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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
絶望と渇望の第一章
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方法

「この世界での戦い方?」


ヤト爺は一度頷いて俺に指を差し出してきた。

痛む半身を勢いをつけて起こす。出来るだけ腕は動かさずに起き上がろうとするが骨も折れているらしくズキズキとした痛みが響く。


「あっちむいてホイだ。」

「はぁ?」

「今から俺が指をさす方向を向いてはいけない。3回勝負で一回でも違う方向を向けたらお前の勝ちだ。」


何を言ってるんだ?この人は。

そもそもヤト爺は戦闘が何かを知っているのか?俺はもしかしてヤト爺のちょっと凄そうな威圧感に押し流されているのではないか!?ここは雑務室だぞ!?自分で言うと傷つくけれども戦えない人間の集まる場所だぞ!?


「驚くのも無理はないがそのうち意味は分かる。」

「へ?」

「あっち向いて~」

「あ、ちょ――――」

「ホイ!!」


慌てながら右を向く。

ヤト爺が差している方向は右だった。


「じゃあもう一回行くぞ。あっち向いて」

「ちょ、ちょっと待って――――」

「ホイ!」


俺は上を向こうとした。

だが不思議な感覚に襲われる。まるで首を両手でつかまれているような感覚だ。俺は無理矢理顔を押し戻されるように右を向いていた。

ヤト爺は困惑する俺の顔を見てにやりと笑った。


「あっち向いて」

「......」

「ホイィ!!!」


全力で左を向こうとする。

まるで透明な壁に阻まれたかのように首が左に動かない。少しずつ右に首が傾いていく。

「おおおおおおオオオオォォォォ!!!!」


--------------------


「とまぁ、そんな感じだ。」

「ハァハァ......これも魔法ですか?」

「んー。ちょっと違うな。」


ヤト爺は額の汗をぬぐいながら答える。

かくいう自分は全身から汗が噴き出していた。


「これは俗に言う技能だ。卓男は確か鍛冶屋の技能を持っていたっけか。人間には得意なことがあるだろ?それの上位版みたいなもんだ。今のは視覚支配、お前に右を向けさせ続けたってわけだ。」

「これ......戦闘と何か関係があるんですか?」

「何もお前にあっち向いてホイで戦えって言ってるわけじゃねぇよ。」


ヤト爺が何も分かっていないという風に長いため息を吐いた。

芝居がかっているのも相まって少し苛立ちを覚えた。やれやれと首を振っている。


「お前はこれまでのルールのある戦いの概念から抜け出せてないんだ。本物の戦闘は競技じゃない。そういう点ではお前たちの仲間の方が分かってる。」

「なっ!?」

「まぁ、そう怒るなって。要は何でも使いようなんだよ。発想の勝利ってやつ?アレだよ。」


ヤト爺は上から目線にそう言った。

今日のヤト爺はいつも以上にイキイキとしているような気がする。この人は本当に老人なんだろうか。言葉遣いからも全くといっていいほど老けてない。


「そんでもって、俺がなぜこれを使えてお前が使えないか分かるか?」

「......さぁ?」


ここに来てから身体能力は上がっているような気はするがそんな人間離れするようなことができる感じはない。どうやれば出来るのか。

自分には魔法が使えないし、正直に言えば魔法を使っている奴がどんな感じでしているのか見当もつかない。自分は羽をもっていないし、飛べるわけがない。それは羽がないから飛べないのか、それとも生身で飛ぶ方法を知らないからなのかは分からない。そんな感じだ。


「先天的なモノが普通だな。でも中には努力でどうにかなるものもある。」

「ほんとですかっ!?」


大きな声を上げたため肋骨が痛む。

ヤト爺が鼻で笑いながら俺の顔を見る。


「速く治せ、それぐらいの傷。それが終わったら特訓だ。」


特訓という言葉に心が沸き立つ。

これほどまでに目標に着実に近づける希望のある言葉はない。


「地獄が待ってる。」


その言葉に俺の表情は引き攣ったまま動かなくなった。


--------------------


夜が帳を下ろすという言葉がこれほどまでに似合う情景があっただろうか。


部屋の中を照らすのはカンテラのようなものに朧げに灯された光だけ。窓から見える星々は空におはじきをばらまいたように光り輝く。一際大きな星の光が窓の中から畳の薄緑を照らし出す。

幻想的な景色を特等席の病床から眺めていると痛みを忘れてしまいそうである。


肌寒い風が窓をパタパタと揺らし、髪を優しく撫でる。


静かにドアが開いた。

入ってきたのはティファだった。両手には湯気がほのかに漂う水の張った桶と使い古された布切れがあった。

ちゃぶ台に持ってきたものをそっと置く。静寂な室内にコトンという音が木霊する。

ティファが着古した長いスカートの端を降りながら横に座る。


「服、脱いで。拭くから。」


その声は昼間とは違う落ち着いたトーンだった。

いつもの忙しそうでバタバタと宿舎内を駆け回る姿とは大違いだ。

長い金髪が星の光に照らされて優しく輝きを反射する。


ゆっくりと服を脱ぐ。

今の自分には浴槽に一人で入ることなどは出来ないし、腕が片方使えないので満足に背中を拭くことも出来ない。

最初は少し気恥しかったが何回か回数を重ねると徐々に慣れてしまった。全くといっていいほどこんな自分を足蹴にしないティファに助けられている感じもある。


「背中、見せて。」


ゆっくりと背中を見せて胡坐を組む。

絞られた布から零れ落ちる水滴の音が心地よく耳に響く。


人肌の温かさの布が背中の穢れを滑るようにふき取っていく。

ティファの指先に背中をなぞられているようで顔に赤みが差してくる。


「イッッ!」

「あんまり騒がないで。拭かなきゃ傷口が大変なことになるんだから。」

「分かってるよ。」


水分が傷口に入り込みヒリヒリと痛む。

耐えるように歯を食いしばりながら染み入る痛みを脳からシャットダウンする。


「全く。私はあんたの世話係じゃないのよ。他にもやることだって一杯あるんだから。」

「分かってます。」

「なら良いのよ。今度からは世話かけないようにすることね。はい。前は自分で拭きなさいよ。私でもそっちはためらうわ。」

「お世話かけます。」


フンと鼻を鳴らして布切れを背中越しに渡してくる。

こんな風に話しているとまるで大人のようだが、これでも自分より年下なのだ。

俺もしっかりしなければ。


「無理はしても良いけど、無茶はしちゃダメよ。」


背中越しに聞く声はまるで耳元にささやかれているようで少しくすぐったい。

俺は前を拭き終わると布切れをティファに返した。


「じゃあ私、これ洗ってくるから。おやすみ。」


パタンと扉の音がした。

俺も頑張らなければ、と拳を堅く握った。

連投2日目です!

田熊は果たしてどのように成長するのでしょうか。待ち受ける修行とは一体!?


ちなみにあっち向いてホイに使っていた技能は汎用性が高いので地味に役に立ちます。

目線を逸らさせれば魔法弾の向きを変えることができます。攻撃を当てるときの回避をさせにくくもできるので覚えておいて損はないでしょうね。

まぁ、田熊はそういう風には考えなかったみたいですが。


ヤト爺は一体何者なんでしょうか......

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