第五話 キメラの獣人の新たな仲間
「ふう、調子乗って派手にやっちゃったなあ。」
苦笑いを浮かべながら事後の惨状を眺めるユーラに、ダンスが近づいてきた。お礼をされるのかと期待し笑みを浮かべるユーラに飛んで来たのは、ダンスの平手打ちであった。
パチンッ
「え?」
ユーラは狐につままれてような顔でダンスを見る。ダンスは涙目になりながらユーラの胸ぐらを掴んだ。
「なんで倒しちゃったの!?あんただけ逃げれば良かったじゃん!ご主人はお金が必要だったのに!」
「あんたね!第八に捕まってほんとに獣人ドックで済むと思ってんの!?死ぬより酷いことされてたかもしれないのよ?」
「でも、でも!ご主人のためなら私は別にいい!」
バチンッ!
次の平手打ちはユーラからだった。ダンスの発言にユーラは今まで抑えていた怒りを抑えきれなくなってしまった。
「ふざけるな!あんたの命の重さをあんたが決めれるとでも思ってんの!?愛してくれる人が、行かないでと言ってくれてる人がいるのに、どうしてそれを踏みにじろうとするの!」
ユーラは怒りに任せてダンスに何発も平手打ちをかます。それに抵抗するようにダンスは掴んだ胸ぐらでユーラを押し倒した。
それによりダンスはユーラの背後の景色を見る。そこに映ったのは、壁に穴が開いたいつもの奴隷屋と、ダンスに微笑みかける店主の姿だった。
「ご主人……。」
ダンスの胸にユーラの言葉が響き渡る。ダンスは奴隷の自分を大切に育ててくれた店主との記憶を思い出し、いままで堪えていた涙が目一杯に溢れ出す。
「ごめんご主人!!今までありがとうどが勝手に言ってごめん!!わだし!ご主人の役に立ちだぐて!」
ダンスは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で店主に向かって叫ぶ。
「でもキメラなの隠じだわだしなんて無能だから全然売れなくて!でもご主人わだしにご飯食べさせるために自分は我慢して!」
ダンスの叫びに店主は無言で頷く。冷静を装っていたかったのだろうが、はたから見れば店主の顔も涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「ったく、あんたの体液降り注いでくんですけど……。」
ユーラは愚痴をこぼすが、その表情は満更でも無いようだ。
「ご主人!」
ダンスはユーラから手を離し、そのまま店主の元へ駆け---
ズガンッ
寄るはずだったのだが、足首をユーラに捕まれ顔から地面に激突した。
「ユーラ!あんた何すんのさ!」
「あんた馬鹿?奪った品物持ち主に返す強盗どこにいんのよ?」
そう言うとユーラは立ち上がり、ダンスの服を掴む。空いた片方の手で杖を振ると、ユーラに翼が生えた。
「ご主人!バナナ盗めなかった腹いせにこれ貰ってくね。」
「すまないダンス。うちにある品物じゃ彼女は満足しなかったんだ。」
店主はダンスに笑顔で謝罪する。
「ごしゅじ~ん!!」
ユーラはダンスの言い分など無視して空へと飛びあがった。日の傾いた夕暮れの空が、二人の少女を赤く照らす。
「いってらっしゃい。ダンス、いや、サジャ。」
店主は満足そうに微笑んだ。ご主人が予言しとうとうやってきた舞踏にぴったりな買い手とは、幸か不幸か突然現れたバナナ強盗だったようだ。
「別れくらい言わせてよ!」
「盗品ごときに告別式なんていりませ~ん。」
ダンスの文句を軽くあしらい、ユーラは夕日を見つめなにやら頭を抱えていた。
「ノリであんた持ってきちゃったけど仲間欲しい訳じゃないし、生活費が大変なことになっちゃうのどうしよう。」
「てめえふざけんなよこの雌ゴリラ!じゃあなんでけもみみ美少女お持ち帰りしたんだよ!」
「……こうすれば丸く収まるの。」
後日
「あの、すみません。帝国軍の者ですが。」
店主の元に、帝国軍を名乗る者が現れた。
「はい、どうしました?」
「ここら一帯を荒らした強盗がこの店を占拠したとお聞きしまして、それによって出た損害は場合によっては保険が適用されますので、事情聴取させてください。」
その後、ダンスの買い取り額ということで第八から娘の志望校の学費分の金が送られてきた。
あくまでダンスを買い取った後に奪われたため第八側の損害であることと、騎士団としての体裁を保ちつつ他の騎士団への口封じの意味もあったらしい。
結果、この事件の騒動は、スラム街に現れた謎の盗賊が諸悪の根源となることで落ち着いた。そして、その第八を襲った盗賊の事件は、ニュースとなり一時期世間を騒がせた。
とある街
「無差別爆破で帝国に牙を向いた赤毛のゴリラのような大男!?なによこの出鱈目な記事!」
「ほんと、赤毛とゴリラと牙を向いたってことしか合ってない。いや結構合ってんじゃん。」
ダンスに無言のげんこつが入る。
「いって、そういうとこだよ。」
「あんた次言ったらその唯一の獣耳無くなると思いなさい。」
「はあ、…………ねえ、ユーラ。」
「……なによ?」
「これからよろしくね!」
「……う、うん。」
この出来事をきっかけに、ユーラの旅は大きく動き出すことになる。彼女たちの冒険は、まだ始まったばかりである。
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「あの少女、何者なんですか?」
「目星はついてるけど、まだ正確には分からない。でも、ウルフを送って正解だったわ。」
「ウルフさん、ぼろ負けでしたけど……。」
モニターに映像を流し、会話をする二人の人影があった。モニターに映る映像は、ウルフとユーラの戦いの様子であった。
「あいつが勝てるなんて思ってないわ。たぶん、私でも厳しい。でも、ウルフが戦ってくれたことによって確信が持てたわ。あの子の魔法の正体。」
白衣の女性は眼鏡をくいっと上げる。敬語口調の男はタブレットを一瞥し、なにか思わせぶりな女性に疑問を投げた。
「解析して分かる範囲でも、この戦闘だけで23の火属性魔法、9の水属性魔法、18の土属性魔法に4の風属性魔法を使っていました。しかも一つの魔導具で……かつてのデータと比べても異例の範疇を越えています。」
「あれは特殊魔法のなかでもさらに異質。魂を操る魔法なの……。」
「魂……にわかには信じ難いですが。」
「霊子も立派な科学よ。幽霊や怪奇現象とかのスピリチュアルなものとは違うの。この戦闘時、霊子も含めた周辺の粒子はあるものが観測されたときと同じ動きを示した。」
「……セイレナの火柱。」
「あら、分かってるじゃない。」
白衣の女性はにやりと笑う。その眼鏡には、ユーラの姿が写っていた。
金髪のパーマをかけた短い髪に、170程ある女性としては高い身長。白衣で見えずらいシルエットながらも、豊満なバストと引き締まったウエストのグラマラスな体形は否が応でも主張される。胸元が開かれた赤い襟シャツから見えるのは、セクシーな谷間と蠍のタトゥー。
第八黄道騎士団団長、その名は天蠍。彼女は倫理観を度外視した実験を繰り返すことにより、度々問題児として世間を騒がせてきた。その非人道的なまでの研究意欲から付いた異名は---
【Dr.ベノム】
「私の新たな研究に、彼女の魔法は大いに役立ちそうなの。ワクワクしちゃう。」