8.六〇年以上も消息不明だったサン=テグジュペリの死のミステリー……そのこと?
僕はハル文庫に行き、サン=テグジュペリ関連本のすべてに目を通すことにした。
そこで見つけたのは、彼の消息を知らせる新聞の切抜きと、謎が解明される一部始終を語ったドキュメント本(『星の王子さまの眠る海』/ソニー・マガジンズ)だった。
サン=テグジュペリは第二次世界大戦中に偵察機に乗ったまま消息を絶ち、長い間、行方不明だった。おおよそ六〇年間も。
僕が子どものころ『星の王子さま』を読んだときも、巻末のあとがきに「消息不明」の文字があったっけ…。
サン=テグジュペリは『星の王子さま』が出版されたのとほぼ同時にアメリカを離れ(一九四三年四月)、アフリカのアルジェに向かった。連合軍に合流して戦列に復帰するためだ。
そして翌年の七月三十一日、グルノーブル、アヌシー方面の写真偵察のためコルシカ島のボルゴ基地を飛び立ち、消息を絶っている。
四十四歳だった。
『星の王子さま』が、聖書の次に売れているという世界的な大ベストセラーなだけに、作家の行方不明は、読者にとっては受けいれがたいジレンマのようなもの。
それに、あまりにも長い間、消息不明の期間がつづいた。
ところが…。
五〇年以上経過した一九九八年に、地中海のマルセイユ沖の海域で、サン=テグジュペリの名前が刻まれたブレスレットが発見されたのだ!
括弧書きで妻のコンスエロの名前、連絡先としてニューヨークの出版社、レイナル&ヒッチコック社の社名と所在地も記されていた。
発見したのはその海域で魚を取っていた漁師。
底引き網を船に引揚げ、採れたものを選り分けているなかに、大きな石灰質のかたまりが混じっていた。
漁師が「なんだこんなもの」と海に投げ捨てていたら、サン=テグジュペリの死の謎は永久に解き明かされることはなかっただろう。
しかし、なかからキラキラ輝く金属片がはみ出しているのに気づいた漁師は、コンクリーションを砕いて、それが何なのかを確かめた。
あらわれたのは鎖の切れたブレスレット。
さらにその船の船長がブレスレットを磨いて文字を浮かび上がらせると、サン=テグジュペリの名前があらわれたというわけ。
誰もサン=テグジュペリがこの海域に沈んだとは思っていなかった。
フランス中がブレスレット発見のニュースに沸き立った。
ついにサン=テグジュペリの消息が見つかった……!
次いで彼が乗っていた偵察機の残骸を求めて、付近は広範囲に探索され、綿密な調査が行われた。
けっきょく見つけたのは地元のダイバーだった。
ダイバーは十六年も前から、海底に飛行機の残骸が沈んでいるのを知っていたという。
ブレスレットが発見されたということは、もしかしたら、これこそが消息を絶ったサン=テグジュペリの搭乗機だったのではないか?
念には念を入れ、確認作業が行われた。
ついに二○○四年、フランス政府により、その残骸は確かにサン=テグジュペリの搭乗機であることが確認された。
そして、最後の謎が残った。
では、サン=テグジュペリはどのような経緯で海底に沈んだのだろう?
二〇〇八年に、人々はその答えを知ることになる。
終戦当時、プロヴァンスにあったドイツ軍基地に配属されていたパイロットが、六〇余年の沈黙を破って、自分がサン=テグジュペリの偵察機を撃墜したことを告白したのだ。
あの日。
プロヴァンスのドイツ軍基地では、レーダーに敵機が映っているのを確認し、出動命令が出された。ドイツ軍パイロットはすぐに離陸し、サン=テグジュペリの乗った偵察機を見つけて追跡。そして攻撃した。
弾は翼に命中し、機体は真っ直ぐに海に落ちたそうだ。パイロットの姿は確認できなかった。
そのときのようすを目撃した人たちもいる。
ある線路工事夫はあの日、連合軍の双胴機がドイツ軍戦闘機に追いかけられ、低空で逃げていくのを見たという。
入り江で釣りをしていた男性は、オーバーランしたエンジンの鋭い音が聞こえたので空を見上げると、双胴機が頭から海に急降下していくところだったと証言している。
彼らが見たのはサン=テグジュペリの乗った偵察機だったのではないか。
きっとそうやって飛行機もろとも海に墜落したのだろう。そう推測される。
こうしてミステリーは結着を見た。
どれだけの人たちが謎の解明に動いたのだろう…。
それにしても、ブレスレットが見つかったのは、万に一つの奇跡だった。ブレスレットが発見されなければ、誰もマルセイユの海に彼が眠っているとは考えていなかったのだから。
「ねっ。すごい話でしょ。もしかして、読者がしらない秘密って、そのこと?」
僕はレディバードにそう話した。
「たしかに素晴らしいニュースだわ。長い間ずっと解明されない謎だったんだから。
それも秘密の一つに数えましょう。いいと思うわ」と頷いた。
あれっ、二十センチのおチビさんの妖精のくせして、先生みたいにエラそうだ…。
「それで、ほかには?」
「えっ、ほかのこと…」
僕は答えがわからなくてうろたえる生徒のように、またまた黙り込んだ。




