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008、異文化コミュニケーションにおいては違和感のすり合わせや暗黙知のズレに対しての対処が非常に重要でありますが、それにもまして重要なのは相互の慮りであり、それは多くのミスを悪感情ではなく……(字数

「あ、確認忘れた」


 上がった後のバスタオルを出して、着替えをどうしようかと考えているうちにもう一つの確認事項を忘れていた。彼女は食事をとるだろうか?


 仮定として、彼女が異世界からやってきたとして、そのことは彼女に対しての対応に変化を与えるでしょうか? いえ、当然与えるのですが、それはそれとして、よくわからなくとも少女に対して親切にするというのはまったくもって正常の反応ではないでしょうか。


 危険かもしれないから隔離しろとか、追放しろとか、なんなのお前ら異世界人に親でも殺されたの?


――それはともかく。


 異文化、異文化であることは間違いないだろう。この部屋に急に現れたことと、バスタブと一緒に現れたことをもってして、日本と同じような文化の場所から来たというのは、正解の期待値が低そうだがどうか。


 少なくとも金髪碧眼の肌が真っ白い少女が日本と同じような日照条件の場所から生えてくるとは思えない。


「そういえば水は合うのかな?」


 分からないままだが、見た目からもしも西欧諸国と同じような気象地層条件から来たとして、その場合は周りにあるのは硬水ではないのだろうか。それは問題に……なるのか? どうだろう。海外旅行の前に、軟水の地域から硬水の地域に行くときには飲み水に気をつけろというのは聞いたような気がしなくもないが、逆の場合は何か問題が起こるのだろうか?


 分からないことは仕方がない、あとで文句を言われたら対応しよう。


(……? 文句を言われたら?)


 文句を言われたら、だって? と自分の中で反芻する。そうだ。先ほども何事もないかのように流してしまったが、彼女とは会話が通じていたような気がする。もしも、目と目が合った瞬間から目と目で会話できるような関係が構築できていたという可能性を排除すれば、それは非常に不可思議なことではないか?


――おっと。


 服の上から自分の胸を押さえる。鼓動は早鐘。美少女が扉二枚ほど隔てた向こうで無防備に湯につかっているという事実のほかに、沸きあがる好奇心が心を高ぶらせているようだ。


――なんだろう?


 自分は、期待しているのか、何かを。


「――落ち着け」


 取り合えず、自分の鼓動を取り戻す。平静に平静に。

 自分の心を自分の汚い精神の淀みの底に置くように。


「――ふぅ。……よし、食事の支度でもするか」


 文化がわからない場合の注意点。そうだ。異世界召喚されようとしていくつか考えたことはある。

 行った先がよくわからない場所だった場合でも、自分にとって益のあることをされれば『うれしい』し、ひどいことをされれば『かなしい』、いやなことをされれば『おこる』だろう。

 それをベースに考えれば大外しはないはずだ。


 文化といえばで、連想すると、宗教的な要素もあるかもしれない。

 細かいことなど聞いてみないとわからないにしろ、現実世界と照応しても、食事についての禁忌などいくらでもあるだろう。


(レンジで温めるご飯はある、パンは……フランスパンが少し、棚には、あぁ、これでいこうか)


 とりあえず、菜食主義でも、パンとコーンポタージュはいけるだろう。

 そう考えて、パンに合わせるバターを出そうとして、


(ちょっと待て)


 慌ててポタージュのラベルを確認する。――脱脂粉乳。


――ふむ。


 菜食主義者とひとまとめにしたが、無論、菜食主義にも程度がある。

 調べたところでは結構な種類があったが、動物性のものは何であろうと拒否するようなもっともつよい菜食主義であれば乳製品というのはいかにもよろしくないだろう。


 つまり、ここは気遣いのレベルとして、動物性の原料は避けるべきだ。

 では、どうするか。


「えっと」


 台所の引き出しの奥から缶詰を取り出す。とうもろこしのみずみずしそうな絵が書かれている。原材料を一応確認すると、とうもろこしと食塩、だけのようだ。缶を置くと、陶器のカップに砂糖とレモンの汁を少し入れてレンジにイン。


 数十秒でカラメルらしきものが仕上がる。飴色玉ねぎの代わりのカラメル要素だが、隠れる程度の隠し味でなければ、味の基底を壊しそう。これをとうもろこしと一緒にミキサーに入れて回せば、ペースト状に。その間に大豆の油を鍋に敷き、小麦粉を炒める。色合いが良くなった時点でペーストをミキサーから戻す。


 この缶は実の薄皮があるタイプなので、一応ザルで濾すのも忘れない。


 とはいえ、本来なら入れるべき牛乳やクリームが入っていない分、たるんたるんのペーストはザルを抜けにくいのでシリコンのヘラで押してやる。裏ごすような心地で十分量のペーストが鍋に入れば香ばしい小麦の香りが移ったペーストの出来上がり。


 とはいえ、このままだとスープと言うよりもポリッジに近いような気がするので更に手を入れる。ただ、食材の好き嫌いはあるかもしれないので、半分は別の鍋にとっておくことで、リカバリー可能にする。


 ぷつぷつと、鍋のペースト表面にクレーターが出来始める。ホットケーキのような感じ。少し、それを確認してからヘラを付き入れ粘り気を見る。それなりに固い。


 味見として菜箸で少し取って口に含むと、とうもろこしの甘みがよく出ている。カラメル感は隠れているが悪くない。立つ香りは小麦の焦がし臭で、これは好みから言うとバターの風味が欲しいが、とりあえずは乳製品も禁忌としておく。


