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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
師弟と打倒の第四章
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鬼化

 ライさんが奥の部屋から出てくる。俺はライさんの手にある異様な機械を見て明らかな嫌悪感を顔に出した。


「そんな顔をするんじゃない。」

「それで何をするつもりですか。」

「何って試料採取だよ。大したようなことじゃない。」


 ライさんの手の中にある物を俺は見たことがない。だがそれがあまり良いモノではないのは分かる。

 両手に収まるサイズの箱の下についていたのは大きな刃だった。刃としか表現できない。ナイフほどの長さもない。しいて言うなら剃刀の刃を大きくしたものが箱の下に無造作に張り付けられている感じだった。

 武器でないことは分かるが、物騒な物以外の何物でもない。


「能力を出してくれ。」

「......嫌な予感がするのですが。」

「当然だろう。その嫌な予感は多分的中している。自分の能力がどんなものなのか知りたくはないか?」

「それは知りたいですよ。」

「なら能力を出せ。あたいはそんなに長い間待っていられるタチじゃないんだ。」


 俺は説得を諦めた。どうやらライさんは一歩も引く気はないみたいだ。

 俺は息を吐きながら腕にゆっくりと力を入れていく。指先が少しずつ変色し始めた。ドクドクと熱い血が体中を駆け巡るのが分かる。戦闘中に気にする暇はないが結構いたい。血管が内側からローソクの火で炙られているような感覚だ。


「ふむ。段々変わってきたね。マナの流れも変わった。」

「その......マナの流れってみんな見えるものなんですか?」

「見えないのか?」


 直球の問いに沈黙で答える。

 そもそもマナなんかが見えたらウザったらしくないのだろうか。


「風の流れがあるだろう。でも空気は見えないし掴めない。それと同じだ。マナはそこにある。だが本当にあるのかは流れという形、満ち満ちている、または消えかけているという違和感。そういう形でしか感じることは出来ないんだ。」


 なるほど、と納得する。腑に落ちた。


「そして、ここら辺のマナが薄くなっている。」

「え?」

「それのせいだ。」

「鬼化の能力ですか?」

「そう。発動させると同時に空気中のマナを取り込み始めた。だからそれの周囲のマナが少なくなっている。」


 そう言いながら俺の黒く変わった右手を指差す。


「それって要するに魔法と同じってことですか?」

「それは少し違うな。」


 ライさんは装置をテーブルに置いてそれに肘を乗せた。

 ニヤリと口の端を上げる。


「魔法と言うのはマナを利用して行うものだ。大気中のマナ量に魔法が左右されることは滅多にない。魔法が使えなくなることなんて、それこそ完全にマナが無くなるときぐらいだよ。君のはマナを吸収するというよりは侵食しているような感じだ。そのマナを形にしているんだろうね。どういう原理かは分からないけれど。」

「へ、へぇー。そうなんですか。」

「ライはこういうことを話し出すと長ェンだ。なにせ元『王国魔導研究所原理思考部部長』だからな。」

「は?」

「魔法の原理を探究する、王国直属の機関だよ。」

「は、はぁ。」


 何となくは分かったが、要は魔法オタクということか?しかも国が認めた魔法オタク。

 自分が言える事ではないが厄介そうな人である。


「はい、ちょっとチクッとするよー。」

「え?」


 俺の理解が追い付かないうちに右手に激痛が走った。


「ガァァァァァァアアアアアッ!!」

「暴れるんじゃない!切り取れないだろうが!」

「ヌゥゥゥゥゥルラァァァァァッッッ!!!!」


 声にならない悲鳴を喉から絞り出す。右腕が痛みに震えるのをじっと我慢しながら足をじたばたとさせていた。


「ふぅ、終了だ。お疲れ様。」

「なんですかッ!?いきなりぃぃっ!?右手がないっ!?」

「あぁ。研究試料として採取させてもらった。」


 俺は力を込める。右腕に黒い物が付着し、手のひらを形作る。やがて変色はとけ普通の腕に戻った。


「おー。上手いもんだね。感心したよ。」

「もし出来なかったらどうするつもりだったんですか!?」

「どうするって、どうもしないさ。自分の能力を知ることが出来る。魔法の歴史に名を残すことが出来る。新たな一歩の糧になる。それの十分な対価だろう。」


 イカレている。この夫にこの妻ありである。俺は頭がズキズキと痛むのを感じた。センセーションというかカルチャーショックというか、情報量が追い付かない。


「それで結果はいつ分かるんですか?」

「さぁ。それは分からん。」

「は?それじゃ、俺の苦しみはどうなるんです?」

「知らん。あたいは最善を尽くすだけだ。研究なんてものは一朝一夕でどうにかなるものじゃない。言えることは良い試料が手に入ったというだけだ。足りなくなったらまた頼むよ。」


 俺はこの人達の考え方に着いて行くことはできないだろうと思った。


「しかし驚いたな。これは魔獣用の外皮搾取機だぞ。かなり硬いものまで切り取れるのに先程の一回で刃が欠けた。つまりこれは通常の魔獣の外皮装甲よりも硬いということだ。これだけでもすごい発見だぞ。外皮装甲より硬い物なんてそうそうない。この世界にある鉱石でも数種類だけだ。誇っていい。」

「凄いんですか?」

「もちろんだ。これが無限に作り出せるのだとすれば色々な物に軍事転用できる。軍事だけじゃない。文明レベルの底上げにつながるだろう。」

「はぁ......」


 無論そのために右手製造機になる気はない。目の前に居る人間ならそれをさせかねないと思う。

 外が段々と暗くなってきた。

 正直、まだまだ話したい事は沢山ある。この人たちが知っているヤト爺のことが聞きたい。魔法とはどんなものなのかもっと聞きたい。出来ることなら王国の内情も知りたい。この人たちはキチガイだが利用する価値はある。

 だが嫌な予感がする。


「今日はもう帰ることにする。」

「そうか。」


 俺は帰路を急いだ。


 --------------------


「何、余計な物連れて帰ってるんだい!ミッド、メル!」

「すみません......母さん。でもこの人たち泊まるところもないって。」

「そんなクソの足しにもならないような人間連れて来たって意味ないでしょうが。」


 ティファがその間に割って入る。


「私が頼んだのよ。」

「へぇ。嬢ちゃんが。」

「そうよ。」

「へぇ。私の息子たぶらかして入れてくれって?その見た目なら息子を誘惑できてもおかしくないわね。」

「そうね。」


 母親が沈黙する。ゆっくりと青筋が浮かび上がる。

 拳が震え出した。


「さっきからそうよとかそうねとか......他に何か言えないのかしら。すみませんとか申し訳ございませんとか。」

「すみません。」


 ティファは深々とお辞儀する。そして毅然とした顔で母親を見上げた。


「こっ、この......」


 拳が振り上げられる。


「このクソアマァァァーーー!!」

「何をしているんだ。」

「は?」


 その振り上げた拳を田熊は上から押さえつけていた。


「遅かったじゃない。」

「ああ、すまん。」


 母親は立っている大男の形相を見て青ざめた。

 その大男の鬼の形相を。

今回は情報量の多い回でしたね。

少しずつ鬼化がどんなものかが分かってきている感じがありますね。

最後に出て来た母親はどんなことに怒っていたのでしょうか。まぁ大体想像はつきますけどね。

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