空を見せる者
降り注ぐ文字通りの鉄槌を見極める。断続的なその鉄槌を流れるような動作で跳ね返していく。
鬼化の再生と殴り返すスピードを順々に上げていく。体の中がヒートアップしていくが血が沸騰したり、体が着いて行かないという訳ではない。
心地いい。戦うということが久しぶりに溌剌としている感じがする。
段違いにパワーとスピードが増している。これが本来の鬼化の力なのか? 俺が自分を侵食しようとする鬼化を受け入れたことにより、本来の力を発揮できたということなのだろうか。
前に豚と戦った時は俺は怪物になってしまった。だがそんな力では今のフェンリル王には通用しない。つまり今回の俺は支配されることなくあの力を使えるということだ。
これなら勝てるかもしれない。いや、
「勝つ。」
今なら通せなかった勝ち筋を通すことが出来る。
グッと拳を握り直すと筋肉が膨れ上がる。瓦礫に触れた瞬間に鬼化が解けてしまう。
体幹に力を入れ、体の中に軸を作る。軸を中心に力を働かせることで最も効率のいい動きで瓦礫の鉄槌に連撃を叩き込む。後は鬼化強化で筋肉の筋一本一本を鋼鉄化し、触れた部分の鬼化が解けても無理矢理押し出せる体勢を確保する。打ち出した後は再生を使い、次の一発までの間に元の状態に戻しておく。
つまり、ゴリ押しで相手の攻撃を跳ね返せるようになったのだ。
完全なパワーで相手を上回ったという訳では無かった。それら一つ一つの動きはこれまでの戦闘経験から培われたものであり、戦闘に関する基礎的な知識はここに来る前に培われたものがほとんどだった。その体を支えているのは日々の鍛錬であり、実現させているのが鬼化の能力だった。
「おおおおおおおおおっ!!!」
腹の中から空気を絞り出しながら、拳を瓦礫の山に叩きつける。反動で腕がはじけ飛びそうになるのをグッとこらえている。
拳の山をかいくぐり、空間と空間の間をすり抜け、ある場所にたどり着く。
そこは王城の怪物の足の部分。今さっき殴ってもびくともしなかった場所だ。そして俺がこの怪物を倒すにあたって乗り越えなければならない最初の関門でもある。
「鬼化強化」
俺は怪物の足に漆黒の鉄槌を下した。怒号のような音が辺り一面に響き渡る。怪物の足がもげて膝が地面に落ちる音だった。
足はわずか数秒で元通りに戻るだろう。だからその前にもう一方の足も崩しておかなければ――!
そう思い地面を蹴った瞬間に俺の行く手を阻むように瓦礫が山ほど落ちて来た。チラリと上を見ると怪物が自分の小指を切り落としていた。怪物の小指はすぐに回復するが、足までの道のりは遠のいてしまった。一瞬の判断の躊躇でまた勝ち筋が消えた。足も回復してしまった。
「ルオォォォォォォオオオオオオ!!!」
怪物が叫んだ。体から矢が生えてくる。矢は一本だがあの時の何倍も大きかった。
「確実に殺す気かよ。」
矢は白く発光していた。だがあの弓兵が使ったような白い弓ではない。アレは発光なんかしていなかった。
「なんだ、アレ。」
言いようのない恐怖が身を包む。俺は恐怖を体から引きはがし、矢の先端からできるだけ遠ざかる。
少しずつ風圧が強くなってくる。
「ガアアアアアァァァァァ!!」
次の瞬間、白い光が辺り一面を覆い、背中側から突風が吹きつけた。
倒れ込むように受け身をとり体勢を立て直す。ここに来てから受け身が相当上手くなった。それこそ何百メートル上から落ちても耐えきれるぐらい。あまり喜ばしい事ではないかもしれない。
後ろを振り向いた。俺は数秒の間、その光景にくぎ付けになっていた。
地面が無い。ぽっかりと穴が開いていた。底なしだ。奥がどうなっているのかも見えない。そんなことを観察する暇がないことは分かっている。だが見つめないということはできなかった。
どんな攻撃なのかを判断しなければならない。そうしなければ相手には勝てない。分かっている。これは言い訳だ。分からないことが怖いのだ。この上なく怖いのだ。
この攻撃の跡は空間断絶をした時の攻撃の跡に似ている。穴の大きさははるかに深い。矢が地面を切り裂きながら地面深くに埋まっているとしたら考えられなくはない。
「レーザービームかよ。」
感傷に浸っている暇はない。そして怖気づいている暇もない。
俺は心を奮い立たせる。胸を叩くと気持ちが整う。心の強さは彼にもらった。色々な人が支えてくれる。
相手が破格の強さを持っていることも分かる。でも立ち向かわないわけにはいかない。
「行くぞッ!!」
俺の中の俺に語り掛けるように叫び、地を駆けだした。
相手の動きが止まっている今の隙に全て片を付ける!