 問題なさそうなので、冷蔵庫から取り出した豆乳をカップに取ってレンジで温める。やらなくても良い気がするが、温度の激しい上下が少し気になったので、鍋に入れる前に人肌程度に温めて置きたかった。


 ヘラで切るように混ぜつつレンジの音を待つ。

 さくりさくりと、混ぜているうちに、軽快な音が来て、加熱の終了を知らせてくれた。


 扉を開き容器を包むように持てばほんのり温かい温度が返ってくる。


 混ぜる手を早めつつ少しずつ鍋に落としていく。そのたびに、混ぜる手にかかる抵抗は小さくなってくる。適切なところで止めるとカップの中には半分を少し下回る程度の量が残っている。


(パン……も、よく考えたら普通は乳製品入りなんだよな)


 一応、出そうとしていたものを確認すると、そのようだ。

 じゃあ……ご飯か。


 儀式をするつもりだったのでご飯を炊いてはいない。

 とはいえ、独り身、レンジで出来るご飯やら、冷凍庫に眠れるご飯もある。


 どうしようか、と考えながら先程使ったザルを洗っていると、ふと思いついた。

 冷凍庫のご飯を取り出す。


 だが、解凍に時間はあまりかけられない。少女の入浴時間がいまいちわからない。個人差もあるだろうし、そもそも、年頃の少女の入浴時間など、父親にもなったことのない自分にわかるはずがない。


「――おっと」


 いらんことを考えていた。頭を振って。

 ラップに包まれたご飯。冷凍ご飯は包む時に気をつけないと、ラップの端が巻き込まれて開きにくい。今回のは成功していたらしく、おとなしくラップを向かれるお米の塊。


 解答して普通の茶碗で出しても良いのだが、個人的にコーンスープとご飯という組み合わせはあまり、イメージがない。柔らかな甘味を持った者同士だからだろうか? 芋と栗とかは相性いいのに。


 そんな事を思いつつご飯をザルにぶちまけて流水をぶちまける。……といっても、そんなに強力な水ではない。お米が砕けるし、何より、風呂を使用中に水道を使いすぎるとシャワーなんかの水流が弱まるかもしれない。


(そういえば、異世界モノっぽい場合、シャワーの使い方とかわからんみたいなシーンがあるよな)


 いま、風呂場に乱入する気はないので思うに留める。何より、今回の場合は湯船に使って暖さえ取ってくれれば良いのだ。わざわざ面倒な説明をするより温まってもらうのが優先だろう。


 シャンプーや石鹸についても、そうだ。まぁ、先の少女はバスタブと共に来たぐらいだからその辺りは似たようなものがあるのかもしれないが。


 つらつらと考えっているうちにご飯がバラバラになる。勿論、実が崩れたという意味ではなく凍ってくっついていたのがバラバラになったという意味だが。

 そのバラバラになった米の水を切る。完全に取り去ることは勿論できないので、ある程度だ。ザルである程度切った後はクッキングペーパーで更に水分を取る。


 そうすることである程度のびちょ感が薄れたので油を敷いたフライパンの底に広げる様に入れる。それから火をつけて数分、油が切りきれなかった水を爆発させて多少撥ねる。アドリブなのでこの程度は想定内だ。


 しばらくすると水分が少なくなってきたようで破裂音が収まる。しゅわしゅわと揚げ物特有の心地いい音の連続が始まったので、油を注ぎ足していく。温度があまり下がりすぎないように、火力を心持ち上げて注ぐ速度はとてもゆっくり。


 ご飯がギリギリ沈むくらいまで油を入れれば、注ぐのをやめる。


 軽快な音が続いている間に、箸でご飯の下面を削ぐようにつついていく。出来る限り崩れないようにと思いながら全方向からざくざくと箸を滑り込ませていくと鍋底から切り離されて全体が浮く。油の表面に浮くことで全体が油に沈んだ状態ではなくなったが、いまさら油を足すことはしない。


 ひっくり返すにも、フライパンと同じサイズの塊は手間取るので、半分に箸で割る。ある程度揚がっているので心地よい手応えとともに、二つに割れる、半月状の物が二つ。一つづつを油で滑らない様に気をつけながらひっくり返すと、ちょうどいい狐色だ。


 一瞬だけ音が大きくなったのは水分が破裂した音だと思うが。特に問題はない。


 数十秒だけ待って二つともを金網の上に上げる。


(揚がってる、サクサクそう……でもちょっと)


 油が多い。かな?

 温度が低いまま揚げたからかな?

 俺が食べるなら別に良いけど、女の子に出すにはちょっと……。


 とはいえ、これくらいのリカバリは問題ない。

 少しだけ待つことで水の沸点より下がったであろう揚げおこげ風のそれに対して醤油を垂らす。挙げて割れた米の間に醤油が染み込んで喝采のような音がなり、芳醇な香りが立つ。


 空腹をよく刺激してくれる音であり、このままかぶりつけば揚げたおかきのような味になっているだろう。刷毛が有ったのを思い出して、醤油を塗り拡げる。

 片方の半月は醤油のみ、もう片方の半月はそのまま。それを更に半分に割る。

 そして、四分の一の醤油とプレーンをオーブンに入れる。


 加熱をスタート。


 後は焦がさぬように、かつ、油が落ちるのを待てばいい。


――匂いが良い。

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