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004、ドーナツの穴はそれ自体魅力的であると俺には言えないがその穴の魅力については……(字数

 何だこれは……。


 自分は怪しげな儀式をして召喚を待つばかりとなるはずだったのに。

 いやむしろ、最後の最後には異世界に召喚されるという感じでもなかったけれど。いやいや、それは重要なことではなくて、重要なのは少女だ。


 濡れている。びしょびしょである。

 原因は彼女が大量の水といっしょに虚空から現れたからだ。

 裸の! 少女が! バスタブと共に!


――狂人かな?


 自分の思考に面白くもないツッコミを入れると、少し冷える。


 冷えて、冷静になったところで、出てくるのは同じような情報だ。

 ひっくり返ったバスタブ、壊れた床材、ぶちまけられた湯――は徐々に熱を失って水に変わっていく。少女は裸。


 ここから出てくる結論は……風呂に入ろうとしたところで、ここに召喚されたのだ!


――妄想かな?


 据え膳状態で可愛い女の子が突然目の前に現れるなどと、都合のいい妄想でしかないのだが、……いや、それを言うなら、人生行き詰まって一発逆転で異世界に召喚されようという方がよっぽど都合がいい気がするが。


 そこまで考えれば、妥当性のある結論としては、儀式と称して締め切った室内で怪しげなお香を炊いたことにより、含まれていた成分で『どうにかなった』か、或いはもっと単純に、酸素が足りなくて変なものを見ているか、だ。


――落ち着け。


 いや、いっそ落ち着かなくとも良いのだけど。その推論が出来るなら、目の前の少女が幻覚であれ現実であれ、しなければいけないことがあるはずだ。


 フローリングの張り替え……の前に、換気だ。空気を入れ替えなければ。

 こちらの幻覚であれば、とりあえず新鮮な酸素が必要だ。現実であれば、これにも新鮮な空気が必要だろう。


 空気を変える、と、窓を開ける気軽さでもう一つの意味でも空気が変わってくれると楽なんだけど、なんて、思いながら。


 がらり、と窓が音を立てて。


「さむっ」


 春とはいえ、急に吹き込んできた風は強く、肌を撫でれば寒さを感じる。

 その寒さが取り戻した一欠けの理性は……。


「いる……のか」


 振り向いて少女の存在を確認する。こちらを戸惑いと困惑の瞳で見上げてくる少女は、なんとも幻想的である。室内の明かりは全て消えて、このマンションより高い建物は少し遠い。


 差し込む明かりは、月の青さを基調としていて、金色の髪を広げ青い瞳をした少女を幻想的に際立たせる。頭がおかしくなった俺が見ている幻覚だというのを否定して代わりに月の光が擬人化されたものだ、と言われれば信じてしまいそうなほどに。


 思考がフリーズしているのか、或いは逆に、思考が高速で回っている間は、体の方に反応が鈍いのか。少女は時折方向性の変わる薄い感情だけを表に出しながら、しかし、はっきりとした行動には出ない。あえて言うなら、落ちてくる途中で声をあげたのと、身を守るように、両手を体の前に持ってきていることくらい。


 とはいえ、少女は、彫像のようにただあるだけではない。太ももは張りがありながらも柔らかそうで無事な部分のフローリングの上に少しだけ重量を感じさせてある。


 無垢なまでに何も身に着けていないというのは、先程の一瞬でも見えた……ような気がするが、今の少女は、慎ましやかな胸を左腕までを使って覆い、座り方と右手、そして、豊富な毛量の金色が竦めるように体の中心を守っている。


 それでも隙間から覗くへそは小さくきれいである。と言ってもへそはそれ自体が明確に存在しているというよりも、腹の面に対しての凹みという形でこそ認識されるものだ、そういう意味で言えば、より正確には臍帯を切ったとき、或いは結んだときの結び目とその周囲環境というのが、へそというものの極端な言い表し方であって、そういう意味では、真珠が意味合いとしては自分のなかでは近似値だ。それは、阿古屋貝に核がはいることでしか存在せず、かと言って核そのものが何であるかについては本質的ではないという意味で、臍帯の結び目とへそとの関係に近いのではないだろうかと思っているわけだ。とは言っても、俺は別にへそに対しての執着心なんかがあるわけではないから、それはさておくと、そのへそは形状的には真円のような丸みを帯びた上端から縦に長い涙滴のように浅く底まで見通せるような渓谷があるだけであって、シンプルな造形には感嘆すべきであると思うし、これを言語に落とし込もうとする試み自体が甚だしく、ある種の冒涜にあたいするのではないかと、そんなことを思わせるほどに、これまでに見てきたへその中でも抜群にきれいで指を這わせたいという衝動が湧く。


 いや、勿論、そんなに執着しているわけではないのでそんなことはしないのだが、目が吸い込まれて離せない……。


 いや、駄目だろう。たまたまそんな状態で現れただけであって、合意のもとに俺に対してへそ――ではなく、体を晒しているわけではないのだ。当惑したような表情からするときっと、彼女も巻き込まれた被害者なのだろう。


 いや、その表情に薄っすらと怒りが乗っているような気もするが、全く、自分の感覚が信じられない。このような事態に巻き込まれて当惑している少女に怒りが芽生え始めているというふうに誤解してしまうなんて、なんとも節穴な視覚である。


 何を、いやいやいやと続けているのか知らないが、よく考えれば、濡れたような状況で換気のために窓を開けてしまえば、吹き込む風で寒くなって少女もへそを……ではなく、腹を冷やしてしまう。


 なにか着替えを用意しなければ。

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あと、こちらオーバンステップ第一迷宮平日昼頃更新のファンタジー世界で……なんだろう、六次産業的な孤児院でのお話。 こちらもよろしければどうぞ!

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