タキシード
フェンリル王は娘に攻撃を仕掛けたにも関わらず、眉一つ動かさずこちらを見ていた。アイツには心が無いのか?
「うわ言を考えている暇はないよ。」
自分の攻撃の手が緩んでしまったことがばれている。相当な洞察力だ。そんなに能力があるのなら自分の主人に仕える価値が無いことぐらい分かるだろうに。
瞬く間に目の前まで来ていた剣先を受け流しながら裏拳で剣の腹を叩く。聖剣の軌道が逸れてベルモットの顔の横を過ぎ去っていく。相手が体勢を立て直す前に懐に入り、相手の鳩尾を的確に突く。相手は体を引くようにして衝撃を受け流しながらまた間合いを取った。
「他のことを考えていてもその反応速度か。しかもお嬢を守るために剣の軌道も逸らしている。中々出来ることではない。これならあの三人が負けたのも分かる。」
「褒められているのか、それとも皮肉を言われているのか。」
「褒めてるんだよ。」
手から血が垂れる。今さっき剣の腹を叩いた時に負った傷だ。もちろん鬼化は使っていた。にもかかわらず剣に触れた瞬間に鬼化が解除されてしまった。
「『神の下ではみな平等』。私の加護の名前だ。私の加護の前ではすべての加護は使えない。」
「俺はこの能力が授けられたものだとは思っていない。これは異能だ。無理矢理入れられた呪いのようなものだ。」
「それでも結果的には加護と同じです。」
どうやらそうらしい。神が敵にも加護を与えていることにこいつらは疑問を持たないのか?
あの神はお前たちや他の人が思っているような平等で綺麗な神ではない。ただの自分を神と名乗っている少年だ。神の前の平等? ふざけるな。
まるで少年が彼らの後ろで薄汚い笑みを浮かべているかのように思えた。
「いつもの戦術は無理そうだな。」
いつもは自分のタフネスを活かして、ある程度の傷を許容しながら相手の攻撃からカウンターを狙う守主攻従という戦い方だが、今回は自分のタフネスも活かせない上に守るべき者もいる。守りが主体になることには変わりはないが、カウンターに注力すると攻撃が出来ない。
はっきり言って八方塞がりだ。
だがそれぐらいのことはこれまでもあった。要は、相手の力量を上回れば良いだけの話だ。
地面全体が一気に盛り上がる。
俺は後ろ手にベルモットを持ち上げると跳躍して天井に腕を突きさす。今さっきまで自分たちが居た場所がトゲで覆われた。八方塞がりどころか下も上も塞がれている。一つ救いがあるとすれば相手の加護の能力が及ぶ範囲が自分の体と握っている聖剣だけという所だ。あの聖剣は加護を伝えるための宝具なのかもしれない。
同時に跳躍したと思われるタキシードが目の前に現れた。動けない俺をベルモットごと一刀両断する気らしい。
「そう上手くいくと思うなよッ!」
息を吐くと同時に突き刺した腕にグッと力を入れ体をしならせながら相手の体にドロップキックを入れた後、勢いで腕を引き抜きながら相手にのしかかる。ベルモットにも多少負担がかかってしまうが、これぐらいは耐えてもらわなければならない。
ベルモットがうぎゃぁぁと訳の分からない声を上げながら自分の腕にがっしりと捕まっている。相手は地面のトゲに押し付けられる寸前に自分の腹から俺の足を外すと、その足を握ったままトゲに投げつけた。見かけによらず筋肉がかなり付いている。
俺はトゲの形状を把握しながら体勢を立て直しつつトゲを足で挟み込む。
自分の足場になっているトゲを背筋をフル活用しながら担ぎ上げるように折る。ボキリと鈍い音がした。
「あの状態からでも復帰するんですね。」
「当たり前だ。そうでなければあんな無防備な格好をするわけないだろう。お前こそ、あの状態からよく抜け出せたな。」
「まぁ、私が最後の砦なので。」
相手が感心したように声を漏らした。どこまでが本心なのかは分からないが、相手の着眼点は俺によく似ているような気がした。
俺だったら相手のどこを見ているのか、それを自分に当てはめたら同じようなところで感心していると思う。根拠こそないが。
もしも立場が立場でなければ分かり合えていただろうか。こんな世界でなければ普通の武道に熱心な人間として受け入れられただろうか。彼と意気投合できただろうか。
