第三話 帝国の狼の魔法
「……なんか来た。」
ダンスの耳がぴくぴくと動き、異様な来客を感知する。ダンスの呟きからユーラはカーテンを開き外を覗く。
「ああ、帝国の連中。どうするの?」
ユーラは店主とダンスに質問を投げかける。
「ダンス、申し訳なかった!行かなくていい!お金もいらないから!」
「はあ。ご主人、君は奴隷商のくせに優しすぎるんだよ。これを機に少し冷酷になってみな、今よりは儲かるよ。」
そう言うとダンスは、出口に向かって歩みを進めた。ダンスのぶるぶると震える足に、ユーラは気づきつつも見て見ぬふりを決め込んでいた。
「なあ、ユーラさん!あんた強いんですよね?あいつら追い返してくださいよ!」
「……。知らない。」
ユーラは冷静を装いつつも、こわばる唇から単語を出すのがやっとだった。恐怖に震えている訳ではない。店主とダンス、どちらの気持ちも踏みにじりたくない故に、ユーラは店主の切実な叫びに上手く反応できなかったのだ。
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店の外
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「んーん、んー。おや、自分から来てくれたじゃないか。」
二台の馬車と十数人の兵士が待ち構えていた。その中でも真ん中の人物、甲冑の上からマントを羽織った長髪の男。狼と呼ばれるこの人物がこの一団の指揮を執っていた。
「早く私を連れてって。他の人は関係ない。」
店から現れたダンスに、ウルフは口角を上げ鋭い歯を見せる。しかし、ウルフは目をギラつかせ更なる要求をした。
「んん、実に潔い。でもねえ、今回我々は君以外にも欲しい子がいるんだよ。」
「どういうこと?」
「赤毛の魔法使いちゃん、いるでしょ?」
「!……ユーラはだめ。」
バキュン!
「んー、うるせえよ、非検体ごときが。」
ダンスは全身を走る痛みに襲われた。ふとウルフを一瞥すると、小さな杖をダンスに向けていた。そこから打ち出された電撃がダンスに直撃したのである。
「んん、てめえみてえな貧相なガキのためにこんだけの大金用意した意味が分かるか?おやじも最初は抵抗したが、学者先生に娘の将来の話をされたらあのざまだ。所詮は商人、親切心なんて飾りよ。」
「ご主人を馬鹿にするな!うっ!」
「口答えすんな、あんまてめえを嬲ったら団長に怒られるから電撃で済ませてんだ。安心しろ、向こう言ったらご主人なんて忘れる程楽しいこといっぱいしてやるからよ。」
その頃、店に残された店主とユーラに、息の詰まるような沈黙が流れる。
「ねえ、ご主人。」
「どうしました?」
「なんでダンスがそんなに大事なの?」
ご主人はゆっくりとため息をつき口を開く。
「あの子はね、十歳くらいのころかな、誘拐されて家族と離れ離れになったんですよ。」
それを聞いて、ユーラは呼吸が止まりそうになる。
「そこから奴隷商を転々とし私のとこに来た。そのときでした、彼女がキメラの獣人と判明したのは。
境遇があまりに酷すぎて、彼女を帝国に保護させようとか支援団体に預けようとかしたんですけども、彼女は奴隷のままでいいって言うものでして。
私がなかなか彼女を売ろうとしないことを知ってたんですかね。居場所が変わるのが怖かったんでしょう。」
「……みんな、自分勝手なだけじゃん。」
そっけなく放ったユーラの一言に店主は再び涙を流す。
「そう、結局は私のエゴだったんです。私の勝手な自己満足で今ダンスは!」
「……でも、ご主人、自分を嫌いになっちゃ駄目だよ。」
「そんなこと!」
「いい?今から私はバナナ強盗、あんたの宿敵ね。」
「は?」
店主はユーラの意味不明な発言に顔を上げる。見るとユーラは、道路側の壁に杖を向けていた。
そして次の瞬間。
ドカンッ!!
ユーラの杖から繰り出された火種が壁に付着し爆発した。
「あんたなにやってんですか!?」
「おらおらおらおら!バナナよこせおら!それか奴隷全員持ってってやろうかおら!」
ユーラは自身の思うできるだけ厳つい顔をしようと眉間にしわを寄せる。しかし、はたから見れば変顔にしかなっていない。ユーラとウルフ達を隔てていた壁が取り除かれ、二人の目が合う。
「おら!帝国おら!やんのかおら!」
「んー、なにあの変なやつ?」
「ユーラ……!」
ダンスは突如現れたユーラに顔を上げる。ユーラは変顔を変えずに壁に撃った火種をもう一度撃ち放つ。それはウルフの真横を通り過ぎ、後ろの馬車に衝突すると爆破した。
ドカンッ!!
「んーん、血気盛んなのはいいねえ。」
その爆発で数人の兵士が吹っ飛んだものの、爆心地の近くにいたはずのウルフは眉一つ変えずに涼しい顔をしていた。
「おうおう、やんじゃねえかおら!」
「ねえ、どういうこと?」
足りない語彙力で不良を演じるユーラにダンスが耳打ちする。するとユーラはダンスを突き飛ばした。
「きゃっ!何すんの!?」
「んー?あいつら仲間じゃねえのか?」
「仲間!?なわけねえだろ!俺はただの強盗だぞ!……あ、おら!」
そう言いユーラは爆発魔法を打ちまくり、次々と兵士を吹き飛ばしていく。しかし、ウルフに火種が飛んできたとき、ウルフはそれをいつのまにか持ち替えていた一回り大きい杖で打ち落としてしまった。撃ち落とされた火種は不発に終わる。
「俺の魔導具【群狼】はそんな魔法もろともしないねえ。」
そう言いウルフは構えた杖を振り上げる。すると地面が割け、中から真っ赤なドロドロとした何かが噴き上がる。その裂け目はユーラの元へ直進し始めた。
「なにあの魔法……。」
ユーラは独り言を漏らしつつも横に避ける。すると、それに合わせて裂け目も追尾してくる。
「なに!やば!」
「ふん、【群狼】は第八が開発した融合魔法に特化した最先端の魔導具!それに加えて俺は十五種類の魔法を操る超エリート!土属性と火属性を融合させ創り出した溶岩は狼のように敵を追い詰めるんだよ!」
ドロドロとした溶岩を噴き上げ追いかけてくる地の裂け目は、とうとうユーラの真下までたどり着いた。
「やば……。」
「んー、安心したまえ!足を使えなくするくらいで留めてやるから!」
ガキンッ!
しかし、その直後の光景に、ウルフは目を疑った。
吹き上がる溶岩がユーラの元まで届かなかったのだ。先程の爆発魔法から、ユーラは火の魔法を操るものとばかり思っていた。
しかし、【群狼】から放たれた溶岩を止めたのは、そんな高温すらも凍てつかせる氷だったのだ。