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第2話 『記念日』

「アッー!」


「掘られましたか、マスター」


「そういうのどこで覚えてくるの……?」


 つい発してしまったネットスラングに間髪置かずに反応するシルフに、AIの育て方を間違ったのではないかと不安になる。

 まあ、それは些細なことであって。


「パーツが、割れた……」


 ABS樹脂、溶剤。ここまで言えば分かるだろう。可動する部分であるため、塗膜の強いエナメル塗料での塗装。それほど希釈していないつもりであったが、侵食されてしまっていたようだ。


「ふうん」


「どうでも良さげだな」


 専用武器であるブレードを磨いている。当然だが、豆腐くらいしか斬る事はできない玩具である。


「だって、カンプラでしょう? リゼンブルのパーツじゃないんだから気にしませんよ」


 カンプラ。世界一のプラスチック加工メーカーである『バムダイ』より発売している『宇宙戦士カンダム』シリーズのプラモデルの略称である。

 リゼンブルもカンプラも基本的に3mm軸を採用しているので互換性はある。だが、オンラインゲームである『バトル・リゼンブル・ロンド』では使うことが出来ないだめ、彼女たちにとってはどうでもいいようだ。



 シルフは気付いていない。

 たしかにカンプラの箱をゲート片入れにしているが、作っていたのはリゼンブルの武器なのである。それも『バトル・リゼンブル・ロンド』、通称『バトリゼ』で彼女が気に入っていた可変式スナイパーライフル『スターフェイズ』。

 

 リアルでも欲しい欲しいと言っていたため、こっそりと購入したものだ。そして、記念日にプレゼントする予定であったのだが間に合わないかもしれない。限定品などではないため、部品注文は出来る。ただそうすると三日から四日はかかってしまう。記念日は明日。間に合いそうもない。


「……仕方ない」


 こうなったらやることは一つだ。ないなら作る。モデラーの基本である。



 シルフはセイレーン型リゼンブルであり、ファーストシリーズの一つだ。セカンドシリーズのリゼンブルの武装は組み換えが出来るような構成となっているのに対し、ファーストシリーズは形状がある程度定まっている。


 リゼンブルのは始まりは、第1弾、天使型と悪魔型である。彼女らの売れ行きと影響力はまさに社会現象よぶに相応しいものであった。どれだけ作ろうとも生産が間に合わず、転売時は十倍の値段でも売れたというのだから驚きだ。テンバイヤー死すべし。


 第2弾はイヌ型、ネコ型、ウサギ型。同じリゼンブルでもデザイナーを変えることで、全く別の存在であるかのような商品だ。第1弾と比べると、幼い容姿と独特の体型は、深い『沼』を産み出した。

 

 これらを皮切りに、リゼンブルは好調を極めた。右肩上がりどころか、垂直に上るような売れ行きは狂気とさえいえるだろう。


 第3弾、騎士型、武士型。その鎧は未だにミキシング素材として絶大な需要を有している。それと他のキャラクターとコラボしたサンタ型は新たな可能性を切り開いたともいえるだろう。


第4弾、植物型と砲台型。ここでまさかの植物である。同時発売に砲台を持ってくるあたり、センスが常人のそれではない。


 そして、第5弾がセイレーン型とマーメイド型、ドルフィン型である。シルフは、これに当たる。


 偶然入ったホビーショップにて、当時の最新の第13弾に追いやられ、隅に置かれていたセイレーン型。ブリスターパックの奥で眠る彼女に、一目ぼれしたのである。気が付けば、高校生だった俺は貯金を全て切り崩し、彼女を購入していた。それから、ずぶずぶと付き合いが続き3年目となる。


 時を、金をどれほど貢いだかなど些細なこと。それ以上の日々を彼女は与えてくれる。もはや彼女のいない生活など考えられないほどだ。俺にとって、リゼンブルは玩具やロボットなどというものではない。言うなれば──。


「シルフ」


「なんです?」


「ほい」


 放り投げたソレを軽々と受け取り、じっと観察し目を見開く。


「『スターフェイズ』!? マスター、これは……?」


「明日は……いや、もう今日だな」


 気が付けば日付が変わっている。


「今日は、お前が俺の『パートナー』になった日だろう。いつもありがとな」


 心からの素直な言葉はなんだか照れくさい。けれど、決してこの思いは恥ずかしいものではない。


 シルフはスターフェイズを抱えたまま、静止。次の瞬間に、ぼろぼろとレンズ洗浄液が流れ、思い切り飛びついてくる。


「ま゛す゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛、大゛好゛き゛ぃ゛!」


「どっから声だしてんだ、お前……」


 いつもの鈴の音のような声はどこへやら。もう濁音の塊だった。

 リゼンブルには感情があり、人間のように振る舞う。だからこそ、『リゼンブル』なのである。泣くという仕草がその最たる例だ。


「私、私も感謝しています! マスターのパートナーになれて、本当にうれしいです! 私はずっと、ずぅっと、マスターのお傍にいますからね!」


「ああ、よろしくな、相棒!」


「はい!」


 スターフェイズをぎゅうっと抱きしめる。すると、ぽきりと音がした。


「あ」


「あ」


 スターフェイズのジョイント部分が割れている。というより、剥離している。乾燥が不十分であったようだ。


「……部品注文するから、そんなこの世の終わりみたいな顔しなくていいぞ」 


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