木漏れ日とティーカップ
私は彼女を知っている。
「彼女」と形容するのは、そこに彼女の固有名詞は必要ないからだ。彼女は私の名前を呼ばないし、私も彼女の名前を呼んだりはしない。
雑踏の街並みを越えた先の花園、とでも表現しようか。都市にひっそりと佇む奥ゆかしいほど物静かな木造が私たちの住処だ。
彼女はとても美しい人である。明眸皓歯な人とは、まさに彼女にふさわしい言葉だ。
「今日もあなたはいるのね」
私の姿を確認して、彼女は微笑みかけた。
真っ白い歯と、見つめるだけで吸い込まれそうになる大きな瞳、そして、日本人らしい真っ黒なその髪。年齢は18だったか。その上品さはいついかなる時も隠れはしなかった。
相変わらず何も発しない私を見て、どこか寂しそうな、しかしどこか安堵に似た表情で赤い留袖を翻した。向かう先には綺麗に揃った食器棚がある。真ん中から白いティーカップと缶の容器に入った茶葉を取り出した。紅茶を淹れるようだ。
ああ、もうそんな時間なのか。外はもうすぐ夕暮れを迎えるところだった。
赤い着物の中心にピンク色をした帯を巻いているものだから、どうも彼女の姿が幼く見えた。しかしその雰囲気は大人そのもので、その後ろ姿から可憐さと同時になにか悲哀さを感じられた。
黄昏時のこのお茶会に、会話は無かった。 だが向かい合って紅茶を飲む時は、いつもご機嫌そうにこちらの様子を伺っていた。
「アールグレイが好きなのよね」
ソーサーとカップの音を立てながら、満足そうに彼女が呟いた。
私はここにきて彼女と会話をしたことはないが、どうもそうらしい。
窓の外に見える、赤い赤い空を見上げながら、彼女はまた物悲しそうな顔をした。
それからまた少し会話もなく静かに向かい合った後、彼女は微笑んでくれた。
「また丑三つ時に待ってるわ」