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濡羽色の鴉  作者: スウ
12/25

12.獣人の秘密


 はっと息を飲むような美しい顔立ちだった。

 黄水晶シトリンのような煌めきを放つ髪、私を見て見開かれた碧眼。整った鼻筋に細い唇。

 それはまるで物語から抜け出してきた王子様の様な風貌で。

 心の中でそのキャラクターメイクに対して惜しみない称賛の拍手を送る。


「……何かお困りです?」

「そうなんです。実は友達と遊んでいたのですが、はぐれてしまって……」


 つい声をかけると、少し思案したあと返事が返ってきた。

 友達を探しているのならば、こんな薄暗い道から表通りを覗くのではなく、表通りに出て探せばいいものを。


「……手伝いましょうか?」

「是非!」


 ガシッと両手を握られ、パーティー申請が飛んできた。

 握り返すと、パーティーが成立したことを知らせるベルが鳴った。


「わぁぁ、ありがとうございますっ! あ、オレはシオンです。気軽にシオンと呼んでください」

「……あ、鴉です。よろしくお願いします」


 距離が近い。初対面なのに距離が近すぎる。

 これが噂に聞くコミュ力お化け。

 距離の詰め方が尋常じゃない。

 私、この人苦手かもしれない。


「あ、可愛い召喚獣ですね! 鴉さんは召喚士なんですか?」

「……や、町医者です」


 首を振る。召喚士は自分の魔力を使って召喚したモンスターを使役して戦う職業である。

 モフモフ系のモンスターを召喚できることから、女性からは大変人気らしい。


「ほぇぇ、触ってもいいですか?」

「……どぞどぞ」


 私の頭の上で楽をしている兎もどきをつまみ、シオンさんの手に乗せる。

 優しい手つきで兎もどきを撫でるシオンさんは満面の笑みである。眩しい。

 撫で方が気に入ったのか、兎もどきはシオンさんの頭の上によじ登り、キシキシ笑った。

 鞍替えが早いらしい。


「……懐かれましたね」

「そうですか? ふへへ、嬉しい」


 碧眼を細める王子様。

 この顔を見た女性はきっと誰であろうとイチコロである。

 表通りを覗いて、シオンさんを呼んだ。


「……行きましょうか」

「え? あー……はい、行きましょう」


 険しい顔をして表通りを睨んだシオンさんは、私が見ていることを気付き、小さく息を吐いて笑顔を作った。

 この人、実は探しているのではなくて、逆に探されてたり追われたりしているんじゃないだろうか。

 ……詮索しては駄目だ。

 見当違いだったら困るし、何より本人が言い出さない限りはこちらからアクションをとることは控えた方がよさげだ。


 数週間ぶりに訪れた表通りはやはりというか人で溢れていた。

 このままじゃぁ、人探しなんて無謀である。

 肝心の容姿と名前も分からないし。

 一応シオンさんにそれとなく聞いてみたが、曖昧な返事しか返って来なかった。


「鴉さんの手、なんか悪魔みたいですごく格好いいです!」

「……あ、ありがとうございます」


 そう言って右手を見る。

 真っ黒な、凡そ人ではない色に手が変色していた。

 袖をめくりあげると、肘まで黒く染め上げられており、気が付かない間に呪い状態が進行していることに気が付かされた。

 ……格好いいけどこのまま黒が侵食してきたら困る。

 早々に斬り落とすべきか?

 呪いの対処法について考えていると、突然腕を引っ張られた。

 つんのめりようになって、慌てて踏みとどまる。

 シオンさんが物陰に隠れたので、私も同じように隠れた。


「……どうしました?」

「ちょっと知り合いがいまして」


 視線の先を追うと、五人組の男女がいた。

 シオンさんの名前を呼び、焦ったように辺りを見回している。


「……あれが友達なんじゃ?」

「そう、なんですけど……」


 苦虫を嚙み潰したような顔をしたシオンさんは、彼らが視界から消えるのを待った後、勢いよく頭を下げた。

 土下座みたいな形になっているため、なんだか罪悪感が湧いてくる。


「すみません! オレ、実はアイツらから訳あって逃げてて、嘘ついていたのは本当に申し訳ないんですけど、もし良かったらこのまま少しの間だけでいいので息抜きに付き合ってくれませんか!」

