4話 私だけ
不思議な猫は、驚いたようにそう言った。
「忘れたも何も……私、あなたを知らないよ?それに、私は、マリーじゃなくて、椿。都山 椿だよ。」
「つ……ばき……?」
猫はゆっくり椿の名前を繰り返す。
そして、自らの首にかかっているペンダントを見つめる。
「でも……ペンダントは、キミがマリーだって言っている……。」
猫の首にかかった美しい赤色の宝石のペンダント。
その宝石の中央には、バラの印が彫られている。
ほんのり優しい光を放つ宝石。
「綺麗……。」
椿は、思わずそのペンダントの美しさに惹き込まれた。
吸い込まれるようにしてその美しい宝石を見入る。
キラキラと宝石自らが存在を主張するように光っている。
椿は、そっと手を伸ばし、宝石に触れた。
すると、ペンダントは、すっと猫の首を離れ、ふわりと椿の首にかかった。
「やっぱり、キミがマリーの生まれ変わり……。でも……覚えていないんだね?」
猫は寂しそうに目を伏せた。
「……ごめんなさい……」
いたたまれなくなった椿が謝ると、猫は、そっと首を横にふる。
「ううん。……ボクは、サン。よろしくね。」
猫は、寂しそうに自分の名前を言った。
「サン……。」
椿は、ゆっくりとその名前を繰り返す。
まだ、自分の身に起きている不思議な状況を吞みこめずにいるのだ。
「と……ともかく!私の家においで!詳しくは家に帰ってから聞くよ。」
このままここにいてもどうにもならないため、猫を家に連れて帰ることにした。
「うん……。」
猫はやはり、寂しげに頷く。
椿は、ひとまず、猫を連れて、家に向かったのだった。
○
「ただいまー。」
椿が、玄関の鍵を開けて入り、そう言うと、
「おかえりー。」
母がにっこり笑って出迎えてくれた。
ふと思う。
このペンダントは、本当に私だけに反応しているのだろうか……?
と。
「お母さん。」
「ん?どうしたの?」
「これ、つけてみてくれる?」
椿は、そう言いながら、道端でポケットの中に入れておいたペンダントを取り出す。
そして、母に渡した。
「……これは……。」
母は、一瞬驚いたような表情を見せた。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないわ。つければいいの?」
母は、椿からペンダントを受け取り、首にかける。
だが……
何も起こらない。
「光っていない……。やっぱり、私だけ。」
母は、首からペンダントをはずすと、椿の手にそっとのせる。
「……頑張りなさい……。あなたなら、きっと……。」
小さくだがそう言ったように聞こえた。
どういうことだろうか?と母の顔を見つめるも、
「夕飯の時間になったら、呼ぶわね。それと、猫、飼うの?飼うならちゃんと世話のするのよ〜。」
と何事もなかったかのようににっこり笑って、言ったのだった。
猫、飼ってもいいんだ…と思いつつも、椿は、頷いたのだった。




