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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
絶望と渇望の第一章
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スタートライン

ヤト爺に連れられて屋外に出る。

特別な訓練場などないそこには見渡す限り荒野が広がっていた。ところどころに魔法の跡のようにも思われる抉れている。昔は何かに使われていたのかもしれない。

地平線と空の境がくっきりと見えるほど何もない。


「ここで何をしようって言うんですか。」

「そうだな。まず最終目標を語っておこうか。」


ヤト爺が準備運動をしている。簡単な準備運動だ。


「走って俺を抜かせたら目標達成だ。」

「......は?」


内容が頭に入ってこなかった。

俺がヤト爺に走りで勝てたら?そんなもの勝てるに決まっているではないか。

ヤト爺の体ははっきりと言って貧相だった。体のシルエットが少し不自然ではあったがそれも俺たちの世界のメタボに比べれば些細な問題である。

足の筋肉はもしかしたら普通の成人男性よりも少ないかもしれない。いや、ヤト爺も老人だから細くて当たり前ではあるのだが。


「......まぁ、やってみる方が早いだろうな。」


ヤト爺が簡易的に地面に線を引いた。


「位置について。」


俺は前の世界では100m13秒だったんだぞ。走ることはしていなかったがそれでも学校では陸上部と張り合えるぐらいには速かった。そう簡単に負けるはずが――――


「ドン!」


荒野に吹き荒れる風。途端に見えなくなる影。

俺が一歩踏み出す間にヤト爺は地を滑るように走り遥か彼方にポツンと点が見えるような状態だった。

意気消沈して数歩で足が止まる。


「ウソぉ......」

「あ、そうそう。」


いつの間にかヤト爺が隣に立っている。俺は幻でも見せられているのか?


「期限は一ヵ月。」

「へ?」

「それ以上時間がかかればお前が戦場に出る資格はない。」

「......それは本気ですか?」

「俺が本気じゃないことを言ったことがあるか?」


思い当たる節はいくつかあるが、こればかりは冗談ではないらしい。

俺は茫然とした頭を奮い起こすように振った。


--------------------


俺は荒れた荒野を踏みしめながらただひたすらに走り続けていた。砂埃が大地を舞い、足に絡みついてはまた地上に落ちていくのを肌で感じていた。

喉に絡まったタンが小さく速い吐息と共にゼェゼェと音を立てる。時々、咳をして喉から出したタンをまた胃の中に収めることを繰り返す。

片腕は少しずつ治ってはいたがまだ完治には至っていない。腕を振るたびに服と腕が擦れるジリジリとした痛みが疲弊を加速させていく。だが怪我の完治を待っている暇はない。

腕の振りが少しずつ小さくなっていく。もう足を回す体力も残っていない。

いくら走っただろう?大体100kmは走っている気がする。

しかし走っても走っても見えてくる景色は地平線が更新されるだけである。あまりにも達成感のない光景に、自分がその場でランニングマシンを走らされているのではないかという錯覚に陥りそうになる。

現実世界では考えられないような距離感に自分の頭の中がグルグルと目覚ましく変わっていくのを感じていた。

これは確かに地獄だ。

そんな事実から目を背けるようにヤト爺が対決の後に自分に説明してくれたことを頭に思い描いていた。


『この世界のシステムは分かりやすい。努力すればするほど強くなる。成長速度に差はあるが退化するということがない。ほとんどの人間は気にしていないがな。練習すればするほど自分の体が成長する。目には見えなくても自分の体の能力を数値化出来るぐらいには分かりやすく成長するんだよ。』


卓男が『ゲームの経験値やレベルアップみたいで面白いでござるね!レベリングしまくってスキル上げしてやるでござるよ。デュフフww』と笑っていた。

そんなに面白い事だろうかと考えていたが、確かに修行を積めば積むほど実力が上がるというのは分かりやすくて悪い気はしなかった。それにスランプなどを心配しなくても良いことはある意味の救いでもある。