「……いいですよ」

「やっぱりだめですよね。すみません……て、え!?」


 私の思っていた通り探していたわけではなく、探される側だったようだ。

 何をして逃げるはめになったのかは分からないが、深い理由があることは確かだろう。

 軽い気持ちで了承の意を示すと、驚かれた。

 彼には私が断るような人間に見えていたのだろうか。

 だとしたらちょっとショックである。


「……暇してたので」


 今からお昼ご飯を食べるためにログアウトしようなんて思っていたことは彼には秘密だ。

 なに、ご飯一食抜くぐらいどうってことはない。

 それに、折角見ず知らずの人とお近づきになれたのだ。

 仲良くなろうと頑張ってみたって罰は当たらないと思う。


 シオンさんの行動に付き合い、市場を覗きつつ外側に向かって進んでいると、人だかりができていた。


「なんだろう。行ってみよ……行ってみませんか、鴉さん」

「……あい」


 無理に丁寧な口調で話さなくていいものを。

 ……私が言えた事ではないが。

 会ったばかりの言葉遣いの壁は高い。

 人混みを縫うように進んでいくと、酒場裏に出た。

 ゴミが積まれた小さな山に、フードを深くかぶった人が倒れていた。

 何人ものプレイヤーがその人を取り囲み、一斉に話しかけていた。

 異様な光景だ。


「……聖徳太子がいる?」

「なんでやねん」


 ボケたら軽く肘で小突かれツッコまれた。

 お互いの顔を見合わせて小さく笑う。

 初めて会った人なのに息がしやすい人だ。


 ゴミの小山に近づくと、勝手にウィンドウが開かれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


クエスト「貧民街の獣」

この辺境都市には貧民街が存在する。今日も場を失った獣たちが身を寄せ合い、細々と生きている。


▶達成条件

食べ物を与えよう!

