第十八話 白衣の狸の伝言者
ドラゴンは大きな体躯で空中を駆け巡り、ジャッジを追尾する。
「うそ!?どっから出てきたのこいつ!?」
ジャッジもそれに驚き飛ぶスピードを上げる。ハーピィの飛行速度はあまり速くないことで知られている。それゆえに、空の王者であるドラゴンの牙は一瞬でジャッジに追い付く---
「おや、素晴らしい。」
と、思われた。しかし、現実はジャッジがどんどんと飛行速度を上げ、ドラゴンとの距離を離していく。このドラゴンの飛行速度が特別遅い訳ではない。ジャッジのそれがあまりにも早すぎるのだ。しかし
「やばい、流石に疲れる……。はやくダンスの手当てもしなきゃ!」
そんな中、ジャッジの目には、中折れ帽子を被り、ワイシャツにネクタイとベストを身に着けた男の姿が見える。
「デビィ!」
ジャッジはドラゴンを一度遠くに引き付け、一目散にデーモンのとこへ向かった。
「ねえ!デビィ!!」
「おっと!びっくりした!なんだ、ツッコミどころが」
「そんなことどうでもいい!うち!空からでっかい街見つけたからそこの病院にダンス連れてく!第八の狸の耳した奴に気を付けてあとで来て!」
そう言うとジャッジは迫りくるドラゴンを気にしつつ、空から見えた街目掛けて一直線に飛んで行った。
ただでさえジャッジはドラゴンと距離を離しながら逃げ回っていたのだ。直線でこれだけの距離を逃げられるとドラゴンが追い付ける道理があるはずもない。
「なんだあいつ?何かから逃げてたのか?」
その頃、エラは自身の推定を遥かに超えたジャッジを賞賛していた。
「ハーピィのくせにあそこまでやるとは、ぱっと見カラス天狗のような飛行術でしたが……。」
エラは一人、にやにやと笑い呟く。
「筋肉の付き方、飛ぶ姿勢、気になりますね。いいですね。」
この時点で、エラの攻撃は既に始まっていた。
「うぐっ!」
ドラゴンを撒き、ジャッジとダンス以外誰も居ない上空にて、ジャッジは腹部と胸を貫く激痛に顔を歪める。見るとそこには、どこから飛んで来たのか二本の太い矢が刺さっていたのだ。
「とにかく……病院に!」
ジャッジは息も絶え絶えに翼を広げ滑空する。ジャッジは、ルーレンシアの首都『ゼンチ』を目指す。
------------------------
その頃 カンポにて
------------------------
「お、いたか。おい!ユーラ!」
「あ、デーモン。ねえ、ダンスとジャッジは?」
ユーラとデーモンは再開し、デーモンがことの事情を話し始めた。
「それなんだが、気絶したダンスをジャッジが掴んで病院に連れて行った。しかも、こことは別の街の病院だ。」
「え、なんかあったの?」
「さあ、事情は良く知らねえが、かなり急いでた。ことを急ぎたいんならここはルーレンシア、そこら辺の民家でもいい。おそらく、何かから逃げていた。」
デーモンの考察にユーラが顔をしかめる。
「それって、カンポに逃げなきゃいけないやばい奴がいるってこと?」
「その通りです。」
ユーラの問いに答えたのは、背後にいたエラだった。
「誰!?」
「おい、ユーラ。ジャッジの伝言にこんなのがあった。」
デーモンはエラの頭についた獣耳を見る。
「狸耳に気をつけろ。」
デーモンの言葉にエラはにっこりと笑顔を浮かべる。
「卑しい民族のくせにつくづく有能ですね。あの鳥女。」
「なに!?」
エラの言葉がユーラの神経を逆なで、ユーラはエラを睨みつける。しかし、お構いなしとばかりにエラは話を続ける。
「なに、ここであなたを捉えようとか、倒そうなんて思いませんよ。それが無謀なこと誰でも分かります。ちょっと朗報を持ってきまして。」
次のエラの言葉に、ユーラは耳を疑った。
「今日、『惑星』が首都のゼンチに訪れます。国王との対談ですね。」
「『惑星』!?」
ユーラは思わずエラに聞き返す。
「ええそうです。だから第八(我々)もこうして『惑星』の同行隊としてルーレンシアに来たのです。」
ユーラの心拍数が上がり、言葉にしがたい緊張が走る。デーモンはそんなユーラの肩を掴み、エラと距離をとらせるように自身の傍まで引き寄せた。
「気持ちは分かる。感情的になるな。」
デーモンはユーラにそう呟きエラの方を見る。
「ところであんた、捕まえる気は無いと言ったが……自分が捕まることは想定してないんじゃねえのか?」
「ええまあ、想定しなくてもいいことですから。」
そうエラが言った瞬間。エラの周囲から鎖が具現しエラを拘束する。その鎖を具現させたのは、ユーラの金属魔法だった。
「こうなることも予想しなかったのか?」
デーモンはエラを睨みつける。
「……まあ、なんでもいいんですが。伝言は以上です。」
ドロンッ!
そう呟くと、エラは煙に包まれ姿を消した。先程までユーラ達が話していた相手は、エラが作り出した幻だったのだ。
「そういうオチねえ。」
デーモンは苦笑いを浮かべそういう。そして、ふとユーラの方を向く。するとユーラもデーモンの方を見ていた。
「あのさ、私が言うのもあれなんだけど……ダンスとジャッジが心配で、『惑星』は後からでも!」
弱弱しくそう言うユーラに、デーモンは口角を上げて言い放つ。
「そんなこと言ってる場合じゃねえぞ。ジャッジが飛んでいった方向からして、あいつらもゼンチに向かった。」
「え!」
「急ぐぞ、惑星が何をしでかすかなんて分かったもんじゃねえ。」
------------------------
「すみません!馬車のタイヤが木の根にはまりまして!」
「いいですよ。ゆっくり行ってください。もし大変なとき私も手伝いますから。」
「申し訳ございません!助かります!(この人、『惑星』って聞いてたけどなんてお優しい。)」
『惑星』、それは帝国軍の最高戦力であり、たった七人の魔法師にのみ与えられる誉れ高き称号。しかし、その称号は彼らの権力を象徴するのとは別の働きを担うことがある。
これは惑星憲章の一部分である。
一、惑星は中央帝国皇帝以外の何者にも仕えてはいけない。
一、惑星は他の惑星誰一人とも結託してはいけない。
一、惑星は自信が使役できる兵力を持ってはいけない。
これらは、『惑星』一人一人が武力的に孤立していなければならないことを示す。なぜわざわざ帝国軍の戦力を帝国自らが抑えるような内容を作ったのだろうか。
理由は『惑星』の規格外すぎる強さにあった。そのあまりに強すぎる戦力は、それ以上の強化により誰も手が付けられなくなってしまうためである。『惑星』の称号の別の役割、それは、手に負えない怪物を繋ぐ一本の鎖。
「はあ、久々だなあ。こういうの。」
そんな一国の軍隊すらも蹂躙するとされる鎖に繋がれた怪物が今、ルーレンシア王国へと向かっているのであった。




