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第三話 そうであった話

 ―――親愛なるレオーネ。お元気ですか。


 いつもの長々とした手紙の挨拶は省かせて頂戴。

 王都での噂、聞いたわ。ああ、辺境伯領にまで噂が届いてる訳ではないから安心して。王都に用事があって出向いた旦那様が耳にしたの。旦那様は噂は鵜呑みにせずに、ちゃんと情報を集めて帰ってきてくださったわ。


 私は、あんな支離滅裂な噂なんて信じていません。

 学院の人間の中で、貴女のことを、誰よりも知ってるもの。


 マンゴルト王子と貴女の婚約が破棄された件について、しっかりと貴女から話を聞きたいの。どうか手紙をちょうだい。


 貴女の親友、マリー



 *



 それは、二ヶ月半ほど前のことだ。

 ドレミーファ王国には、王立の学院がある。この学院には貴族も平民も入学することができ、高い知識を身につけることが出来る。ただ、両者を平等に、ということではない。貴族と平民では普段使用する校舎から全く別になる。

 平民が学ぶ校舎は一階建てなのに対し、貴族が使う校舎は三階建てだ。これは間違っても平民が貴族を上から見下ろすなんてことが起きないための仕様。他にも、平民の校舎には美しい庭園も池も無いが、貴族の校舎には当然ある。こうした違いを挙げればキリがないが、平民からすれば綺麗な校舎でしっかりと学問を学べるのはとても有難いことなのだ。学費として求められる金額も、貴族と平民では異なり、平民にとって良心的な価格となっている。そもそも払っている学費が違うのだから、学院での待遇に多少差があるのは仕方がない、ということだ。


 学院に通えるのは十二歳から十九歳の子供だけ。平民は大半が十九歳まで学んで卒業するのに対し、貴族、特に女性は途中退学の者が多い。

 男子生徒にとっては、未来のために様々な知識を身につけるための学院だが、女子生徒には意味合いが違う。


 女子生徒にとっての学院は、花嫁修行または婿探しの場である。そして十五歳から結婚できる女子は、その年齢になると大半がすぐに嫁いでいく(結婚相手は男性の方が年上であることが殆どのため)。学院側もそれは承知しているので、花嫁修業は十五歳までで終わるようにカリキュラムが組まれている。爵位の高い貴族ほど、年齢が一桁のうちに嫁ぎ先が決まっているため、誕生日を迎えて(あるいは誕生日を前にして)すぐに嫁いでいくのだ。

 早くに結婚し、子供を作り育てる。それが貴族の女性に最も求められることだ。勿論、場合によっては夫とともに、或いは代理として表側に立つ妻もいるが、全体から見れば少数派(マイノリティー)だ。

 十五歳を過ぎても学院にいる貴族の娘は、結婚相手が自分よりも年下―――或いは未成年―――であったり、比較的爵位が低く、または兄弟姉妹が沢山いるためなどの理由から、商人などといった平民へと嫁ぐために知識が必要なものぐらいだ。

 そのため十五歳を境に、学院、貴族の校舎からは女性が減る。

 とっくに成人した十七歳のレオーネが学院に滞在していた理由は、婚約者が未だ未成年であったというものであった。あった。そう。あった。


 レオーネの婚約者、であった、男の名前はマンゴルト。

 マンゴルト・レークス。

 正真正銘本物の、この国の第二王子だ。今のところ、一応、王太子の最有力候補である。

 ドレミーファ王国では長子、長男が王位を継ぐのが普通のことだ。第二王子であるマンゴルトが王太子の最有力候補である理由には、複雑な事情が絡んでいる。


 マンゴルトは、ドレミーファ国王が側妃に生ませた子供である。

 当代の国王と正妃の仲はあまりよくなかった。正妃は長いことドレミーファと険悪であった国の王女で、政略結婚として嫁いできた。これが主な原因である。武器を持った戦争こそ国王と王妃の代ではしていなかったが、遡れば何度もぶつかってきた国であるし、国民同士は互いに嫌味を言い合うぐらいの仲だ。

 そんな仲を一応なんとかしようとした先代の国王たちによって、王妃はドレミーファ王国へと嫁いできた。だが、国民性の違い――女性でありながら臆することなく政治の面にもおいても口出しをしてくる王妃を、国王は早くから遠巻きにしていた。勿論手荒なことは出来ない。そんなことをすれば王妃の祖国からどんな文句がくるか分かったものではなかった。


 王妃と不仲な国王が抱えている欲をどうするか。方法はいろいろあるだろうが、今代の国王はほかの女(側妃)に走った。

 古今東西、国王が正妻とは別に妻を囲うのはよくある話だ。遠い異国では御息所(みやすどころ)などと言うらしい。正妃の傍では肩の力を抜けず、側妃の所で息を休めるところなどとはよく言ったものだ。

 国王は早くから数人の側妃を囲っていた。正妃からは当然、夫婦の嗜みとして夜の営みを要求されていたので、正妃、側妃たちと交互に通う日々が長らく続いていたのだ。おそらく正妃としても、そして国の重鎮たちも、側妃が先に男児を生む可能性を考えて気が気ではなかっただろう。

 幸いなことに側妃たちが正妃よりも先に生んだのは、女児だった。そうして三人の王女が産まれ、正妃が初めて妊娠した。役目を果たしたとばかりに国王はその後正妃のもとには最低限しか通わず、側妃にばかり通ったので良心的な貴族たちは少々白い目で見ていたという。


