006、実証主義的に観察行為が妥当であっても、相対的関係性において観察することが不当であるという背反は容易に両立するものであり……(字数
惨状、という言葉はフィクションの中で位しか目にしない。精々がドキュメンタリーあたりだろう。
しかし、目の前にある部屋の状況には、その言葉が相応しく。まるで泥棒が入ったような、という言葉ですらも少々気を遣われたような表現だな、と感じるくらいだ。
ため息をつきたいところだが、それは呑みこむ。そういう感情を今、表に出すことがいいことだとは思えない。目の前にいるのは少女であって、彼女は与えた服の袖を握りしめながら、目を強く閉じている。それだけのことから彼女のことを察せられるというほどの自惚れは抱けないが、しかし、自分の感覚に素直に考えれば、それは怒られるのに怯えた女の子のようにしか見えない。
であれば、声を荒げるのはもちろん、聞えよがしなため息などもってのほかだろう。
勿論、部屋自体の惨状はため息をつきたくなるようなものだ。怪しげな儀式の跡――これは俺のせいだが――に重なるようにして、大量の湯――まぁ、もう冷めて水になっているが――そして、なぜこんなところにあるのかはわからないひっくり返ったバスタブだ。
少女から目をそらせばそのような惨状で、少女の方を見て現実逃避をしてしまうのはある種の妥当な判断ではないだろうか! いや、だめか。
さて、幸いといっていいのかはわからないが、陶器のバスタブではなかったようで、落下の――そもそも何故中空から現れたのかは不明だが――衝撃を受けても砕けて散らばるということがなかったのは幸いだ。
表面を見るにガラス質の光沢があるようだ、しかし、砕けていないということから、磁器やガラス質でないとすると、おそらくはホーローか何かだろう。
――いや、現実逃避的な状況解析はやめよう。
惨状として挙げるべき要素ではないが、しかし、最もこちらの心労につながるのは最後の一つだ。
先ほど渡した臙脂のセーターはサイズが少し不釣り合いで太もものあたりまでをカバーしている。スカート――など、男性の独り暮らしの部屋にはなかったので、暖色系水玉模様の毛織ブランケットを渡したのだが、彼女はそれを巻きスカートのように着ている。さすがに、濡れた床に座ってもらうのは何もかも間違っていると思うのでソファーの上に退いていただいたが。
――ふむ。
観察のためとして、多少の不躾な視線を投げる。臙脂色は彼女の金色の髪によく似合っていて、長い髪が臙脂の上に広がっているのは一幅の絵をすら思わせる。毛織のブランケットはその上端がセーターの内側に入っていて、なんだろうか、上が冬仕様で下が水着のパレオをまとっているような、なんとも不釣り合いな違和感を感じさせる。
身を隠すように着ている服のそれぞれは肌の多くを隠しているが手や顔などは隠しようもない。白い肌はきめ細やかで上質な紙を想起した。瞳は――こちらを見上げる視線と絡む。瞳の色は綺麗な青で現実感を感じなくなってしまうくらい。昔、博物館で見たガラス越しのビスクドールの瞳を思い出す。
と、彼女は半身になって、こちらの視線から身をそらす。
なるほど、じろじろと見られるなど不快というのは当然だ。すまないと思い。それから……。
(どうしたものだろう)
考えなければならないことはいくつもあるはずなのだが、なんとも考えがまとまらない。
そして、考え付いたわけではないが……。
「……っ」
少女が身を震わせる。換気のために開いた窓、多少はましになったといえ濡れた少女。羽織るものを渡したとはいえ、春の風、肌寒くもなるだろう。
「えっと」
言葉を向けると彼女は疑問と不可解の混ざった視線をこちらに向けてきた。
しかし、その表情は、
「……さ、先にお風呂でもいかがでしょうか?」
という質問に破顔した。