傷を癒そう!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「受けましょう!」

「……了解です」


▶リーダーがクエストを受注しました。パーティー内で共有されます。


 その表示と共に周りにいた人達が忽然と消えた。

 慌てて辺りを見回すと、表示が切り替わった。


▶人が込み合っているため、クエスト受注中他のプレイヤーは表示されなくなります。


「不思議だ」

「……ですです」


 大勢いたプレイヤーが一瞬で消えたので、驚き戸惑ってしまう。

 どういう原理で見えなくなっているのだろう。


「う、うぅ……」


 苦しそうなうめき声が聞こえて、シオンさんは血相を変えて自身の腰に下がっている麻袋の紐を解いた。

 兎もどきはシオンさんから離れて、クエスト対象者のフードを少し持ち上げた。

 乾いた黒い鼻がひくつき、苦しそうに息を吐いている。

 開いた口からは黄ばんだ歯と色の悪い舌が見えた。

 目は固く閉じられ、蠅が纏わりついている。

 血の匂いがうっすらし、目に見えて衰弱しているのが分かった。


 だが、その風貌は正しくグリズリーのようだった。

 見れば、虫食いで破られた服から太く鋭い爪がちらついている。

 これが本物の獣人。身体の一部だけが獣のそれではない、生粋の動物。


「鴉さん、何か食べ物とか持っていませんか? オレ、回復薬とかしか、持っていなくて……」

「……串焼きが何本かあります」


 シオンさんに声をかけられ、止まっていた手を動かす。

 クエスト対象者がグリズリーだからなんだと言うのだ。

 風貌が怖くとも、実はいいヤツとか結構いたりすると聞く。

 きっとこのグリズリーもそうだ。

 そう自分に言い聞かせて、湯気を上げる串焼きをグリズリーの口に押し付けた。


「アッツ!?」


 お、目を開けた。

 これなら食べる元気もあるはず。

 シオンさんに「鬼畜」と言われた。悲しい。


 グリズリーのつぶらで真っ黒な瞳が、押し当てられた串焼きを発見した。

 口がゆっくりと開き、串焼きを私の指ごと食べる……とどこか頭の隅で想像していたが、違った。

 黄ばんだ犬歯で器用に肉を挟み、串から外して恐る恐るといった風に噛み締めた。

 串焼きをグリズリーの空いた手に握らせ、私は枝を抜いて回復して回復スキルを描いた。

 すると、グリズリーが両腕で顔を覆った。

 まるで攻撃され慣れているような反応だ。


「『癒えろ』」


 無防備な腹部に若葉の形をしたスキルを飛ばす。

 視界端に何故かフレンド申請が大量に届いているのを見て、全て断っておいた。

 経験上、こういう無言申請は後でエアフレンドというものに変わるのを知っている。

 なので、全て却下である。


 痛い場所がなくなったのか、首を傾げているグリズリーに、シオンさんが優しく話しかけた。


「大丈夫ですか? 他にどこか痛いところはありますか?」

「な、ない。お、おでを助けてくれたのか?」


 そうだと頷けば、グリズリーはゆっくりとごみの小山から立ち上がろうとした。

 シオンさんが手を貸し、それを掴んだグリズリーが二足で立ち上がった。


「あ、ありがどう。に、人間なのに、へ、変なやつだ」


 まだふらつくのか、グリズリーは壁に寄り掛かった。

 ぐう、と誰かの腹の虫が鳴る。

 シオンさんを見て、次にグリズリーを見る。

 グリズリーはばつが悪そうに舌を向いていた。

 まだお腹が空いているらしい。

 もう二本串焼きを取り出し、グリズリーに渡した。


 兎もどきがそれを奪おうと飛んできたので、尻尾をつまんで止める。

 葉をむき出しにして怒ったため、シオンさんに手渡した。

 だが、またすぐに飛んで私の頭の上に乗り、髪を引っ張った。

 子供の癇癪のよう。痛みはないので、放っておく。


「ち、ちびの分はいいのか?」

「……食べ過ぎると太るので」


 私の髪を引っ張り絡ませる兎もどきの腹をつつく。

 ぷよぷよだ。

 パルクールを始める前まで萎んだ風船だったのに、この短時間で元の体系に戻るとは。

 求められるままに串焼きを渡していたらおデブまっしぐらである。

 

 グリズリーが串焼きを食べる姿をぼんやりと眺めていると、クエスト達成という表示と共にどこからともなく現れたクラッカーが紙吹雪を散らした。


「これ、お、お礼だ」


 手渡されたのは銅色の勾玉だった。

 シオンさんも同じものを貰っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アイテム : 勾玉銅

概要 : 砕くことによってスキルポイントを1獲得できる。入手方法はクエスト達成報酬のみ。どういう原理で作られたのかは不明である。空から降ってきた説、伝説の鍛冶屋が作った説、感謝が具現化した説などがあり、詳細は不明。今もなお、勾玉銅に対する議論は学者達の間で白熱している。

折角人からいただいたものを砕くのはどうかと思う。本当に砕いてしまってもいいのか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 概要を読んで顔を顰めていると、笛の音が聞こえた。

 グリズリーが慌ててごみ山に身体を紛れ込ませると、高いところにあったゴミ袋が地面に落ちた。

 何事かと振り向くと、甲冑を来た人達が酒場の入り口でたむろっていた酔っ払い達をかき分けてこちらに走ってきた。


「獣人をみかけたという報告を受けたが、ここを通らなかったか?」


 紫色の瞳が私を見下ろした。

 同時に、選択肢と小さく書かれた吹き出しが現れた。

 シオンさんにも同じような吹き出しが出ていた。


▶嘘をつく

▶真実を言う


 クエストの分岐点、だろうか。

 選んだ答えによってクエストの結果が変わるみたいな。

 迷いなく『嘘をつく』を選んだシオンさんに習って、私も同じ選択肢を選ぶ。


「……外壁近くに流れている下水道に、足を引き摺りながら入っていくのを見ました」

「手負いだったので、今行けばすぐ追いつくと思います」


 勝手に口が動き、それらしい嘘を吐いた。便利な口である。

 私の嘘に乗って、シオンさんは相槌を打つ。

 すると、リーダーらしき男の兜の隙間から私達を睨み、両手を出すように指示された。


「情報提供、感謝する」


 小袋が乗せられた。少し重たい。

 足早に去っていく彼らを見送り、袋の中身を確認した私は驚き固まった。


「……1万ユル入ってる」

「え!?」


 情報提供だけで1万ユルだなんて。

 いい小遣いクエストだ。もう一回受けられないだろうか。

 これはちょっとした金策になるぞぅ!

 ぐふふ、と涎を垂らしていると、グリズリーからごみ山から顔を出した。


「う、嘘ついただか? おではう、嬉しいが、バレだらつ、捕まるぞ」

「……逃げ切る自身だけはあります」


 少しドヤるとグリズリーは頭を抱えた。


「それで、どうして追いかけられていたんですか?」


 小声で問いかけるシオンさんに対し、グリズリーは大きく目を見開いた。


「こ、この街の住人だのに、し、知らないのか?」

「オレ達、実はこの街に来たばかりで」


 まぁ、シオンさんの言う通りである。

 嘘じゃない。


「そ、そうか……ほ、他の街とこ、ここは違うのかもしれない、な」


 自分の中で納得したのかグリズリーは小さく頷いた。

 震える手を強く握り、口を開いた彼は、


「こ、この街で、じ、獣人は」


 パクパクと口を動かし、斜め下を見た。

 その時、言葉を遮るように昼九つの鐘が鳴り響いた。


「あ、おで、帰らなきゃ……!」

「ちょ、最後に名前を!」


 シオンさんの呼びかけに振り返ることなく、グリズリーは酒場裏を四足で走り去って行った。


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