数学者と実学者は互いに平行線である
我々地球人にとってこの異世界は、残念ながら非人道的なブラック異世界である。
なんせ異世界人の勝手な都合で地球人を召喚し、元の世界には返さずにこき使うときた。
文明レベルは産業革命以前だし、うまい飯もあったかい寝床も湯船も貴族のものだし、地球人を酷使して得た利益は現地貴族と市民たちが独占するしと、いざ召喚されたとなればたまったものではない。
しかしながら、異世界側に全く制約がないわけではない。
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「星五つ級であることには相違ないか?」
ベアトル王国のアルーム王は魔術師にそう尋ねる。
「召喚する際に虹色の光を確認しましたので、星五つ級であることは間違いありません…」
魔術師たちは憔悴しきった顔でうわ言のように答える。
「単なる数学者であれば適当な理由を付けて処分できるのだがな…」
「制約を確認しましたが、今回の場合では50年以内に正当な裁判による死罪以外の方法で死亡してしまうと、100年間、召喚魔術を行使できなくなるとのことです…」
「数学者を50年も生かさねばならんのか!?」
「は、はい…星五つ級の召喚でしたので…それ以外の制約はないのですが…」
アルーム王はわかりやすくうなだれる。
それもそうだ、アルーム王にはその制約が財政的にも政治的にも重くのしかかることが分かっているのだ。
「50年もの間、事故死も病死も許してはならんのだろう?」
「はい、その通りです…」
「学者であっても、生産や魔法に携わるのであればよいのだ。よりにもよって数学者であるぞ。しかも星五つ級の逸材だ、そんな人物の研究を理解し、応用にいかせる者など、この国にはおそらくいない」
「研究者になるのであれば、まずは魔法か生産に進むことになるものですからね…」
この世界での研究者とは魔法、工学、農業、漁業、林業を研究している者のことを指す。
まかり間違っても、数学を研究する人物を研究者とは扱わず、それ故に数学者を名乗ることは一般から大きく外れた存在であることを意味する。
「わが国には数学者のような贅沢者を養う余裕に乏しい。挙句、星五つ級の召喚が数学者であることが他国に知れ渡ったならば、わが国の現状を踏まえると侵略される恐れがある」
魔術師たちの顔から生気がより一層抜け落ちていくが、王はそんなことには気にも留めないかのように話を続ける。
既に処遇は決まっているのか、と思うと極度の緊張のせいで胃の中のものが出てきそうになる。
「さて、どういった職に割り当てれば問題なくことが進むか…」
王は独り言のようにぼやく。
妙案さえ浮かべば魔術師たちの死は間違いなく回避できるだろうが、残念なことに夜通しその妙案を考えてみても、どうしても浮かんでこなかった。
議論が行き詰り、どうしたものかと皆がウンウンうなっていると、伝令兵が駆け足で王の間に入ってくる。
「礼を略しての入場、大変申し訳ございません」
伝令兵が息を切らしながら話をしている。
「いったいどうしたというのだ」
「マジェスト王国からの使者です! 星五つ級の召喚を観測したので、挨拶をしにきた、とのことです!」
「もう来たのか!? 流石に早すぎる!」
マジェスト王国とはベアトル王国の隣にある国であり、国力はベアトル王国を上回っている。
今でこそ平和協定を結んでいるが、何百年も昔から戦争をしてきた仲である。
「召喚されたものの同席も求めています、いかがいたしましょうか」
アルーム王はしばし考える。
帰ってもらうという選択肢ははなから存在しないし、同席させないわけにはいかない。
そんなことをすれば、召喚したものが失敗だったとばれてしまい、外交上の不利を強いられる蓋然性が高いだろう。
しかし、同席させるにしてもあれでは不安しかない。
「だが…」
同席させる以外の選択肢は始めからない。
あとはなるようになれ、としか言いようがない。
「それでは秋山新一を連れてまいれ!」
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なぜ俺はここに呼び出されたのだろう。
しかもかなりおめかしされてしまったし、服もゴージャスな雰囲気なものに着替えさせられたし。
詳しい事情はほとんど聞かされておらず、迂闊なことを話してはいけないし、数学者であることを話してはいけないらしいことぐらいしか把握していない。
「マジェスト王国から使者としてまいりました、ヴェールと申します。本日はこちらの厚かましいお願いをかなえていただき、誠にありがとうございます」
使者のヴェールさんがとても綺麗なお辞儀を王様に披露し、少しドキリとしてしまった。
女性なのにしっかりしてるなあ。
使者と言っていたし、何かこの人の話をやり過ごせばいいのだろうか。
「さて、そちらにおわす方が件の召喚させたものですか」
「ああ、どうもこんにちは」
「ふふ、面白い方ですね。そのような格好をなされているのに、気さくな方なのですね。ありがとうございます、私の緊張が解けましたわ」
少し照れ臭く思いながら王様のほうを向いてみると、すさまじい表情でこちらを見ていた。
どうやら今の挨拶は迂闊だったらしいので、あとで謝っておくことにしよう。
「あなたは異世界ではなにをなさっていたのですか?」
なるほど、多分事前に忠告していたのはこの質問のためか。
なら話が早い、俺はこういう質問を誤魔化すのはとにかく得意だ。
「そうですね、発明家とでも申しましょうか」
「ほう、どういったものを世に送り出したのでしょうか?」
隠し持っていた数式を乱雑に書き記したメモ帳を取り出し、ヴェールさんに見せる。
実際に書かれているのは微分方程式についての考え事だが、数学がよくわからない人にはうってつけの説明がある。
「少し難しい話になりますがそこはご勘弁いただきたいです、よろしいですか?」
ヴェールさんはパラパラとメモ帳を何ページか読み、それから
「わかりました、それではお願いします」
「これは農作物に与える栄養が、どの程度であれば最も効率が良いか、という発明です」
そこからはもう微分方程式についてあることないことを話した。
どうせこの話が分かる人は滅多にはいないだろう。
案の定、ヴェールさんもポカンとしたような表情で話を聞いている。
「さて、ひとまずはこれぐらいの話で十分でしょうか。ヴェールさんの思い描くような発明ではありませんでしょうが、これも発明と呼べる素晴らしいものでしょう」
「…………ええ、確かにそのようですね。お話しいただきありがとうございました、偉大なる学士殿」
その言葉ののちに、ヴェールさんは王様に改めて一礼する。
「アルーム王、本日はお時間いただきありがとうございました」
「それと学士殿、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「秋山新一と言います」
「また機会があればお会いしませんか?」
「ええ、あなたが望むのなら」
おそらく形式だけの挨拶を済ませる。
そうすると、ヴェールさんは周りにお礼を述べながら退出していった。
姿が見えなくなってから、服をバタバタしてみるが、暑苦しさは大して変わらなかった。
「ふー、演説はやっぱり疲れるなー」
ふと王様のほうを見てみると、目をパチクリさせている。
「お主、本当にそのような予測が立てられるのか?」
「いえ、僕は多分できませんよ。数学者ですし」
王様ががっくりしているのを見て、やっと期待のこもった眼差しであることに気づいた。
まあ数学者だし、見なかったことにしよう。




