現実逃避をするような一日。 前編
「なに、してんの……?」
不意に、声を掛けてしまった。
掛けた先の彼女は、私の机の野卑な落書きを自らのハンカチで拭いていた。机には、掠れた『クソビッチ』『ヒステリック野郎』『クズ』などの常套句が乱雑に並べられている。
あらら、ほんとに書いてあるし。あのネカマめ、フラグ回収完了しちゃったよ。
イジメのテンプレさに呆れ、目の前の女の奇行に疑問を浮かべる。なんでこいつが、私の机拭いてんの?
頭の上に疑問符を浮かべていると、羽鳥は振り返り、訴えた。
「あの、私、高千穂さんが藤崎君を弄んだっていうのは許せないけど、流石にこんなこと書かれるのは悲しすぎると思って……」
怖いけど私、精一杯勇気を振り絞って言いますッ! だなんて感じで、羽鳥は言った。それも、まぁまぁデカい声でクラスの皆に伝えるように。
何故、こうもこんな私事をデカい声で叫ぶのだろう。なんて、思ったが理由は簡単だった。
私が藤崎を弄び、本当の彼女である羽鳥は私にイジメられ、そんな可哀想な二人を庇うかの如く机に落書きを書かれていたが、流石に気の毒だと思った羽鳥は私の机の落書きを消してくれたと。
そんな話を自分で作り上げたわけだ。この女は。
こんな自作自演の駄作、見る価値も無い。もはや、怒りじゃなくて呆れだな。でもきっと、表面上からしかこの事を見ていない人が観ればこの劇は、この女が作った駄作にしか思えない。私のことを睨んでいる彼等彼女等は、さぞ、この女が勇敢なヒロインに見えるだろうに。そして私は優しきヒロインの慈悲によって救われた悪役にしか見えないだろうに。
付き合ってられない。
それより、机の落書きの方が気になる。邪魔だ、羽鳥。机が見えねぇだろ。
「羽鳥さん退いて」
「ぇ……? わ、私、高千穂さんがっ──」
「退いてくれる?」
「ッ……!」
羽鳥は一瞬狼狽えたが、すぐに何か喚こう口を開いたので凄んで黙らせた。凄んで黙らせるとか、だから私の中学の時の徒名、『女番長』だったのか。今気付いたわ。
羽鳥が退いたので、机を見下ろす。
そして私は、絶句した。
おい待て、これマッキーで書きやがったな! 油性じゃねぇか! 悪戯はせめて、水性にしとけ。
「あぁあ、机って学校で払ってるもんだから。私にはノーダメージだけど、学校的にはアウトなんじゃね? これ、油性だから簡単に落ちねぇよ?」
「うん、梓。ダメージ受けないのは良かったけどそこじゃない」
澪に又もやツッコミを食らってしまった。
澪から視界をもう一度机に映した。
机の落書きは多少は掠れているたが、字がガッツリ読めるレベルで残っている。あの女、さっぱり消してくれるつもりは無いらしい。ハンカチに水もつけずに拭いてやがった。んなの、消せる訳ねぇだろ。油性だからアルコールで落ちるかな。
「ねぇ、澪りん」
「は……?」
「すいません。澪って呼びます」
「……」
「職員室の前にアルコール消毒液みたいなやつあるから、それ持ってきて貰って良い?」
「うん」
敢えて自分で行かなかったのは、私と一緒に居た澪をこの場所で一人には出来ないからだ。ただでさえ、美少女というだけでブスに妬まれてしまっているというのに、これ以上彼女を虐める要因は作らせたくは無い。しかも、その要因が私というのは最も避けたいことである。
澪が教室を後にしたのを確認して、
「さてと」
と言い、このクソみたいな空間を見渡す。
おうおう、怖いぜ。一部のガールズとボーイズ。そんな睨むなよ。
まぁでも兎も角、皆が皆、敵って言うわけでも無さそうだ。私の仲良い奴等は何もないように寛いだりくっちゃべったりしてやがる。おい助けろよ、お友達が虐められてんぞ!? まじて、あいつら無慈悲だな。
まぁ仕方ないか。羽鳥を始め、私を睨んでいるガールズ&ボーイズは所謂、陽キャでクラスのスクールカーストとかいう三角形の頂点の近くの人間達だ。マジで、いつから学校は同じ学年での上下関係が出来てしまったよ……。
「ねぇ……!」
一人の女の子が此方に三歩近づき、
「謝んなよ、ふわりに色々言っといて、落書きだって消そうとしてくれたのにその態度」
「はぁ……」
「なっ……!」
あ~、もうほんと。阿呆らしい。
「あのさぁ、浦松さん。まずまずのことを聞くとね、子供っぽいこと言うけど、私が羽鳥さんの悪口を言ったって言う証拠ってのはあるの? 君たちのやっている状況と言動だけを信じた稚拙な推理で組み立てたお遊戯会の悪役に私を当てはめないでくれる? と言うのもさぁ、まずまず君ら関係ないし、状況だけで判断するならこっちは彼氏を目の前で浮気されたんですど。他でもない、君たちが守っている羽鳥さんに。あぁ、それと言動で判断するだけなら私も、羽鳥さんが2回も人の彼氏寝取ったって聞いたんだけど? ねぇ、どうする君が同じような状況になったら。彼氏に浮気されて、あげくの果てによく分からん倫理観のお話で悪役にされて。もう呆れちゃうよね、こんなくだらな……」
「梓ーーー!!!! ストップッッ!!」
「あ、澪」
「あ、じゃない! 堪忍袋キレすぎ。何なの!? 何故エタノールを取ってきたら親友は女子に言葉責めをしているの!? 」
いや~、つい怒りが……、まぁぶん殴んなかっただけ私としては満点だよ。
ていうか、澪ちゃん早くない? 二分も経ってないんですけと。全力疾走で職員室前まで行ったの? 色んな意味で危険すぎる。
「おーい! もう少しで、ホームルームだぞー。座っとけー!」
歴史の担当教師の極方の呼びかけで、時計を見る。うわっ! あと五分でこの落書き消せとかキツっ……!
そして、三分間。私達は無言で机をこすり続けた、もう机上に憎き油性はいない。ビバ、アルコール! 因みに、私があんなにグチグチ言った後、教室が静まり返っていたのは言うまでも無い。
ここまで読んでください、ありがとうございました!
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