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赤鬼


 私は赤が好きだ。大好きだ。


 あの鮮やかな発色が堪らない。ずっと見ていると、心の中で何かが昂ぶってくる。どくどくと、それこそ今まで動いていなかったのではないかと錯覚するほどに心臓が暴れまわり、赤そのものから目が離せなくなる。


 赤い化粧は特にいい。最高だ。女性をほめたたえる言葉や女性を飾るものは数あれど、赤ほど彼女らを魅力的にできるものはない。


 ああ、本当に赤は素晴らしい。赤く染まり上がった女性ほど、美しいものはない。


 私が赤の魅力に目覚めたのは、小学校四年生の夏。母方の田舎の海水浴場に遊びに行った時のことだ。


 あの時の私は砂浜で一人、城を作っていた。田舎故、人がそこまで多くなく、それができるほどの十分なスペースがあった……と言えば聞こえはいいが、なんのことはない、あの頃の私は泳げなかったというだけだ。


 もちろん、一人で砂の城を作っていたところで面白くもなんともない。幼くとも男と言うべきか、私は城を作る傍ら、ぼーっと水着のお姉さんを眺めていたのだ。


 そして、赤の魅力に出会った。


 近所から遊びに来た女子高生だろうか。真っ赤なビキニの水着を着て、海から上がるところであった。


 私は、目を奪われた。水着──ではなく、擦りむき、赤がにじんだ彼女の腕と太腿に。


 あの時のことはよく覚えている。程よく日焼けした肌につうっと滴る赤い雫。岩肌にでも擦りつけたのだろうか、思った以上にその傷は広がっており、そこから溢れ出る赤が真夏の太陽にキラキラと輝いている。


 美しかった。見惚れてしまった。少し恥ずかしいが、いくらかの性的興奮すら覚えてしまった。


 見た目の割りに、傷そのものは深くなかったらしい。『ちょっとヘマこいた!』と、彼女は心配する友人をよそにケロリとしている。何かの拍子に彼女の顔に赤が付き、友人たちは悲鳴に近い声を上げたが、私は心の中で歓喜の声を上げた。


 赤を体のあちこちにちりばめた彼女は美しかった。時折反射する赤がまるで宝石のようで、体から宝石を生み出す彼女はきっと女神に違いないと思ったほどだ。


 思わず私は彼女の後をつけた。救護所で手当てを受ける彼女を見て──否、あのステキな赤が真っ白い悪魔に覆われていくのを見て、泣き出してしまったくらいだ。


 あのステキなものをどうして、などと泣きながら憤慨し、いっそここから飛び出して赤を助けてあげなければと決意した直後、白の悪魔に赤の魅力が広がっていき、飛び上がって歓喜したのをよく覚えている。


 それ以来、私は赤が好きになった。あの何よりも素晴らしいものを、もっと自分の……うまく言えないが、ともかく赤のことを知りたく、また、できることなら一緒になりたいと思ったのだ。


 もちろん、最初はあの水着のお姉さんに恋をしたのかもしれないと思ったこともあった。しかしある日、それを確信に変える出来事があった。


 あれは確か、中学校一年生の時だったか。部活の帰り道、夕日に照らされた公園にて、私は再びあの心揺さぶられる赤との会合を果たした。


 かけっこでもしていたのだろうか。小学校二年生くらいの女の子が思いっきり転んだ。わんわんと大きな声で泣きだし、周りにいた友達はおろおろするばかりであった。


 赤い夕陽に照らされる中、私は涙を流す女の子の、その膝小僧に釘付けとなった。


 赤だ。素晴らしき赤だ。黄昏時の中に凛と燃える、妖艶なる赤だ。


 それを見た瞬間、心臓がとくとくと動きだした。喉がカラカラに乾いて、指先がヤク中のように震えていたのも覚えている。口は鯉みたいにパクパクとして、私の頬は信じられないくらいに熱くなった。


 そして、自分でも気づかないうちに、私は女の子の元へ歩いていた。夕日で影になっていたのか、女の子は少しおびえたような表情をしていた。


 もちろん、私だってこの状況には驚いた。渇望していた赤に、わずかに残った自制心で手を伸ばさずにいたら、なぜかその赤がすぐ目の前にあったのだから。


 幸運にも、その場を乗り切ることは出来た。部活帰りであったことが幸いし、私はちょっとした応急手当セット……ガーゼと消毒液と絆創膏くらいだが、ともかくそれらを持っていたのだ。


 公園の水場で砂利を洗い流してやり、清潔なガーゼと消毒液で傷口を消毒し、一生使うことなどないと思っていた、母に持たされた赤いリボンの模様の絆創膏をぺたりとはってやる。


 『ありがとう、お兄ちゃん!』とその女の子は明るく笑い、夕日が照らす黄昏時を駆けて行った。


 素晴らしい笑顔だった。私の心も温かくなった。


 なんせ、あのすばらしい赤を入手することができたのだから。


 部活帰りでクタクタのはずなのに、自分でも驚くほどの速さで家までかける。そして、ポケットに大事に大事にしまっていた赤を、真っ白なそれを染め上げている赤を、恐る恐る顔に近づけた。


 ほんのりと消毒液の甘い香り。そこに交じった、赤の匂い。


 うっとりとした。目の前が赤くなった。


 匂いを楽しみ、ほおずりして。自分でもわけがわからぬほどに息が荒くなり、その赤を口に含んでさえしてしまった。甘美な何かが全身を貫き、赤の魅力が五臓六腑にしみわたる。


