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028、こちこちと針は行く

『時計の歴史』という本を読んだ。

 その内容はなかなか理解できない。読んだ文章自体は把握できるが、その中身。情報を書き砕けているかというとそんなことはない。


 結局読めたのは、十数ページほど。



 私の世界――モニアの本とは違う。細かい違いは先程も見えていたが、さらに言うなら、中に書かれている文字は小さく。きれいに並んでいる。

 できるだけ、小さいところに多くの情報を詰め込もうとしているのだろうか。


 それはわからないが、一ページに書き込まれている文字数が二倍以上は違うだろうか? しかも、文字が、整然としているというか、比べてみたところ、同じ文字を何度も使っているようだった。――同じ文字といっても、単純な意味ではなく、たとえは何度も主語の後ろに出ている『は』という文字は、どの場面でも、ページが違っても、ちらっと見た後ろの方でも同じ形だ。


 つまり、それは、印象を使ったようなものだ、と言うことだ。

 これは、印刷技術というやつだろうか。


 モニアでもその概念はあったが、流布はしていない。どうしてだろうか、と自問するが、自分で考えるだけですぐに答えは出てくる。印刷技術の利点は何だと言われていたか?


 一つは綺麗さだ。確かに、目の前にあるものを見ればそれは間違いなかったとわかる。整然と整列している文字、そして、文字は極言すれば『最高の形』を一度作れば、何度でも複製できるのだ。


 究極の一に及ばなかったとしても、上出来の上等がたやすく繰り返せるのならメリットは大きい。


 そして、もう一つのもっとはっきりした利点が、同じ内容を大量に作れることだと言っていた。そして、そうすることで、一冊あたりの価値も価格も下がるのだ、と。それは利点一辺倒ではないと思うが……、ともかく。


 最新の研究結果であっても一人に一冊、とそう考えれば、メリットは大きい……様な気もするのだが、よく考えれば、現状のモニアにおいて、本を持ちたいと考えるのは、高級貴族の一部と塔の住人くらいだ。


 残念ながらそれくらいでは、量産効果を十分に生かせるとは思えない。


 つまり、今の時点では印刷技術というのは欲されていないという意味で広まっていないのだ。勿論、実現するための技術障壁がないというわけではないのだが。


 その辺りを考慮すると、この世界は印刷技術が発展しているという一事を取ってみても、文字を読める教育が広がっていて、製紙技術、筆記具が高度に進歩しており、かつ、流通も優れているであろうことは想像がつく。


(特に……)


 そうだ、そこまで意識していなかったが、製紙技術も素晴らしい。紙のおもては触れれば子供の肌の様にさらさらとしている。勿論、油気がない分、肌とは感触が違うものの何ともきめ細かい触り心地だ。


 読みたい本がまた増えた。何処かにあるだろうか?


(教育、製紙、印刷。文字の歴史……は、もうちょっと後でもいいか。天文、金属……、そうね、後は、アサヒの言っていた宗教とか)


 しかし、文字が小さい上に密集していて、目が疲れる。

 一息ついて壁に罹っていた『時計』を見上げると、ちょうど、先程言っていたくらいの時間だった。


(本の内容は……、やっぱり、日時計から発展してるのね、でも、機械時計? その辺りは、振り子がなんとなくわかったくらいね)


 『はじめに』というところに書かれていた腕時計というのも気になるが、知っていることとかぶっているところを見つけるのも楽しい。そんな事を『目次』のページを見ながら思って、本を閉じて、アサヒのところに向かった。



「あ、メルルーツ。朝が結構手が込んでた分、昼は簡単めだけどいいかな?」

「はぁ」


 気の抜けた返事をしてしまったが、簡単め、だと言われてがっかりしたわけでは決してない。むしろ、この世界の場合、手を抜いたところでモニアよりも手の混んだ料理が出てくる可能性もある。


 それよりも驚いたのは、アサヒが眼鏡をかけていたことだ。


「ん、あぁ、眼鏡は場合によってはかけたりかけなかったりだね」


 何かを茹でているらしく、湯気で眼鏡が曇っているので、なかなか見た目が剽軽だ。


「モニアにも眼鏡はあるの?」

「あるかないかで言えばありますね」


 大きな鍋で何かを茹でながらもう一つの調理具では何かを炒めているらしい。肉の匂いと、緑の強い野菜の匂い。白い球根型の野菜が加わって、そこにもう一つ、水煮にしたらしい何かが独特の香りを立てている。


 多分きのこか何かだろう。この辺りには森もあるのだろうか?


「へぇ、じゃあ、ガラス製品は結構発達してるのかな?」

「いえ、技術としてはあまりですね。ガラスの扱いは大体、火の巫女……というか、火の魔術を使う人達の独占みたいな感じで職人は扱わせてもらえないみたいなので」

「扱わせてもらえないんじゃ発達のしようもないね」


 そうですね、と答えておく。正確には見た目で比較してどうしても巫女たちの作ったものの方が綺麗で差が歴然であるというところがあるのだが、


「じゃあ、高級品なんだ?」

「あー、階級制度の上の方の人用って感じですね」


 目がいい人には無用の長物だが……。


「ちなみに、簡単な料理って、どんなです?」

「あー、保存食の応用かな」


 答えに台所をよく見る。アサヒは時折眼鏡を曇らせながら鍋をのぞく。長い木の棒で茹でているものをときおり引き上げるがそれは、


「麺?」

「麺。君のところの食卓でもポピュラーだった?」

「んー、あまり最近は食べた記憶がないですね」


 一般庶民としては普通に口に入れるものなのだが、塔の中では事情が違う。高級とか庶民的とか以前に熱いものが食卓に出ない。理由は匂いがきついし水蒸気も上がるからだ。


 となると、熱い間に、ソースと絡めて食べる様な麺は相性が良くない。場合によっては、くどかったり消化に悪かったりということになるからである。


 ということを説明すると、


「冷たくして食べる麺はないんだ」

「そうですねぇ……あ、そうか。綺麗な水が貴重な分、麺を冷やすのが難しいのでは?」


 たしか、一度、女王のところで食べた昼食で、塩とハーブを効かせた冷たいリコの実のソースに綺麗な水で一気に冷やした極細の麺を食べた記憶がある。あれは植物から取った油を使っていて、冷たいときも味が良いという不思議な体験だった。


 あれをやろうと思うと冷やした大量の水、というだけで、何食分になるかわからないけど。


「まぁ、今日は暖かいやつだけどね」


 大きな金属製の食器を使ってアサヒは麺をあげた。少し茹で水のついたそれを、炒めていた調理具――フライパンに入れる。温度は水が飛ぶほど高かったらしく、入れた瞬間に高音を上げる。


 同時に、立つ香りは部屋に満ちて心地よい。


「出来上がりですか!?」

「いや……って、あれ? おなかすいてる?」


 む、何か、欠食児のような扱いを受けていませんか私。

 そんな思いを込めて睨むと、ごめんごめんと、謝られた。軽い。


「味付け、彩りはまだこっからだよ」

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