取引をし、お目に敵わなければその場で殺されるもしくは半殺しにされ取引することはできない。
話を聞くだけだから怪物屋の道化に付き合わされることはないと思っていたのだが、甘かったようだ。
「いやぁ、私の大事な骨董品の一つなのですが、ある日突然瘴気に侵されてしまいまして。このままでは他の商品にまで被害が及んでしまうところでした。廃棄を考えていた時、ちょうどあなたが現れましてね。いやぁ、びびっときました」
立ち上がり、頬を上気させて自らの胸を押さえる怪物屋。
怖いったらなんの。
この前のPK野朗より狂気的である。
「私の情報は高価なのです。なので、それに見合う腕を私に見せてくださいな」
「……こんな事になるのなら、後回しにすればよかった」
大勢の視線が私に集まっているのを感じる。
へっぴり腰を師匠に矯正してもらえて良かった。あのままでは笑いものにされていただろうから。
やはり持つべきものは尊敬できる師である。
「コケケケケ」
鶏のようなしわがれた鳴き声がモンスターの口から放たれた。
モンスターの名はゴブリン。
私の知っているゴブリンは緑色の肌が特徴的だが、目の前のゴブリンはそうでもないようだ。
ゴブリンは確か、三大雑魚と呼ばれていたはずだ。その通りならば、簡単に倒せる敵……だと思うのだが、そんな不名誉な名が目の前のモンスターに当てはまるかはどうかは不明だ。
「コケェ!」
痺れを切らしたのか、ゴブリンが棍棒を振り上げ飛び掛かってきた。
それを短剣で受け止め、弾き返すとゴブリンはくるりと宙を舞って着地した。
身軽だ。ゴブリンてアクロバティックな動きができるのか。
いつか私もあんな感じに身軽になりたい。
今度はこちらから、と右手で握り締めた短剣をゴブリンに叩きつけた。
だが、普通に棍棒で防がれる。
なのでもう一刀を左から頭蓋骨めがけて水平に振りかぶる。
面白いくらいに顔面に吸い込まれていく切っ先を見て、もう終わるのかととこか落胆したその時。
私は信じられないものを見た。
刃が黄ばんだ歯によって止められていたのだ。
完全に勢いを殺しきれなかったのか、口の端から赤いポリゴンがジワジワと流れている。
「……カッコよすぎか」
いのちの危機を感じてからの逸脱した行動に心が痺れる。
一旦態勢を立て直そうと左手を引くが、ビクともしない。
どれだけ強い力で短剣を噛んでいるんだ。
短剣を離そうとしないので、仕方なく身を引く。
バックステップを踏んで、最初と同じ立ち位置に戻ってきた。
「スキル使えよ!」
「舐めプしてんな!」
「ブレイクダガーでゴブリンの防御下げるんだ!」
ヤジが飛ぶ。
ブレイクダガーて何さ。
町医者だからそんな攻撃スキル覚えてないし、覚えられないんですけど!
私が十分に距離をあけたのを確認したゴブリンは、口に咥えた短剣を左手に持った。
醜悪な笑みを浮かべている。
武器の数で有利になったとでも思っているのだろうか。
私だったらそう思う。やはり二振りあった方が攻撃の選択肢が増えるというか。
やってしまったなこれは。
「コケェッ!」
刃がぶつかる。ゴブリンの身長が小さい分、視点がおのずと下がる。
やりにくい。
「『青よ』」
モンスターに対して効果はあんまりないが、ないよりはマシ。
スキルを外しようがない至近距離からゴブリンに打ち込み、数度打ち合う。
頭からつま先にかけて青いウェーブが走り、デバフが成功したことを知らせた。
私の顔めがけて短剣が水平に振られたのを見て、少し上半身をそらす。
直後、切っ先が鼻すれすれを通って行った。
危ない危ない。
体勢が悪いまま腰を捻ってゴブリンの腹部を横蹴りすると、トラックで人を撥ねたような音がした。
稀に出るクリティカルヒットが炸裂したらしい。
同時に、腰から嫌な音が聞こえた。
まさか折れたのだろうか。
HPも減っているし、うん、折れたのだろう。
痛みを感じないからその判定が難しい。
少し飛んで、膝から崩れ落ちたゴブリンを見るに、なかなかいい所に入ったようだ。
その間にこちらも腰を回復しなければ。
「『癒えろ』」
枝先を腰に当てる。
骨の軋む音が聞こえ、HPが全快したようだ。
上半身を捻ってみる。
うん、多分治った。スキルってやっぱりすごい。
ゴブリンが立ち上がったので、木の枝を仕舞う。
これまで盗られたら大変だ。
スキルが使えなくなってしまう。
……もしかすると枝がなくてもスキルを使えるかもしれないけど。
その是非が気になるが、まぁ少なくとも今それを確認するべきではないだろう。
「コケッココ!」
なにか意味のある言葉を叫んだように聞こえた。
じわり、とゴブリンの棍棒から闇が溢れた。
それは武器にまとわりつき、生き物のように蠢いた。
「あれは……やはりですか。気を付けてください。あれに触れると、瘴気に侵されて廃人コースまっしぐらですよ~!」
廃人コース。
え。プレイヤーに廃人コースが推奨されてしまうのか。
さすがにそれはないと思うが……どうなんだ?
数日間プレイできなくなるとか?
誰か瘴気に触れた経験があるプレイヤーはいないだろうか。
くねくねと腰を海藻のように動かす男を視界から消して、飛びかかってきたゴブリンの攻撃を受け止める。
無機物の短剣で受け止めるのは触れた判定に入らないはず。
それでも靄のような瘴気は不定形だからふとした拍子に触れてしまうかもしれない。
要注意である。
体重をかける。
私が傭兵だったならゴブリンなんぞ押し返せるのだが、生憎回復特化の町医者である。
ひ弱なので押し切れない。
「ゴッ!?」
馬鹿の一つ覚えとばかりに私の顔に短剣を突き立てようとしてきたので、おざなりになっていた足を払う。
すってんころりんという擬音が聞こえてきそうなほど見事に転んでくれた。
「……ゴブリンて、ほぼ人間と同じ構造なんだって?」
そう冒険者組合で支給された本に書いてあった。
試してみないことには知識は自分の中に落とし込まれないので、刃先を下に向ける。
ゴブリンが起き上がる間もなく脳天をそれで貫いた。
「ガ、ゴココココココココ」
機械がバグったかのように「コ」を連呼するゴブリン。
ちょっと怖いので頭に刺した短剣と、取られたままだったもう一本の短剣を回収して少し距離を開ける。
急に爆発四散したら困るからだ。
「……ん?」
瀕死のゴブリンの声に呼応して、事の発端である怪物やの足元に置かれた骨董品が小刻みに動いているのが見えた。
「およ」
怪物屋も気が付いたらしい。
腰をうねうねとくねらせるのをやめて、「まぁっ」と口を押えた。
「手遅れの子達がいたみたいですね。ついでにこれらの処理もお願いします!」
喜色満面の笑みで二つの骨董品を地面に叩きつける。
現れたのは瀕死のゴブリンと瓜二つの二体のモンスターだった。