表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

選ばれるモノ

作者: 小鳥 歌唄

 僕は一冊の本を探している。その本は昔書かれた特に有名でもない、恋愛小説だ。

 何軒かの古本屋を回った。しかしお目当ての本は見つからなかった。

 当然ネットでも探した。それでも見つからなかったので、こうして古本屋巡りをしている。そんな矢先だった。

 ブラブラと古本屋を探しながら歩いていると、街外れの片隅に、一軒の古本屋を見つけた。

 とても古い建物だった。煉瓦造りで、今にも崩れ落ちてきそうな、アンバランスな建物。建物の隅の方に、「脳楽堂書店」と小さな看板が掲げられている。普通に歩いていたら、見落とすくらい小さな看板だ。

 僕がその看板を見つける事が出来たのは、「本屋」や「書店」の文字を探しながら歩いていたお陰だろう。

 「こんなところに、古本屋なんてあったかな?」

 たまに通る道だった。それでも気づかなかったのは、看板が小さいせいか、その時の僕が本屋を探していなかったからか、初めて見る古本屋だった。

 「ここなら古そうだし、あるかもしれない。」

 僕は「脳楽堂書店」へと入って行った。

 建物の中は薄暗く、ランプで灯りがともされている。沢山の本棚が並ぶ中、その本棚の間に挟まれるように、レジがあった。

 レジには年老いた男性が座っている。髭が長く生えた、白髪頭の店主は、ニコニコと笑顔で、僕の顔を見た。

 「いらっしゃい。」

 僕は店主に軽く会釈をすると、早速お目当ての本を探し始めた。

 本棚は背の高い物から、低い物まである。並べられている本は、みなどれも古い本ばかりだ。そのほとんどが小説だった。

 僕は必死で本を探した。しかし店内にある本の数は膨大で、全部見て回るのに一日がかりになりそうなくらいだった。

 こう言う時は、店の店主に聞いた方が早い。店主ならば、大体の本は把握しているだろう。

 僕は本棚の間をすり抜け、店主の元へとやってきた。

 「すみません、『君の為に花束を』と言う本を探しているのですが、ここには置いてあるでしょうか?」

 店主に尋ねると、店主はニコニコと笑顔のまま、問いかけて来た。

 「その本を君は探しているのかい?」

 「はい、何件も本屋を回って探しているのですが、中々見つからず・・・。」

 「ならばその本は、見つからないだろう。」

 「は?」

 店主の言葉の意味が、僕には分からなかった。

 「どう言う意味でしょうか?」

 再び店主に尋ねる。

 「本はね、選んで買う物じゃないんだ、選ばれて買う物なんだよ。」

 ますます意味が分からなかった。

 「それはどう言う事ですか?」

 店主は手物にあった本をてにし、「この本。」と言って来た。

 「この本は買われるのを待っている。中々売れない。本が買われる相手を中々見つけられないからだ。」

 「ますます意味が分かりません。」

 「本はね、自分で買われる相手を探しているんだ。本が人間を選ぶんだよ。人間が本を選ぶんじゃない。君が探している本が見つからないのは、本に選ばれなかったからだよ。」

 店主の言う言葉は、なんとも珍妙で、僕はあっけにとられてしまった。

 「では、僕は探している本に選ばれなかったから、一生懸命探しても、見つからないと?」

 店主は無言で頷いた。

 そんな馬鹿な話があるものか。確かに本との出会いは、一期一会。それは僕らがたまたま発見をして、出会うモノだ。本に選ばれるだんて…。

 「では、本はどうやって買われる人間を選ぶのですか?」

 当然の質問と言えば、当然だ。

 「導くのだよ。」

 「導く?」

 「そう、本は相手を導いてくれる。それで人はその本を見つける事が出来る。」

 「それは、人が本を探している時ならば、当然な事では?」

 店主は軽く首を横に振った。

 「本が導いてくれたから、見つける事が出来る。導いてくれなければ、一生その本とは出合わないのだよ。」

 「はぁ…。では、僕は僕が探している本とは、一生出会えないのですか?」

 「残念ながら、そうなるね。」

 店主の話は、まるでおとぎ話でも聞いているような気持になってしまう。

 余りにもロマンチックで、余りにもふざけた話だ。

 「では、僕はどうすれば?」

 「ここには沢山の本がある。見て回りまさい。きっと一冊の本に、選ばれるよ。」

 そう言うと、店主は何やら事務作業を始めてしまった。

 本に選ばれる?僕はまだ店主の言う事が理解しきれず、魚の骨が喉にひっかかったみたいな感触だった。

 取りあえず、僕は本屋の中をウロウロと歩き始めた。

 店主は導かれると言っていたが、どうやって導くのだろうか?本当に導かれるのだろうか?

 1時間ほどだった。店内をうろついて、1時間が経とうとしている時だった。僕は一冊の本に目が留まった。何気なくその本を手にする。破れかけた水色の表紙には、何もタイトルが書かれていない。決していい保管状態ではなかった。本の紙の色が、少し黄ばんでいる。本を開かなくても分かる。

 僕はそっと破れかけた表紙を取って、中を確認してみた。表紙の下から現れた本には、タイトルが書かれていた。そのタイトルを見て、僕は目をまん丸くし、ポッカリと口が開いてしまった。一瞬体が固まる。

 本のタイトルは『僕の為に花束を』。昔『君の為に花束を』を読んで影響され、思いついて書いた、僕の同人小説だった。元々『君の為に花束を』と言う本を探していた理由は、同人活動時代の友人と久しく会い、その本の話題になったので、久しく読んでみたいと思ったからだった。

 だが、僕が見つけた本は、昔自分が書いた小説。

 「こんな所に、僕の本があるなんて…。」

 驚きの余り、僕はあっけにとられてしまった。

 レジから出て来た店主が、僕の肩を叩く。僕は驚いた顔のまま、振り返った。

 「ほら、言っただろう?本が人間を選ぶと。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