001、異世界召喚されたい
よろしくお願いいたします。
不定期更新です。
(@2019/02/23)
ブックマーク、感想、コメント、レビュー、評価など反応いただければ嬉しく。
「ふふふふふ、これで俺は全ての枷を超越し、自由と悦楽を謳歌するっ!」
・
どうも、テンションをあげて叫んでみた俺は灰島朝陽、フリーランスの物書きです。この間、何年か仕事を回してもらってた雑誌から切られて名乗りだけの文筆家になりました。具体的に言うと、現状収入がありません。ついでに言うなら、貯金額は、そろそろ6桁に突入しそうです。
二十代も真ん中くらいに入りそうです。交友関係は広くないです。特記すべき能力はありません。しいて言えば普通免許くらいでしょうか? 文章を書くのは好きです……。
・
一発逆転、という言葉はいい意味で使われることもありますが、こういったどん底状態のときに見える一発逆転への道というのは、おおよそが、蜘蛛の糸よりも脆く、しかも、切れてしまえば奈落の底に落ちていくというのは決まりきったことであります。
正しい更生の道としてはまじめな定職を探して、履歴書を書いて、身なりを整えて証明写真を撮りに行くのがいいと思うんですが、なんとも、そういった道はハードルが高い。
いえ、もちろん、それに対してハードルが高いなどという俺に対して高いところから文句をおっしゃりたいというお気持ちは重々理解しております。
きっと、諸兄諸姉方は過ぐる日に黄泉に旅立ちました俺の父母に代わってお叱りくださるというのでしょう。お気持ちだけありがたく受け取らせていただきます。
さて、ただいま、わたくしめは、蜘蛛の糸より脆いと知りつつ一発逆転へと一縷の望みをかけましてとある儀式を行っています。部屋には怪しげな香草を炊き込めまして、左手に刃物、床には特別な製法で作られました赤の染料で魔方陣を、
そして、右手に持った魔導書(同人誌即売会で購入したネット上でも本物と噂のもの、本文17ページ9000円。日本語訳及び図解別添)を参考に儀式を行いただいま絶賛、儀式終盤です。
『この組み合わせ、この方法で異世界に行きました』というレビューがあったので――同人誌販売委託サイトだが――きっと大丈夫、星は4つついていた。
――あとは、祈るだけ。
・
「■■■■■ー、■■■、■■、■■■■■■」
確かに、間違いなく、この魔導書はある種の本物であるらしく。
詠唱しろと――別添のほうに――書かれていたページに書かれていた文字は、見たこともないものであったし、何処の文化圏のものかすらもわからなかったが、それでも、
――どう発音したらいいかは頭に浮かんだ。
それは日本語としては表記することすら難しい、なんとも不可思議な音であるが、なぜか難なくそれを発音することができる。
そして、祈るのは願う内容だ。それは言葉に出す必要はないらしい。
(異世界召喚されたい、異世界召喚されたい、異世界召喚されて、現代知識でヒーローか何かになって、かわいい女の子と仲良くなりたい、あー、もうむしろ、現代知識でヒーローにならなくてもいいから、かわいい女の子と仲良くなりたい。仲良くなって……あー、どうしよう)
祈り、という言葉で表すにはなんとも俗まみれの欲求が頭の中にあふれる。
こぼれるようにして、満ちて。
しかも、それは取り留めもない。
文章を書くことを一時なりとも生業にしていたとはとても言い難いようなまとまらない思考で、
「■、■■■! ■■■■■■■■■、■■!」
詠唱三節のうちの二節目を終える。
若干テンションが上がっているのか、自分の声が大きくなったような気がする。
そろそろ、隣の部屋から壁殴りをされても仕方のないような感じだが、
今や、そんなことはどうでもいい。
この儀式が成功すれば、異世界に行けるのだ。
異世界に行けさえすれば、この部屋に対して文句があるという隣人がいたところで関係のない話だ。
となれば、この儀式に成功しさえすればいいのだ。
「■■、■■■■■■■■■■■■、■■■、――――」
三節目もほとんど終わり、そこで脳裏に疑問が浮かんだ。
異世界に行けるという魔導書を使って、『成功しました、本物です』ってレビューは。
一体全体、どういった立場で書かれたレビューだ、これ?
騙された? 脳から血が冷たくなって全身に回るような妙な感覚、絶望と、そして、羞恥心が混じったようななんとも言えない、心地の悪い冷たさ。エタノールでも頭からぶっかけられたかのような、べたべたした気持ちの悪さ。
あぁ、だというのに、口は単語の続きを止めない。
まるで、その部分だけは本当に魔法の本であるということを示しているかのように。
祈りは、頭の中で定形を失っている。
部屋の中に立ち込めている香草の煙は、今は吐き気を感じるほどに清浄さを押し付けてくる。
清々しさを血管に注ぎ込まれたかのような、あるいは、メントールを塗り込まれたような。
もはや足には力が入らないし、平衡感覚も怪しいものだ。
この本を見た瞬間からこの儀式を完遂することしか頭になかった。
まるで、この本のほうが、俺の行動の主導権を握ったかのように。
それに気が付いて、たたらを踏むこともできない、体に力が入らないのに足は固定されたかのよう。
もっと言うなら、頭の上からつられた糸で、立たされているかのような。
主導権がなく、力も入らず――それは、倒れる自由すらないと告げられているかのようだ。
そして――。
三節はほとんど終わる。
抗うように、祈りを繰り返す。
異世界召喚――より、かわいい女の子だっ!
ラストの単語。
「■■!」
脱力感はもはや、力が入らないという域を超えて、しかも、支えがなくなった。
立ってすらいられなくなって、俺はへたり込み……。
そして、変化が起こった。