自白
椅子に縛り付けられた男がゆっくりと目を覚ます。
「ようやく目覚めたみたいだな」
「拙者、もう目覚めないのかと思ったでござる。田熊殿、強くやりすぎでござるよ」
男はあたりを見渡し舌打ちをして、改めて椅子に座り直す。
手足を縛られた状態で体勢を変えるのはとても苦しそうだったが、致し方ないだろう。
「お前の体は卓男が調べた。多分、自殺する道具も隠した武器も全て取り出せているはずだ。例え腹の中に隠していたとしても大丈夫だろう」
「ホントに腹の中に隠してて大変だったでござるよ。即席で作った下剤が効いて良かったでござる。魔法の回路を使った薬を作ることになるなんてベルモットが居なければできなかったでござるよ」
卓男はそれが簡単な事の様に笑い話で済ませているが、それは相当凄い事なのではないか?
この男が眠っている半日ほどの間にそんなことがあったのかと正直に驚く。
ここに来てからかなりの月日が経つが俺が成長しているのと同じように、形は違えど卓男も成長しているのだと改めて実感する。
「私はこういうことをする人間が嫌いだよ」
「俺だってやったことない。少し情報を聞き出したいだけなんだ。拷問をする気はない」
「だが私は話さない。私は選択肢の無い人間に慈悲や正義を語るような人間が嫌いだよ」
確かにこの男に情報を出させることは難しい。俺がぱっと思いつく一番簡単な方法は拷問しかない。
だがそんな方法をしてまで情報を取りたくないのも事実だ。ここまでやっておいて何だが、俺はそこまで鬼にはなり切れない。誰かの命がかかっているのなら話は別だが、たかが情報で人を苦しめたくはない。
俺の覚悟が足りないのは分かっている。
「なあ、卓男。どうにか出来ないか?」
「デュフフww とうとう田熊氏の方から拙者を頼るようになりましたな。安心するでござる。プロメテウスの情報を探ると聞いた時から開発していた自白剤の試作品がついこの前完成していたのでござる」
「自白剤......ねぇ」
自白剤、聞かれたことに素直に答えるようになるクスリ。
聞いたことはあるが、実際にどんなものなのかは良く知らない。そもそもそんなものが本当にこの世にあるのか疑問だ。
田熊はそんな良く分からないものを使って良い物か難色を示す。
「では拙者から、良く分かっていない田熊氏の為に自白剤とは一体何か説明するでござる」
コホンと卓男が咳払いする。
そしてポケットからカプセルの錠剤を数個取り出した。
「あちらの世界に実在する自白剤とは、頭の働きを低下させる薬のことでござる。頭の働きを低下させることによって黙ったり嘘をついたりする能力を無くすことが出来るでござる」
「そうなのか。人体に危害は?」
「ない......と言いたいところでござるが、あるでござる。薬によっては廃人になることもあるでござる。まあ田熊氏がそんな薬を望まないのは知っているでござる」
やはり仕方ないか。
流石に何のリスクも背負わずに何かを得られるなんてことは無い。しかも背負うのは俺達ではない。ならするしかないのだろう。
「なので、今回は魔術回路という概念を手に入れて改良した、脳を破壊する必要のない薬を開発したでござる!」
「......そんなこと出来るのか?」
「田熊氏は打開できる可能性が目の前にあるとしたら、なんとしてでもそれを成功させようとするでござる。拙者もそれを自分なりに見習っただけでござるよ」
卓男は胸を張りながら薬のカプセルを見せびらかす。
「と、言うことで最初は田熊氏に実験台になってもらえるでござるよ」
「は?」
「いきなり対象の人にして失敗してしまったら後戻りできないでござる」
さも当然の様に話を進める卓男に俺は待ったをかける。
「でも俺にして失敗したらどうするんだ?」
「その時は鬼化を発動して魔術回路を侵食してもらえればそれで済む話でござる」
「そ、そうか」
卓男は真顔でそう答えた。つい数日前に話したガイノウトの情報をもう完全に理解しているらしい。
まさかこんな実験体にされること前提に薬を作られるなんて思わなかった。
でも確かにそれなら安全だ。可能性があるならどんなことでも試す。卓男の言うとおりである。
卓男は用意周到に水の入ったコップを取り出した。俺はカプセルを躊躇なく呑み込む。
しばらく待っても何も変化がない。体が痺れたような感じもないし本当のことを話したがる感じもない。
「何も起こってないぞ」
卓男がニヤニヤしながらこちらを見つめている。
俺の困惑した顔を楽しんでいるみたいだ。
「どうするんだ?」
「じゃあせっかくなので......恋バナでもするでござるか」
「はぁ!?」
俺は勢いよく立ち上がった。
本当にこの薬は効いているのか? 何ならここから逃げ出すことだってできる。
「で、どう思ってるんでござるか?」
「どうって何が」
「決まってるでしょう。ティファ氏のことでござるよ!」
自分の顔が火照るのが分かる。
そんな恥ずかしいことこんな見知らぬ男の前で言えるわけないだろうが!
「そりゃ......なんだかんだ言いながら自分の事を気遣かってくれるし、俺にない物を持ってるし、家事も自分でこなしてくれるし、俺にはあんなことは出来ない。人間として尊敬しているつもりだが......」
「そんなことは分かってるでござる! ほら、もっとこう......あるんじゃないでござるか!?」
暫しの沈黙が流れる。
頭の中では言うのを躊躇っているのだが、どうも口が滑るというか、とりあえず今の自分は口が軽いとしか言いようがない!
俺はしぶしぶ口を開いた。
「好きだよ」
卓男がとびっきりの気持ち悪い笑顔で俺を見つめてくる。
イライラしたので顔をわしづかみにした。卓男は俺の腕をぺちぺちと叩いていた。卓男は声を張り上げた。
悲鳴かと思ったらそうでは無かった。
「成功でござるよ、ベルモット!」
「そうみたいね。私も影から見ていたわ。これは後でもう少し問い詰める必要があるみたいね」
俺は卓男とベルモットの気持ち悪い笑顔を見て、急いで窓から外に出た。
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夜は更けり、星が夜空を照らしていた。風は徐々に肌寒くなってくる。
薬の効果を鬼化で掻き消し、外から戻って来る。
「これで話すことは話したぞ。気が済んだか、クソ野郎」
「ええ、よく頑張ったでござる。もう用済みなので帰って良いでござるよ」
「お前のような......お前は嫌いだ!」
......なんだか悪いことをしてしまったような気がする。
男の顔は涙に歪められていた。このままでは死んでも死にきれないだろう。死ぬには時期が遅すぎた。
「送ってやろうか?」
「......良い。秘密を漏らした私に生きる価値はないが、俺が死んで変わることも何もない。誰も来ない場所でひっそり死んでいくことにするさ」
そう言うと男は玄関から闇の中に消えるように出て行った。
「田熊氏。色々な事が分かったでござる。明日の朝ごはんの時にでも話すでござるよ」
「ああ、ありがとう」
俺は気になる気持ちを押し沈めて今は寝床に戻ることにした。
寝室のドアを開きかけた時、階段から誰かが降りて来た。
「田熊......」
「ティファ」
「ちょっと話があるの。良いかしら?」
今回はまさかの卓男回でした!
そして次回は何やら不穏......?




