フードの人影
窓の端から覗いていた人間を追いかける。
一瞬で窓を開け素足のまま外に飛び出す。その影はまだ敷地内から出ていなかった。
顔が見えないようにフードを被っている。
「お前、一体何者だ。」
「......」
「おい。答えろ。」
そのフードの人影に上手く目の焦点が合わない。おそらくこれも魔法の影響なのだろう。
その人影は一瞬だけこちらを振り向いたが、走って行こうとする。
「待て!!」
俺は足に力を入れると一瞬で間合いを詰めて相変わらず相手の腕をつかみ取ろうとする。
相手は俺の掴んだ腕をいとも簡単に外すと一目散に出口に向かっていく。
相手は俺の掴んだ腕を離そうとする動作をしていなかった。おそらくこれも魔法なのだろう。
「『空躍』!!」
俺は先回りするように出口に向かい、相手の行先を封じる。
相手がどれだけ諜報技術に慣れていても、単純な対人戦となれば必ずこちらが上だ。そう言い切れるだけのことを俺はこれまでやってきた。
「止まれ。」
「......」
「動けば俺はお前を倒さざるを得なくなる。従っても俺を見てしまった以上、そのまま返すわけにはいかない。俺の計画が終わるまでこの家にとどまってもらう。」
相手は懐に手を忍ばせた。
俺はゆっくりと構えを取ると、目をしっかりと見据えた。
相手が懐から何かを取り出した時には俺はほぼ反射的な動作で地を駆けていた。懐から出てきたのは何か丸いものだった。
丸い球の間から光が漏れだしていた。
だがここで目を瞑ってしまってはいけない。瞬時に鬼化を右手に宿し、黒い液体を凝固させ疑似的な防護壁を作りだす。
刹那、光が辺り一帯に広がった。だがこの光はただの目くらましのようだった。ヴェニスの時の様に雷が出てきたらどうしようかと思っていたが、あのレベルになるとそんなに簡単には出せないのだろう。
フードの人影の舌打ちが聞こえた。
人影はまたも懐に手を伸ばす。
「同じ手は二度は食らわない!!」
俺は放たれた球が地面に落ちるよりも速く拳を突き立てる。
光が漏れてくるかと思っていたが、漏れてきたのは光ではなく煙だった。
「何!?」
煙幕の煙が俺の視界を塞ぎ込む。相手の姿が一瞬で消えてしまった。
だがここで見失う訳にはいかない。
アイツはヴェニスのような瞬間移動は使わなかった。あの状況で使わなかったということは目眩ましして逃げる事しか出来ないということだ。
俺は使い物にならなくなった目を閉じ、そっと耳を立てる。足音をほとんど消しているのか、それとも魔法で何か細工しているのか。
「逃がさん!!」
ここで目立つことはしたくなかったが鬼化を使っている時点で最早どうにもならないだろう。
構えを取る。細く長く息を吐きながら体幹に力を入れる。拳を堅く握り込み、全身の力をほどほどに抜く。おおよそ二秒もかけて万全に整えられた体勢から渾身の一撃を放つ。
「ハァッ!!」
全身の筋肉のバネがなだらかに稼働し、全てのエネルギーが握り拳に集中する。周りの空気を巻き込んで放たれた拳の衝撃は、煙幕や土埃やそこら中にある小石を巻き込みながら白い視界を切り裂いた。
見えた!!
「何ッ!?」
予想以上にキーの高い声が響いた。吹き荒れた爆風でフードが脱げる。
女だった。てっきり男とばかり思っていたので少し意表を突かれる。だがこの魔法が飛び交う世界では男も女も関係ない。
ショートカットの青髪が爆風で揺れていた。
「絶対に逃がさない!!」
空躍で相手の前に先回りすると軽く相手を蹴飛ばして体勢を崩す。相手の体はどういう訳か掴んでもするりと抜けてしまうためこういう方法でしか止めることが出来ない。
相手が尻もちをついた。
その隙にに相手のフードコートの中に手を伸ばし、相手が持っている武器を全て取り出す。まだ隠し持っているだろうが、とりあえず手当たり次第に相手の手の届かないところに投げ出す。
「なっ!? 何をするっ!?」
分かっている。
この行為は端から見れば変態だ。出会ったばかりの人間の服の中に手をまさぐり入れるなんてことが出来るのはよっぽどのナンパ師か痴漢ぐらいのものだ。
女は靴下の中からは物を取り出し自分を切りつけて来た。俺は片手間にナイフを持った手を払って制圧する。
「無駄な抵抗はやめろ。」
「クソッ......こうなったら。」
「何やってるの。」
「ベルモット......」
こんなところを見られてしまったら終わりだ。冷や汗が流れた。
だがベルモットを見た女の方は涙を流していた。
「お嬢様......」
「とりあえず上がりなさい。ミルフィ。」
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「大したものなんかないわよ。」
「いえ、私はお嬢様が無事と分かっただけでも――」
「私も貴女が元気そうな顔が見られてよかったわ。この国で心配していることがあったとしたら貴女の安否ぐらいだもの。」
ベルモットは持ってきた荷物の中からコーシーの粉を取り出しお湯を注いだ。
ミルフィは自分ですると言っていたのだがコーシーを見ても飲み方なんてわかるはずもなく結局ベルモットがふるまっていた。
申し訳なさそうにうつむいたままきちんと背中は伸ばしている。
「お前とベルモットはどういう関係なんだ? とはいってももう大体わかっているんだが。」
「私はフェンリル国第三王女、ベルモット=フェンリル邸メイド長、ミルフィ=ロッドでございます。」
「つまり主従関係という訳だな。」
先程までの態度とは打って変わって丁寧な対応だ。流石メイド長といったところだろうか。
「ミルフィは私のたった一人のメイドで、たった一人の同居人よ。」
「なんか......色々あるんだな。」
まさかメイドが一人だけとは思わなかった。
やはり王族と言うのは複雑なんだろうか。普通の家庭よりは複雑であることは分かる。
「で、なんでここに居る事が分かったんだ。」
「......」
「答えなさい。田熊は変な人間だけどあの王よりは信じられるわ。」
「プロメテウスの諜報機関を少しばかり利用しておりました。」
プロメテウス?
それは第三の国の名前だったはずだ。何故会ったこともない国の人間が俺の居場所を知っているというのだ??
「俺の情報は筒抜けなのか?」
「いえ。プロメテウスは国々の情勢を裏から操っておりましたが、貴方がやらかしたせいでどうにもならなくなってしまったようです。プロメテウスは力の調整の為に貴方を支援することに決めたそうです。」
良く分からない連中だ。
俺を支援する? それで国をフェンリルを倒すところまで算段に入れているのか?頭がおかしい。
「これからプロメテウスも攻めるつもりなのだが。」
「相手はそれも承知のようです。」
「えぇ......」
「プロメテウスは私も良く分かりません。あの国の連中はどこにでもいてどこにもいないような連中です。国なんて存在しないも同じですよ。とにかく、ベルモット様が元気そうで良かった。」
ミルフィは涙を流していた。
俺はもっと他にも聞きたい事が沢山あったが、今はそっとさせてあげようと思い自室に戻った。
メイド長、一体何者なんでしょう。
ただベルモットの様子を見に来ただけなら良いんですけど、そう言い切るには矛盾点が多いような気も......?




