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数学者に数学の話をさせるべきではない

 俺こと秋山新一は、ある日唐突に光に包まれた。

 気づいたら初めて見る格好をした人達に囲まれていた。

 あまりにも驚き過ぎて口をポカンと開けていた、ように思える。

 こんな現実離れしたことが起こるなんて、世の中なかなか不思議なものだな、と思ったものだ。

 そうぼんやりしていると、魔法使いっぽそうな人が何かを呟きつつ手をかざしてくる。

 状況が掴めないので、ひとまずはなすがままに受け入れることにした。


「これで言葉が通じるようになったはずだが、どうでしょうか?」


「え…あ、ああ…」


 急に話しかけられたのでびっくりした。

 びっくりしているうちに手まで掴まれて、なおびっくりした。

 人と触れ合うことに慣れていないので、もう少し丁寧に取り扱ってもらいたいのだが、なんとなくみんな興奮しているようなので黙っておくことにした。


〜王の間〜


「おお、そなたが五つ星級と噂の呼び寄せられし者か! どうぞ楽にしてくれ」


 かなり歩かされたので疲れていたので、ご厚意に甘えて楽な姿勢をとらせてもらう。


「さて、お主はこの世界に望まれて召喚されたのだ……」


 とりあえず大事そうな話のようなので、居眠りしないように気をつけることにする。

 聞きっぱなしなのは苦痛だったが、この世界のために王宮直属の所員として働く必要があるとか、権利があるとかそれぐらいならわかった。


「さて、ここまではわかってくれただろうか?」


「ええ、まあ、なんとなくは…」


 正直な話、ぼーっとしながら話を聞いていたのでなんとなくとしか言いようがない。

 いい加減に話を切り上げてくれないと、数学を考える時間がないのだが…。


「我らの勝手な都合で召喚したというのはその通りだとも」


「だが宮仕えである限りは様々な権利を認めているし、罪を犯さない限りは生存権すら保証されているのだ」


 ああ、そういえばそんな話だった気がする。

 まあ今すぐ死ぬ訳ではないのなら、あまり深く気にしないことにしようかな。


「して、お主はこの国に仕える気はないか?」


 いやにグイグイ来るなあ。

 お給金とか休日とかは保証されてるみたいだし、深く考えなくてもよさそうなのに。


「うーん、ならまあいいか」


「つまり、ベアトル王国に仕えることは決まりで良いかな?」


 こんな見てくれだし信用ないのかなあ?

 まあ数学さえ考えればよさそうな環境なら、別に地球に帰れなくてもいいし、良いかもしれないと考え、


「それ相応の待遇があるなら特に」


 と、答えておくことにした。

 立ち話が長いせいで、少しうとうとしてきたし、そろそろ話を終わらせてもらいたいところだ。


「よし、その即決即断が気に入った!お主の名前と職業を申せ!」


 よし、やっと終わりそうだ。

 まずは自分の名前から答えることにする。


「わかりました、名前は秋山新一です」


「して、お主は何を生業としておる?」


 自分の職業には自信がある。

 なにせ腐っても俺は天才的数学者、とにかく凄いのだ。

 とにかく心を落ち着けて明瞭に聞こえるように答える。


「元の世界では数学者でした」


 なんだか場の空気がガラッと変わった気がした。

 まあ数学者だし、そういうのはあまり気にしないでおこう。


〜〜〜


 ここにいる国王も魔術師も書記も、皆あんぐり口を開けている。


「なあ書記よ、数学者といえば…」


「ええ、使えない職業序列で不動の一位を獲得し続けている、あの数学者でしょうね」


 信じがたい現実を突きつけられ、それが真か否かを確認するために王は秘書に問うてみるが、残念ながら現実だった。


「これはやらかしたかもしれませんね…」


「ああ、明日まで首が繋がっていることを祈ろう」


 魔術師らもやってしまった、という雰囲気を全開にしている。

 この場で飄々としているのは、その数学者である秋山新一ぐらいなものだ。


「王様、僕は何をやればいいんですか?」


 一切の空気を読むこともなく、秋山は勝手に話を続ける。


「あ、ああ、そうだな。とりあえずは召喚されたばかりなのだから、まずは身体を休めると良いだろう」


「わかりました、ではそうしますね」


「うむ、それではリーフィよ。彼を部屋に案内して差し上げなさい」


 その指示を受け、魔術師の近くで待機していたメイドが


「かしこまりました」


 とだけ短く発言し、秋山へ近寄り声をかける。


「秋山様、こちらです」


「わかりましたー。それでは先導お願いしますね」


 えらく気の抜けた挨拶とともに、秋山はリーフィに連れられ立ち去った。

 それを見届けた後ですら、王の間は未だいたたまれない空気に包まれていたが、王はその空気を払拭するためにまずは一声を放つ。


「よし、召喚魔術の規定を確認し直そうではないか」


 ただしその一声の内容は、前向きとは正反対のものであった。


〜廊下〜


 メイドであるリーフィには目の前の学士が本当に最高等級の人材なのか、甚だ疑わしく感じられた。

 それもそうだろう、周りの目を気にすることなくキョロキョロと首を動かし、観察しようとしている変人にしか見えなかったのだから。


「うおっとっと」


しかも自分の足につまずく始末であり、あらゆる挙動から残念さが見て取れてしまう。


「大丈夫ですか?」


「ごめんね、俺って数学者だから」


「そうでしたか…」


 万国共通概念として数学者とは、アレな人を遠回しに表現した言葉であるし、数学者っぽいね、とでも言おうものなら、喧嘩を売っていると考えられても仕方がない、とされている。

 数学者などと自称しようものなら、超が付くアレっぷりということになる。

 それ故に、もし目の前の人が数学者であれば、少しぐらいミスしたりコミュニケーションがうまくいかなくても、まあ仕方ないかな、という雰囲気になったりもする。

 それにしても、この申し開きようはなんとかならないものか。


「秋山様は素晴らしい業績をお持ちなのだとお見受けしますが、どういった成果をお持ちなのでしょうか?」


 リーフィは秋山が星五つ級の人物であることは、王の話からなんとなく知っていた。

 ただ星五つ級という最高等級の被召喚者の実力がいかほどか、までは誰もわかっていない。

 それもそうだ、数学者を自称する者の実力を理解すること自体が相当奇特なものであるし、数学者の言うことは普通はとても難解だ。

 メイドとしてはとても利発なリーフィですら、四則演算をなんとか理解するにとどまるレベルなのだ。

 それでも彼が本当に数学者なのか、その裏取りだけはしておくのが案内するメイドの仕事でもある。

 そう質問してみると秋山の瞳はるんるんと輝きだし、立て板に水とばかりに演説が始まる。


「最近の研究だと、えー、宇宙際タイヒミュラー理論の研究をしている最中でして、宇宙際タイヒミュラー理論とは、abc予想の……」


 ああ、何を言っているのかさっぱりわからない、とりあえずなんとなく凄いことを研究していることだけはわかる。

 リーフィはひとまず相槌を打つ役割にのみ徹することにした。

 そもそも数学の話なのかすらわからなかったが、この訳のわからなさこそ多分、おそらく、きっと、数学だと思わせてくれた。


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 後で王に彼は間違いなく数学者であったと報告したところ、胃痛と腰痛を同時にこじらせたような顔をしていたが、リーフィは見なかったことにした。

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