剣線が閃く。瞬く間に振りかざされた聖剣を素手で掴む。指の腹が摩擦熱で燃え上がりそうになり、手のひらからは血がぼたぼたと流れ出す。痛みを噛み締めながら相手を見た。
「お前はなんでコイツに仕えているんだ?」
「なんでもいいでしょう。」
男はそのまま剣を押し込んで俺の腕を真っ二つに切り裂こうとする。剣に力を入れやすいのは相手の方だ。だが筋力で言えば俺の方が圧倒的に上だった。
相手は剣から片方の手を放しその手を俺の腹に押し当てようとした。おそらく魔弾を放つつもりだろう。その動き、一瞬の攻防の隙を突いて相手の懐の中に入ると、腕を握ったまま尻で相手の体を押し上げるようにして背負い投げをした。そのまま流れるように体勢を変えながら襟をつかんで袈裟固めを極める。
「お前なら分かるはずだ! 俺が異常な考えを持った犯罪者じゃないってことぐらい!」
「......そうかもしれませんね。」
コイツはこの魔法が蔓延る世の中で俺と同じような戦い方にたどり着いた人間だ。下の階の男たちも確かに戦い方は似ているが、合理的さに欠けていた。鎧男はただ筋力に身を任せているだけ。弓兵は俺の足止めをするにしては、金城のような俺の動きの予想から来る攻撃が無かった。忍者は全員が生み出した隙を突くことはできていたが、攻撃が単調。
全て何かが欠けていた。
「お前ならこの非常識に気づくはずだ! 何でお前がフェンリル王に仕えているんだ!?」
自分の頭に血が上っていることは分かっている。何故俺がこんなことを口走っているのか分からない。
でも武道を嗜む者として分かってしまうのだ。相手がどんなことを考えながら戦っているのか。相手がどんな思考回路をしているのか。どうしようもなく分かってしまう。
だから目の前の男が心からこの男に仕えているとは思えなかった。
「何故仕えているか、ですか。そこに意味は無いのですよ。」
「え?」
「仕えることに意味などないのです。下民が生きていくために仕事を選べないように、私は上の者としての責務を果たしている。貴方みたいな考え方をする人には一生分かりませんよ。」
目の前のタキシードがそう言い切ったところで、腹に鋭い痛みが走った。この体勢から男が手出しを出来るはずがない。
タキシードを横目で見た。俺とタキシードは同時に喀血した。それを見てからやっと自分の状態を理解した。
タキシードと俺の体を串刺しにするようにトゲが生えていた。
「アァウテグラルゥゥゥゥゥーーー!!!」
腹から血を噴出させながらゆっくりと立ち上がる。腹回りから鬼化させていき止血が終わると、真っ直ぐに豚野郎の前に立った。
あのフェンリル侵攻の時よりも強くなった鬼化の力を駆使して、次々に連なって攻撃を飛ばす地動石の攻撃を全て払いのける。
「アレはお前の仲間だろうがッ!!」
「仲間など必要ない。あんな腑抜けを傍に置いていたとは思わなかった。」
その言葉を聞いて、血液が沸騰するように熱くなった。
「もう良い。全て終わらせる。」
豚野郎がそう言い終わる前に俺は駆け出していた。
その瞬間、背筋が凍るようにゾッとした。
相手の手から地動石が消えていた。
俺は一瞬で近づくと相手の首に手刀を入れた。首は勢いよく胴体を離れてころころと地を転がる。にもかかわらず、全く心のざわめきは収まらなかった。
男は首のない胴体でのっそりと歩き出すと、首を拾い上げておもむろに体に貼り付けた。その瞬間、体中から目や耳や口が生えるように生み出された。椅子を手にとっては体の中に埋め込み、足は城と一体化していた。倒れたタキシード食べるように大きな口の中に押し込む。
吐き気がした。これはもう生き物と呼べるものではない。
「あ、あぁ......」
ベルモットが絶句しているのを見て慌てて目を塞いだ。顔を覆った手が液体によって濡れていく。
大きな口がニヤリと笑った。
俺は急いでドアの外に出ながら手足をじたばたさせるリタを抱きかかえて窓を突き破る。
「目を閉じていろ!」
俺は躊躇なく窓から外に飛び出した。
吐き気を催す邪悪とはこのことですか......
まさにド外道。アウテグラル=フェンリルとの最終決戦が始まります。




