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033、平日の昼。デパートの人気のないコーナー。多目的の個室。複数人利用。おててが後ろに回るのではないかとも思える単語の並びであるが、実際に行われた行為は健全なものであるので、何の悲劇も起きる筈(字数

 かちゃり、と音がする、金属製のボタンを外す音。


 平日の昼過ぎ。デパートのスーツ売り場、それも量販店系でないところは、さほど客がいない。季節柄、父の日やら、敬老の日でも近ければまだしも、そうでないなら旦那へのプレゼントでも買いに来た奥様方や、あるいは、仕事中、アクシデントに見舞われでもした営業職くらいか。


 空いていれば、人目を忍べる。このフロアの多目的トイレに入った。二人で。

 ここに来るまでに、コンビニで下着を購入したので……まぁ、なんだ。それをつけてもらっている。

 色々買うにあたって、試着時に起こりえる様々を考慮して……なのだが。


 むしろ、試着時に起こるかもしれないそれらよりも危険な気がしてきた。


「あの、袋を開けてほしいのですが」

「あ、はい」


 後ろを振り向かずに手を伸ばすと、ひやん、と声が聞こえた、手指に感触はなかったので何かに触れてしまったという訳ではないのだろうが、風の感じからして、ぎりぎり、かすったというか、かすめたというか、そんな気もする。


 ともあれ、受け取ったのは、先ほど彼女に渡したコンビニの袋だ。コンビニに女性用の下着が売っているなんて……まぁ、コンビニを何度も利用していれば、気づくことなので、俺が特別そんな情報に過敏という訳ではないだろう。――ないだろう。


 品質はわからないが、いや、そもそも、どういったものがいいか自体がわからないが……、そうだな、そのあたりについては、コンビニのオリジナルブランドではなく、俺でもコマーシャルとかで聞いたようなメーカーのものを選んだので、最低限の品質はあるだろう、たぶん。


 俺は、心をできる限り、波立たせないようにして、コンビニの袋のなか、中身が見えないような色の濃い目のパッケージを剥いて、折りたたまれた布として、それを渡す。


「ふうん」


 後ろで、少女が、下着をしげしげとみている、と、そんなことが容易に想像できる。


(想像しなくていいと思うんですけど)


 自分に突っ込みを入れて、なんとなく聞こえてくる店内放送の音楽に耳を向ける。

 何故に、私を月に連れてって、というような感じの英語歌詞の曲を流すのか、これは購買意欲を高めるのか否か、そんなことを考えていると。


「前とか、後ろとか? ……あ、ふーん」


 かさかさと音がしたので、たぶん、商品パッケージにどちらが前かを特定するような情報が含まれていたのだろう。製造会社とパッケージのデザイン者に快哉を叫びたいところだ。まぁ、二人きりの個室でそんなことをしたら変人まっしぐらなので、心の中だけにしておく。


 変人じゃなくても、はたから見たら、変態よなぁ、と、自分を貶めつつ。

 でも、聞かれなくてよかった。どっちが前とか、聞かれようものなら、なかなか心臓に悪い。


――などと考えていると、先ほどの、ボタンの音は、本当にボタンをはずしただけだったらしく、じじ、とジッパーを下す音がする。なぜ上げる音でなく下す音とわかるのかなどと、野暮なことは説明しない。


 つっは、と力を入れたと思しき息の声が慄然と色っぽく、背筋にぞわりと広がるものを感じるだけだ。ジッパーがどこまで開くかわかっていなかったので、力を込めたのだろう。そして、しゃりしゃりと綿地の擦れる音がする。


 確か、何かの資料でもらったものだった気がする。手触りが独特の綿だとかで、繊維が極細だとか、そんなことを言っていたような気が……する。まぁ、デザインとしては、膝のあたりでジッパーで分解できるタイプの奴だ。


 カーゴとして一般的かは知らない。ポケットがカーゴパンツとしても大きめに作られているので、女の子が膝のところで分離した状態で着用したら、バルーンパンツっぽくなる、と、さっき気づいた。とはいえ、生地的にもなんというか、どっちつかず感がある。


 ダメかというと、そんなことはないのだが。まぁ、少なくとも俺には似合わない。


 では、メルルーツにはどうか、というと、これはこれでよい感じだと思う。美的感覚というのは、人によって違うものなのではっきりどうだとは言い難いが、それでも、彼女をして見目に優しくないなどというものはいないだろうとは思う。


 そんなことを生半な容姿で言おうものなら、単純、僻みだと取られるだろう。

 それくらいの見目である。


 惜しむらくは、帽子と、色付きのタイツあたりを履かせればより完成度が上がるだろう。

 何をもって完成とするのかは、議論の待たれるところであるが……。


「ふうん、密着度が高いけど、ばね? 違う、……柔らかい革みたいな……?」


 ぱちんぱちん、と音がしたのは、彼女がパンツを引っ張り伸ばして、それが戻るときに彼女の腿を叩いたのだろう。ゴム、というのは彼女の世界では実用化されていないらしい。


「何をとは言わないけど、あんまり引っ張ると切れたり、伸びて戻らなくなるから、弄繰り回すのは程々にね」

「はぁ、なるほど」


 メルルーツは頷いたらしい。そのままの動きで、ごそごそと音がつながる。

 カーゴを履きなおしたらしい。どこかに手をかけていないのだろうか、よとと、とよろけを感じさせる声がした。


 さすがに、兼用と言っても、男性用の靴を履くのはなんともアンバランスで、そもそもサイズが違う。しようがないので、今はスリッパのようなものを履いている。通気性のよさそうな例のあれだ。

 靴下も買っても良かったが、スリッパに靴下というのもどうだろう。場合による?


(靴、靴下も買えばいいか)


 頭の中で考える。靴屋で試着をするのなら、靴下は当然必要だろう。だが、靴屋に履いていくなら結局スリッパに靴下では? きちんと計画を立てないせいで、なんとも無様な右往左往だ。


 貴重な服を買いに行く服がないという状況の実践だったのに、もったいない話だし、自分の対応力の無さが浮き彫りになる。

 ちなみに、素足にスリッパでも寒くないといっていた。普段はどんな靴を履いていたのだろうか?


 疑問が何らかの答えを見つける前に、ふむ、と彼女が安堵のような息を漏らしたのが聞こえる履き替え終わったらしい。


「そっち向いていい?」

「あ、大丈夫です」


 返答が来て、一拍待ってから振り返る。

 ふう、と一息つく彼女が妙に頬を赤くしているような気がするけれど。

 とりあえず、これで、最低限の準備ができた、と思うことにしよう。

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あと、こちらオーバンステップ第一迷宮平日昼頃更新のファンタジー世界で……なんだろう、六次産業的な孤児院でのお話。 こちらもよろしければどうぞ!

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