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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
絶望と渇望の第一章
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渇望

 目を開けるとそこは雑務室の中だった。

 自分の横に座っているヤト爺がぼんやりと見えた。

 意識が戻ってくると同時に自分の腕を強い痛みが襲う。動かそうとしても動かない。今までに味わったことのないような痛みだ。今はもう痛みを与えられているはずは無いのに腕全体が発熱するように熱い気がする。


「目が覚めたか?」

「まだ......ぼんやりとしか......」


 声を出そうとすると喉から肺にかけてヒリヒリと痛む。

 痺れるような感じ。脳天に直接痛みを与えられているような気がする。


「救護班が嘆いてたぞ。回復魔法が効かないって。アレは体内のマナを活発化させて使う魔法だから効かないんだよ。」

「そう......ですか。」

「それと、もう二度と救護室に来させるなとも言われてたな。」


 意識がなかなか現実に向かない。痛みにばかり集中してしまう。苦痛に顔を歪めながら話の入ってきにくい情報に集中しようとする。

 ヤト爺が巻いていた包帯をキュッときつく結んだ。


「イッッ!」

「もう二度とこんな真似するんじゃねぇ。俺の仕事が増える。」

「それは......」

「もっと傷が深いか、お前の治癒力が無かったら二度と腕が動かせなくなってた。当たり所が悪けりゃ二度と体すら動かなくなってた。どちらも足りなかったら今頃お前はここには居ない。」

「......」


 ヤト爺は優しい人だ。そこはかとなく優しい人だ。

 会ったばかりの俺のことをまるで自分の事のように心配してくれる人はヤト爺ぐらいだと思う。

 何故、ここまで自分のことを思ってくれるのか。

 それはまだ理解できないままだった。


 --------------------


 雑務室のドアがノックされる。

 ヤト爺の片手間な了解の後に入ってきたのは藍染(あいぞめ)(かすみ)先生だった。

 前と変わらないワカメみたいな髪を垂らしながら面倒臭そうに頭を掻いている。前と違ったところといえば目の下の隈が深くなったことだろうか。

 女らしくない動作でどさっと床に座り込む。


「田熊、やらかしたそうだな。」

「......自分には必要なことだったと思っています。」


 ぶっきらぼうにそう言われたので反射的に不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。

 先生の自分を見る目は厄介者を見るような目だった。だが、ボルドーさんの目とは違って手間のかかる奴を見てあげなくてはいけないというような責任感も見て取れた。

 少し申しわけなくなってしまう。


「田熊、なんでこんなことしたんだ。話を聞いてみたら無茶苦茶だったから思わず声が出たぞ。」

「......俺は魔法が使えなくても戦いたいんです。」

「オマエな......」


 先生があー、と声を上げる。大体こういう時は何か小言を言われる時だ。

 先生がポリポリと頭を掻く音が聞こえる。


「私はな、実はアイツらには戦ってほしくないんだ。もちろん、お前もだ。」

「え?」


 予想した言葉とは少し違った。先生は直球で馬鹿なことをやめろとか、お前は馬鹿かとか、そういう言葉を平気で言うような人だ。そんな人が自分の行いを怒らないのは少し意外だった。

 そう思った後で少し失礼だとも思った。


「私は仮にも教師だ。それぐらいの自覚はある。教師っていうのは生徒を守るもんなんだ。お前らの中にそんな奴は居ないが、例えば非行に走るものが居ればそれを止めてやらなければいけないし、いけないことをしたら叱らなくちゃならない。そしてやりたいことがあれば私も真剣に考えなければいけない。それぐらいの自覚はあるんだよ。伊達に何年も教師してない。」

「......」

「お前がやりたいことは分からん。」


 その言葉は自分の存在をすべて否定する言葉だが、込み上げてきた感情は怒りではなく罪悪感だった。

 自分のわがままで色々な人を困らせているという罪悪感。非合理的な方法をしているという事実がその気持ちに拍車をかけた。

 真正面から思いを否定されるのは良い。自分で思いを貫けば良いだけだ。

 でもその言葉が本当に自分を思っているならそれを否定するのには覚悟がいる。


 先生は言葉を捻り出すように話し出す。

「私は誰も戦いに行かせたくはないんだよ。アイツらの前でこれを言うと覚悟が無駄になるから言わないけど、お前は別だ。お前には言ってもいい。いうべきだ。戦ってほしくないんだよ、私は。戦うってことは傷つくってことだ。そんな目にはあってほしくない。」


 絞り出すような言葉だ。

 言いたくても言えなかったような言葉。

 先生としての立場と責任。例え先生であっても何も口出しできない無力感に苛まれていたのかもしれない。


 俺はそれでも口にした。


「俺は......戦いたいです。俺は戦える人間です。だから俺が戦えばその分誰かが戦わなくても良くなります。だから――――」

「......」


 沈黙が流れた。

 先生は黙ってその場を立ち去った。


 --------------------


 じっと部屋の端の方で見守ってくれていたヤト爺がこちらに歩いてくる。

 何も言わずにひっそりとこちらを見ていてくれた。


「俺も大まかに言えば先生の意見と同じだ。特にお前は力を持ってない。必要がないんだ。」

「分かっています。」

「......その気持ちを支えているのは何だ。」


 少し迷う。この気持ちは一体どんな言葉で言い表せばいいのだろう。

 譲れないものがある。矜持がある。プライドがある。

 そんな言葉で終わらせていいのか迷うほど強い気持ちだった。


 頭では理解している。

 あんなバケモノどもに今の俺ではかなわないこと。自分は戦うべきではないこと。俺はもう強くないこと。


 それでも、心の中で燻る炎は消えなかった。

 消えそうになった時も心の奥底で諦めきれなくて、強く燃える意志の炎が自分を突き動かしていた。

 俺のこれまで生きてきた人生とはぐくんできた心は皆に支えられて作り上げられたものだ。

 皆に助けられて、この炎を灯し続けてきた。


「目は覚めたか。」

「......はい。」

「諦めはついたか。」

「いいえ。」

「覚悟はできたか。」

「はい。」


 ヤト爺はフゥーと長く息を吐いた。

 それは一種の諦めのようでもあったかもしれない。


「分かった。お前にこの世界での戦い方を教えてやる。」


 そう言って少しワルそうな目つきをして、口の端を上げた。

連投初日の投稿はここまでです!

ここからは毎日1話投稿しますよ!


力を欲する心はそう簡単に諦められたりするものではありません。諦めが悪いと言われても田熊はそれに人生の半分の時間をかけて来たのです。

田熊は渇望します。


果たしてどこまで持つか。

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