 私は、ここではっきりと自分の想い……赤への気持ちに気づいてしまった。自分が赤に恋をしていると──否、【恋】などという陳腐な言葉でこの気持ちを表現することなど不可能だが、ともかく自分は赤が好きだということを理解したのだ。


 余談にしても恥ずかしい話だが、そこで初めて私は……その、いわゆる自慰行為を覚えた。夢中になって果てた後、大切な赤が色あせていることに気づき、空しく、悲しく、そして赤をこんなにも残酷に殺した神を恨んだ。


 自分の気持ちを知った私は、それからたびたび赤を求めた。


 まずは保健委員になった。赤を理解するのにこれほどいい立場はない。男子も女子も関係なく、運動部ならだいたい赤を纏ってくれる。陸上部は特にいい。元より露出の多い格好をしているからか、頻繁に私に赤の恵みを提供してくれる。


 調理部や手芸部もよかった。彼女らの指先に灯る赤は、運動部の赤のそれとはまったく違う魅力を持っている。ぷっくりと可愛らしく膨らむ赤に赤面した私を、彼女らはしばしば不思議がっていたものだ。


 これはちょっとした自慢だが、中学、高校とずっと保健委員を私は務め上げた。担当でなくても保健室に行き、保健の先生からの信頼も厚かった。あまりに保健室に入り浸っていたからか、【保健室のヌシ】だとか、【生徒のふりをした保健の先生】などと呼ばれたくらいだ。


 そして私は、さらに赤の魅力に溺れていく。


 どうしてなかなか、最近の映画やアニメは侮れない。現実ではとても見ることができないような赤の衣装をリアルに再現してくれている。


 それだけじゃあない。あの赤は色あせない。そして、何度でも見ることができる。


 あるアニメにて、とある凄腕盗賊集団が、血まみれの自分たちの遺体……の偽物を現場に残すことで、まんまと逃げきるというシーンがあった。


 そこで用意されていた彼女らは、言葉で表せないほど美しかった。


 ボロボロになり、赤の化粧をところどころに施され、横たわっている女性。安らかな死顔に、華々しくもささやかに添えられる赤。口元と、後頭部。悲惨なその状況よりもまず、私はそれを美しいと感じてしまった。


 脇腹を銃弾で撃ち抜かれ、眠るように壁にもたれ掛かって死んでいる眼鏡の女性。擦りむけたズボンに宿る赤もさることながら、彼女の背中と壁に大輪の花のように咲く赤が美しい。まるで死せる彼女に手向けられたかのような、荘厳な、どこか神秘的ななにかさえ感じる。


 少し矛盾するようだが、その時の彼女たちに、私は素晴らしい芸術品を見たときの様な感動を覚えた。無論、性的興奮もないわけではなかったのだが、何よりもその芸術性に心を奪われたのだ。


 ただ、勘違いしないでほしい。私は何もサディストというわけじゃあない。


 痛いのは嫌だし、女性や子供が痛めつけられているのを見ると眉をひそめてしまう。もし助けられるのであれば助けたいし、彼女らには常に笑っていてほしい。当然、サディスティックな場面で性的興奮を覚えたことなど一度もない。


 そうではない。そうではないのだ。私はただ単に、赤が好きなだけなのだ。


 別に傷がついている必要はない。彼女らが赤を纏っていればそれでいい。否、赤さえそこにあれば、それ以外はどうでもいい節がある。


 もし倫理を度外視して物を語るならば、他はどうなってもいいのだ。


 ただ、当然ながら私にも人間としての倫理や正義感、常識といったものがある。少し変わった趣味をしていることは否めないし、理解してもらえるとも思っていないが、それ以外はまったくもって普通の人間なのだ。ちゃんとマイノリティーとしての自覚は持っているのである。


 おそらく、実際の赤ではなく、スプラッタ映画やアニメにおいて赤を求める事が多いのは、私の普通の人間としての意識と、赤が好きなだけの個人としての意識の折り合いが取れているからなのだろう。


 さすがに、全てをめちゃくちゃにしてまで赤を求めたりはしない。そんなことをしたら、再び赤に出会う機会を失ってしまう。そんなの耐えられない。


 もう、今の私は赤無しでは生きていけないのだ。誰にも迷惑をかけていないのだから、下手に干渉するのはやめてほしいというのが私の本音だ。


 ただまぁ、最近は架空の赤に飽きが来ているのも事実。しょうがないので法律に触れない範囲で赤の魅力を確認しているのだが、それも最近難しくなってきた。


 会社の同僚は包帯だらけの私を遠目から見つめてひそひそとしているし、近所の人間は異様な匂いがするゴミ袋を出す私を快く思っていないらしい。


 全く、どうして彼らは赤の魅力に気付かないのか。自分が少数派と言うことはわかっているが、ここまで来ると憤りの様なものさえ感じてくる。


 ……まぁいい。こんなことで時間をつぶすくらいなら、赤を愛でていたほうが何倍もいい。


 さぁ、今日はどうやって赤と会おうか。たまにはいつもと違う方法で会うのもいいかもしれない。照れ屋な赤も、クールな赤も好きだが、何より私は純粋な赤が好きなのだ。その純粋さを実感できるのは、意外なことにいつもと違う状況だったりする。



▲▽▲▽▲▽▲▽



 私は赤が好きだ。大好きだ。


 それはこれからも変わらないし、変えるつもりもない。


 赤さえあれば、それ以上は何も望まない。


 だから。


 だから私に赤をくれ。


 私のために、赤を纏ってくれ。



▲▽▲▽▲▽▲▽



 ──赤鬼は、今日も赤を見ている。

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[一言] どこぞの少佐みたいなこと言ってらっしゃる
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