相手の足の下に潜り込みすかさずもう一度足を攻撃する。補強されているのか一撃で壊れそうになかったのですかさず連撃を叩き込む。
相手の拳を振り払いながらもう一本の足の方も破壊しようとする。
「ガァァァッ!」
落ちて来た瓦礫をスライディングで潜り抜け、地形を瞬時に把握し最短ルートで体を支えている足の方へ向かう。すかさずもう片方の足に一発叩き込んだ。
相手が両膝を着いた。地面に接している膝から新しい脚が何本も生えて来た。冷静に考えてみれば腕が何本も生やせるのだから足だって何本も生やせるだろう。
「これならどうだッ!!」
地面を思い切り叩きつける。今までの自分のどんな一撃よりも大きい一撃だった。地割れがして地面が不安定になる。ところどころに地割れがあったのも功を奏したらしい。
相手の足場が不安定になり、相手の体が傾く。体が地面に着きそうになった。
「まだだァッ!!」
俺は相手と地面の間に潜り込み、地面に刺さっていた大理石の柱を引き抜く。倒れそうになる相手の体を思い切り柱で殴り返す。相手の体が大きく跳ね上がる。
地面から相手の体が離れた。相手が地面を求めて瓦礫の触手を伸ばした。
ここで相手に体を着かせたら元の木阿弥だ。すぐに地面と同化してまた回復してしまうだろう。
「まずは両手!」
片腕を破壊し落ち行く片腕を土台にして、もう一方の腕に突っ込む。めり込みながら両手両足をめい一杯に伸ばして片腕を切り離す。
「次は首!」
体から至近距離で出て来た無数の矢を軽やかに避ける。自分の体に刺さろうがどうなろうがお構いなしだ。
鬼化が解けた足で怪物の頭まで駆け上がる。
あの男の首はもう切り落としたはずだからこれで首を落とすのは2度目になる。首と呼べるのか分からないそれを砕く。自分の恨みも込めて頭に連撃を叩き込む。
首のかけらにしがみつきながら相手の様子を確認する。触手がまだ胴体から伸び続けていた。ということは――
「まだ本体はあの中か。」
落下するエネルギーを利用して相手の腰の部分に楔を打ち込むようにかかと落としをする。俺の片足がもげて宙を舞った。だがそれと引き換えに腰の中に亀裂を入れることが出来た。間髪入れずに気が遠くなるほど殴る。相手の体が真っ二つに折れた。
俺は残った片足で相手の胴体を蹴りだし、勢いよく着地すると同時に千切れた足を元に戻す。
「ガァァッアアッアァァァァァッハアァッ!!!!」
敵が光の矢を準備していた。おそらくこれが最後の攻撃になるだろう。
「うおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!」
相手の矢が生えた胴体を上段突きで破壊する。放たれた矢が俺の周りに光をまき散らした。軌道を逸らしていなかったら死んでいた。
相手の体が重力に従ってどんどん近づいてくる。
俺は短く息を吐き切り、瞳を大きく見開いた。片腕をもう片方の腕に添え衝撃に備える。
周りの時間がとてもゆっくりと進んでいるように思えた。意識がこれまでにないぐらい覚醒してはっきりと状況が見えてくる。
俺は天に向かって掌底を向けた。明るさが遮られ真っ暗闇が俺の周りを支配する。
目の前に突然口が現れた。口を大きく開いて怪物は俺を口の中に頬張る。その口の中には大量のクナイが仕込まれていた。
だがここまで来てそんなことを気にはしない!
足を踏ん張ると筋肉が収縮しパワーを生み出す。その衝撃は俺の足からロスなくなだらかに手に集まる。
みんなの顔が頭をよぎった。笑って励まして支えてくれたみんなの顔だった。底意地の悪い俺の顔が写り、掌底にあの時のハイタッチの感触がリフレインする。
俺は大きく息を吸い込んだ。
「魔拳滅殺ッ!!!」
叫ぶと同時に真っ暗闇が赤く染る。クナイが起爆し爆音を轟かせていた。俺の体は既に痛みすら感じる事はできなくなっていた。
衝撃は怪物の体を一直線に貫き、数瞬の後に怪物の体が粉々に砕け散った。俺のいる場所に光が差し込む。
王城は操縦士を失って砂に帰る。首のないフェンリル王が地面に伏せっていた。もう二度と起き上がることは無い。
俺は傍らに落ちてい地動石を拾い上げた。それを見てから不意に空を見上げる。
俺はぼうっとした頭で呟いた。
「お前は国を治めるのと引き換えに、この青空を遮っていたんだな。」
そこには遮るもののない深い深い青色の空だけが広がっていた。
vsフェンリル王完結です!
第5章はもう少しだけ続きます。




