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数学者の適職はよく定義されていない

「秋山新一よ、数学関連でそなたに任せられる仕事はおそらくない」


 使者ヴェールさんが帰ってすぐに、意を決したかのような顔つきをした王様からとんでもない話を聞かされた。

 召喚しといてなんなのだそれは。


「いや、お主を評価していないわけでもない。それは先ほどの使者をうまく追い返したのを見ても、愚かではないことは明らかだろう」


 王様は話を続けるようなので、空気を読んで一旦話を聞くことにする。


「お主の望む仕事がない理由は二つ。そもそもお主の研究を理解できる学者がいない」


 王様はそう言うとリーフィさんに目配せし、俺の手元に本を持ってきてくれる。

 手渡してくれたずっしりした重さのある本とは、この世界での数学書だった。

 王様が読んでみてほしいとばかりに首を縦に振るので、ぺらぺらとめくってみる。


「うーん。微分積分はおろか、三次方程式の解の公式すら考察されていないんですねえ」


 素直な感想が口から洩れたが、そうとしか言いようがなかった。

 地球の高校数学では微分の逆が積分というのは常識だが、この世界では極限の概念すらよく定まっていないようだ。

 五次以上の方程式には解の公式が存在しないのは(数学では)常識だが、二次方程式の解の公式までしか研究が進んでいないようだった。


「お主の言うビブンセキブンというのもカイノコウシキというのも、少なくとも我々には全くわからないのだ」


「そうでしょうね。私が何かを証明しようにも、査読する者すらいなさそうですし、私が役に立たないのも納得できます」


「理解が早くて助かるよ」


 王様はさらに続ける。


「それに、この世界での研究者とは、普通は魔法を研究する者のことを指すのだ。わざわざ金にならない数学を研究する物好きなど、そうそうおらんのだ」


「魔法、というのは召喚とやらのようなものですか?」


「うむ、魔法の詳細はここでは省くがそういうものだと理解してほしい」


 なるほど、この世界での数学者の立場というのは理解できた。

 地球では数学を研究する意味はあったが、この世界では魔法が存在することでそちらの研究のほうが優先度が高いのだろう。

 話の雰囲気としても、数学者を養う余裕もあまりなさそうだ。


「まあなんとなくはわかりましたけど、なんで私を召喚したんですか?」


 ずっと疑問に思っていたことを投げかけてみたが、悲痛そうな苦笑いしか返ってこなかった。

 あ、これは突っ込まないほうがいいやつだ、と察することができたのでこれ以上は黙っておくことにした。


「そういえば、マジェスト王国の使者に申しておった、農作物に関することは本当にできないのか?」


 王様は表情をなんとか元通りにしつつ、思い出したかのように話し出す。


「あれは法螺話ですよ。そもそも私はこういう数学書のような研究をする身分でしたので、できたとしてもやり方がわかりません」


 そういうと、ますます王様が頭をひねりだした。


「そうなると、やはりお主に任せるべき仕事がなくなってしまうのだ」


「私は数学さえできれば異論はないのですが、仕事がないのはさすがに外面的に問題になるでしょうね」


「そうだ、君の仕事をどうするかだ。ペテン師は嫌だろう?」


 数学以外で培った数少ない処世術をペテン呼ばわりされるのはさすがにへこむ。

 だが、あんな煙に巻くための喋りを生業にされても苦行でしかない。


「数字の扱いが得意なら、事務や経理はどうだ?」


 王様はひらめいたとばかりに、俺に職業候補をぶつけてくる。


「いえ、大学の係員に丸投げでしたので心得がないです」


「なら測量士や建築士はどうだ?」


「貧弱なのでフィールドワークは無理ですし、専門外ですよ」


「…学校の先生はどうだ?」


「私の全力でよろしければお受けします」


 王様は唸り声をあげながら地団太を踏んでいる。


「ええい、貴様は異世界ではどうやって生計を立てておったのだ! はっきり言って社会生活は無理じゃろ!」


 ついに元の世界での生存すら危ういことになっていた。

 まあ俺も数学者以外で生きていけるかに自信がないので、あまり強くは言い返せないのだが。

 そもそも、カンカンの王様にそんな無謀な言い返しをする度胸が湧いてこない。

 現状に見かねたであろうリーフィさんがゆっくりと手をあげ、王様に話を始める。


「第三王女様の家庭教師、というのはいかがでしょうか」


 王様はそれを聞くと、やれやれといった具合にリーフィさんに答える。


「それはあくまでも最終手段であろう。名目だけにしろ家庭教師をさせるというからには、実績が伴わなければならんぞ」


 露骨に嫌な雰囲気を漂わせるが、それでもリーフィさんは引かないようだ。


「お話を聞かせていただきましたが、彼にできるのはもはや、その最終手段だけでしょう」


 え、いきなり最終手段ですか?

 表情にまるっと内心が出ていたようで、リーフィさんが俺の顔を見ながら話す。


「秋山様、いえ、学士殿。短い間ながらあなたのことを見定めておりました」


「メイド長として多くの異世界の方々を案内してきましたが、もはや不思議なまでの雄弁さと、数学者としての強みをいかせる手段は家庭教師以外にない、と断言できます」


「あ、知ったかぶり満載の雄弁さも使わないとこの世界でやっていけないんですね、僕って。」


 つい漏れてしまった言葉も誰も聞いていないことにしたようで、そのまま話が続く。


「それに、第三王女様はあまりにもお優しい方ですから、彼のようなふてぶてしさから学ぶことは多いのではないでしょうか」


 王様はじっくり考えているようだった。

 長い沈黙の後に、ついに答えを出したようだ。


「そうさな、確かにそれ以外にはどうにもできなさそうだ」


「秋山新一、お主をベアトル国第三王女、リアーネの家庭教師に任命する」


 数学をいかせそうにないなあ、とは思ったものの、深く考えないことにした。

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