かくして俺は荒野を駆け抜けていた。

疲れてはいるが一歩一歩確実に実力がついているのが分かる。

今、何時間ほど経ったのかは分からないが太陽はもうじき自分の頭上に差し掛かり荒野を照らし出すだろう。

あと半日もあるのか、と思いつつ疲労の溜まった筋肉に喝を入れ足をこれまで以上に素早く回すことに専念した。


--------------------


日も傾いて来た頃、俺は宿舎の目の前まで来ていた。

高速で走ったせいか服に小さな穴がポツポツと空いていた。おそらくは砂埃や小石が当たったのだろう。これで肉体が傷ついていないことに成長を感じた。


「はい。お疲れ。」


ティファが容器に入った緑色の液体を手渡してくる。煽るように飲むと体に染み渡り疲労が少しずつ回復するような気がした。


「そういえばこれの名前って何なんだ?」

「コーシーよ。」

「......なんで茶色じゃないんだ。」

「何言ってるの。」


ティファが怪訝そうな目で見てくる。それも当然だろう。


「それには疲労回復や傷が治りやすくなる効果があるそうよ。ヤト爺が開発したの。」

「そうなのか。」

「ある種の虫をすりつぶしてお湯に溶かすの。今は魔法器のおかげでいちいち虫をすりつぶさなくても良くなったんだけどね。」


ブッとコーシーが俺の口から勢いよく発射される。


「うわ!汚いでしょうが!噴き出すなら噴き出すって言ってから噴き出しなさいよ!あぁ、ちょっとかかっちゃったじゃない!洗濯の手間が増えるでしょうが!!」

「いや、あの......すまん。」

「次からは気をつけないさいよね!」


怒りながら向こうに早足で歩いて行ってしまった。

ツッコミどころはたくさんあるが、自分は口下手なので上手く言い表すことはできなかった。


--------------------


それから俺は幾日も走り続けた。

少しずつの成長、少しずつ速くなっているのも分かる。

だがこんな成長スピードで果たしてヤト爺に追いつくことが出来るのか?

圧倒的な速さ。競争するまでは自分の方が速いだろうと信じて疑わなかったのにいざやってみると違いを感じずにはいられない。ここに来て何度心を折られたことだろう。自分の心に残るプライドが少しずつ剥がれ落ちるような感覚がする。プライドのかけらをかき集め手のひらに乗せることしか今の自分には出来ない。

肉体の疲労は何とか耐えられたが、日を追うごとに生じる焦りから来る精神的疲労は徐々に自分を追い詰めていった。少なくとも今走っている意味を自分に問うぐらいには。


俺は昔、戦隊もののヒーローに憧れていた。

誰よりも強い力で守りたいものを守るヒーローになりたいと思った。

普通はテレビや想像の中に居るものとして諦められるはずなのだが、空手教室に通っていた俺は少しでもそこに近づきたいと思ってしまった。

何時しか自分には守りたいものも脅威となり得る怪物も居ないことを知ってヒーローになりたいとは思わなくなったが、ただ強くなりたいと思う心は残った。

そして実際強くなった......はずだった。

結局、いざというときになってみればその力はあまり役には立たなかった。

嫉妬した。何もしなくても戦えるようになったクラスメイトにそこはかとなく嫉妬した。嫉妬は努力が足りない者のすることだと言っていた俺が他の奴らに嫉妬した。


そして今、俺は走っていた。

もっと強くなりたいと願い、人の役に立てるようにと心に決めた。


地面を蹴ると同時に足跡の形にめり込む地面。もっと速く、荒野を駆けろ。 

もう迷いは無かった。


--------------------


そして25日目、朝の一本勝負でそれは起こった。


「位置について。」

呼吸を一定の速いペースに保つ。準備は万端。体調も良好だ。

「よーい、ドン!」


合図とともに弾丸のように俺達の体躯が弾き出された。

少しずつ体同士の差が開いていく。ヤト爺の方がまだ少し速いッ!

ッもう少し!


「田熊ァ!お前の目指すべきところはどこだ!そこをイメージしろォ!」


俺の目指すべき場所。

それはヤト爺の前ではなかった。

自分を見つめなおして分かった。俺の目指すべき場所は、

――戦場だ!


口が意図しない独り言を言うときのように動き出す。


「『空躍(くうやく)』」


俺の体が目にもとまらぬ速さに加速し、周りの風景が消し飛んだ。

ヤト爺などとうに見えない位置まで来てしまったところで体が止まる。

周りの風景はだだっ広い荒野とは一変して、怒号のような騒音だらけの場所に来ていた。

目にもとまらぬ速さの色とりどりの弾丸が爆音と爆風をまき散らしながら行き交う。

ここは......


「戦場......!」

「そうだ。」


いつの間にか隣にはヤト爺が居た。


「お前の勝ちだ。田熊。だがな、お前も知っている通りここがゴールじゃない。」


ヤト爺は戦場に引かれた一本の赤い線を指し示す。

図書館の書物に書いてあった。この赤い線はわが国、オスカーの領土を指し示す線。つまり、国境線だった。


「ここがお前のスタートラインだ。」

連投3日目!

田熊は初めてのスキル、空躍を取得しました。

戦場において高速移動系のスキルはとても汎用性が高いんですよ!

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