 余計な茶々が入るのではないかと危ぶまれた正妃の妊娠だったが、正妃は無事に第一王子エドワルドを産み落とした。

 これに人々は安心した。細かい事情を知らぬ平民も、素直に第一王子の誕生をお祝いした。

 ところが、この安心は三ヶ月と持たなかった。


 第一王子エドワルドの誕生から僅か三ヵ月後。第二王子マンゴルトが誕生した。

 妊娠は短期間で為せるものではない。勿論、王城に居た者たちも皆、側妃の一人が正妃の少し後に妊娠していたことは知っていた。だが今まで側妃は王女しか産まなかったので、油断していたのだ。どうせまた生まれて来るのは王女だろう、と。

 第二王子マンゴルトの誕生は、王家に波乱を呼び寄せた。


 まず国王は長子(エドワルド)を放置して、マンゴルトを溺愛した。

 ここまで告げれば、後の流れは予想できよう。

 国の貴族たちは二人の王子が五歳を迎える頃には、完全に三つの派閥に分かれて争いが始まったのだ。一応、争いの殆どは水面下でのものであったが、聡い平民たちに演劇のモチーフにされるぐらいには暗黙の了解のように広まっていた。


 正妃の息子である第一王子エドワルドを王太子にしようとする一派。

 国王の寵愛を持つ第二王子マンゴルトを王太子にしようとする一派。

 そのどちらにも付かずに中立を自称して、漁夫の利を狙う一派。


 とは言え、いくら寵愛を受けていようとも側妃の出身家の身分はそう高くはない。他国の王女である正妃のほうが圧倒的に上だ。だからどれだけ国王がマンゴルトを愛していようとも、周囲はそう簡単に許さない。

 それでも国王は、マンゴルトに王太子としての立場を与えたかったらしい。そのために後ろ盾を求めた。

 貴族としては最高位である公爵家は皆、エドワルド派だった。そもそも両国の仲改善のために、国王に正妃を娶らせようと隣国にも働きかけて様々に行動をしていたのが公爵家らだったのだ。当然、彼らは王妃の息子たるエドワルドを推している。

 その次の爵位は侯爵。いくつかあるその侯爵家の中から選ばれたのはアミキティア侯爵家、つまりはレオーネの生家だった。

 アミキティア侯爵家は元を辿れば、王家への忠誠、絆によって陞爵(しょうしゃく)されて侯爵家になった。その陞爵の流れは昔のことなので省略するが、そうした理由もあり、アミキティア侯爵家は代々王家、ひいては国王の第一臣下として活動してきた。ゆえに国王はアミキティアならば自分の要求を受け入れてくれると判断したのだ。丁度良い具合にアミキティアにはマンゴルトと一歳違いの娘――つまりレオーネ――もいた。

 流石にアミキティア侯爵もこの要求が来た当初は困ったものの、最終的には国王への忠誠を取り、承諾した。


 こうしてマンゴルトの後ろ盾としてアミキティア家が付き、レオーネは齢四歳にして、マンゴルトの婚約者となった。この出来事で王太子として優勢なのはマンゴルトとなった。


 それから十三年。


 王太子は成人した男児しか名乗れない。そのため、エドワルドとマンゴルトがその座を争っている間は、次期国王も次期王妃も誰なのかは分からない。

 マンゴルトの婚約者であり次期王妃の可能性のあるレオーネはマンゴルトが国王となる可能性も考えて王妃教育を受けてきた。

 マンゴルトのライバルであるエドワルドの婚約者は、公爵家たちが力を尽くして再び他国の王族と縁を繋いできた。エドワルドをなんとか優位に立たせようとした努力の結果だ。しかし他国の王女が婚約者となっても、むしろそうなったからこそ、国王はよりエドワルドを遠ざけてしまった。無理矢理させられた政略結婚が国王にとってはトラウマそのものだったのかもしれない。せめて公爵家の中から嫁を出せていればよかったのだが、タイミング悪く、エドワルドの嫁に出せる娘が居なかった。


 婚約者になってからというもの、レオーネは学院に通うまでは月に数度父と共に城へと上った。そしてマンゴルトと交流を深めていった。

「レオーネ、ご覧。お父上が下さったのだ」

 マンゴルトはそう言っては、珍しい装飾品や本などをよく見せてくれた。

 単純に頭の良さとしては、マンゴルトは少々エドワルドに劣ってはいたらしい。レオーネはエドワルドと関わることは殆ど無かったので、将来の義兄のことはマンゴルトやその付き人から聞いた話で印象付けるしかなかったけれど。けれども頭が少し悪いとしても、それを補えるほどの人間性がマンゴルトにはあると思っていた。

「レオーネ、今日はどこへ行こうか」

 そう言っては、マンゴルトは王城の中をレオーネを連れて歩いた。レオーネはそれについて回り、王城内の広い広い中庭へ行ったり、大きな図書館を訪れたりした。そうした逢瀬も、レオーネが十二歳になり学院に入学すると頻度が減った。態々城へ行かずとも学院でマンゴルトに会えるからだ。

 学院では、昼食の時間を決まってマンゴルトと共に過ごした。

 同じ学院、同じ学年にはエドワルドもいる。なので当然、エドワルドの話が出てくることもあった。話題がそれになると、マンゴルトは少し複雑な心境のようだ。(エドワルド)より自分の方が恵まれている、父から愛されているという自覚があったのだろう。けれど彼の周りの家臣があからさまにエドワルドを敵視するのに比べれば、マンゴルトには兄に嫉妬したり、見下したりする様子は見られなかった。そういう心根の優しさが、レオーネは好きだった。

 二人はべったりとした関係ではない。レオーネも、マンゴルトも、それぞれ友を持っていた。彼ら彼女らとの関係を優先することもあった。そんな格別悪くもない、むしろ良い関係を築いている。―――少なくとも、レオーネはそう思っていた。


 あの日、までは。

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