買い物
「で、おじさん達は見かけない顔だけど、一体どこから来たの?」
俺が来た方角を指さすとミッドは怪訝そうに首をひねった。
「そっちは壁の方だけど、もしかして......壁の外から来たの?」
俺はその質問に正直に答えていいものかどうか迷って、目配せでティファに助けを求める。ティファはしょうがないという風な目線をこちらに向けてきた。
......目線が痛い。
「私達は観光でここまで来たの。フェンリルが侵略したじゃない? あの時に丁度いい機会だったから紛れ込んでやって来たのよ。」
よくもまあそんな嘘がすぐに浮かんでくるものである。女とはこういう生き物なのか、それともティファが口達者なだけなのか。
「それより私達、宿を探しているの。どこか良い場所はない?」
「この近くに宿は無いですよ。」
「そうなの......じゃあ君のお家に泊めて貰えないかな?」
俺は勢いよくティファの方を振り向いた。いくらなんでもそれは虫が良すぎるんじゃないか!? 流石にそれは無理――
「あー、母に確認しないといけませんが、多分大丈夫だと思いますよ。」
嘘だろ。
こんなトントン拍子に話が進むものなのか? 俺は最悪、野宿しかないだろうと思っていたのにこんなに上手く交渉できるものなのか?
俺は流されるままにティファとミッドについて行くしかなかった。
「田熊氏、これどうなっているのでござるか?」
「知らん。こういうものなのか?」
「コミュ障には難しい問題でござるね。」
「安心しなさい。コミュ障じゃなくても難しいわよ。」
後ろの方で三人でたむろしながらティファの背を追う。親父がテレビ番組で『田舎に泊まろう』というのを見ていたのを思い出す。芸能人でも何回か断られるのに一発で決めてしまうとは......恐るべし。
小汚い路地から一歩足を踏み出せば、そこには出店が立ち並んでいた。ファンタジー感溢れる中世の光景に卓男は感嘆の声をあげていた。
「ムッハー!!これでこそ異世界!!缶詰生活とはおさらばですぞ、田熊氏!!陽の光が眩し過ぎて缶詰生活に逆戻りしそうでござる。」
「喜ぶなら喜べよ。」
「こんな体になってしまいお恥ずかしい限りでござる。」
活気ある人々に、そこら中で上がる値切りの声。俺は感じたことの無い圧に圧倒されていた。これが市場という奴か。
ティファがミッドに話しかける。
「ミッド君、お金持ってる?」
「え?あ、はい。これで今日の食材を買ってこいと母に言われています。」
ティファはミッドの持っているお金と市場の物の値段を見比べた。一体何をしようと言うのだろう。
「お姉ちゃんが料理をしてあげるから、このお金全部ちょうだい?」
「「え''?」」
思わずミッドと声が被ってしまった。
流石にそれは不味いだろ!
「大丈夫。お姉ちゃんならこれだけあれば全員分買えるわ。」
「ほんとですか!? それ、三人分でもギリギリですよ!?」
「ほんとよ。見た感じいけそう。」
あやふやな答えだが説得力だけはある。何故だろう。
「......お願いします。」
「田熊。」
「へ?」
「荷物持ちよ。着いてきなさい。」
「......ハイ。」
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「お嬢ちゃん。これ以上はちょっと……」
「まだ高いじゃない! あと1割下げて仕入れ値ぐらいでしょう! もうちょっと下げても利益は出るでしょ!?」
「でも運送費も入れると――」
ティファが俺のかかとを踏む。これがあったら間髪入れずに言うセリフを決めてある。
「あ''?」
「ヒィッ! わ、分かりました! 下げます! 許して!!」
今さっきからこれの繰り返しである。仕入れ値のギリギリを相手の利益が出るか出ないか、はたまた赤字になりかねない所まで無理矢理下げさせる。俺を使い脅しもする。ヤクザまがいの行為である。
「結構余ったわね!」
「そうだな。」
ティファの手元にはまだ小銭が残っている。それがどんな単位でどれくらいの価値があるのか俺にはわからない。
でもティファに言わせて見れば「店に並んでるもの見れば大体わかるでしょ!」だそうだ。
理解できない。
ともあれ俺は今まで抱えたことの無い食材の量を、両手いっぱいに抱えていた。全部使うのか?これを?
自炊もしたことの無い俺に見えているものとティファに見えているものは随分違うのかもしれない。
「じゃあ折角だからもうちょっといろんなところ見て回りましょうか。」
ティファはご満悦と言ったふうに鼻歌を歌いながら通りを闊歩する。
「それよりも1回これを置かせてくれないか?」
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ミッドの家はそこまで広い家ではなかった。一般の一戸建てより少し小さめの平屋である。家の中には誰もおらず、掃除も行き届いているようには見えなかった。
ティファが小姑のように至る所を指で触ってはホコリを吹き飛ばしている。
「これは大規模なやつが必要みたいね。」
「買い物はどうする?」
「その後ね。」
卓男とベルモットが不服そうな顔をしている。
二人は魔法器屋に行ってアーティファクトとかいうやつを見ていたらしい。
随分と目を輝かせて見ていたので邪魔して悪かったとは思っているのだが......
「さっさと終わらせてしまいましょう!」
ティファがこうなってしまっては為すすべなしである。メルは何も言わないので何を考えているのか分からないが、ミッドは大変な物を連れてきてしまったと言わんばかりにゲッソリとしていた。
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「いやー!こう劇的に変わるのはやっぱり良いわよねー!!」
「そう......だな。」
なんということでしょう!
あの埃まみれの廊下がまるで新築のように光り輝いているではありませんか!生ゴミが散乱しハエが集っていたシンクは、料理をしてくれと言わんばかりに私達を出迎えてくれています!あの薄汚くぺちゃんこだった布団は――
って何を言っているんだ俺は。
一日かかっても終わらないと思っていた掃除は瞬く間に終わってしまった。ティファ以外全員が倒れ込んでいることを除けば最善の手順で終わらせたと言えるだろう。
「俺をこき使いすぎやしないか?」
下から見上げながらティファに問いかける。
ティファはこちらを振り向いて、とびきりの笑顔を見せた。
「バカね、田熊。信頼しているから仕事が頼めるのよ。これお願いね。」
そう言って俺に生ゴミの入った袋を渡す。俺は納得しきれないモヤモヤとした気持ちでティファを見ていた。
「じゃあ何か面白いものがあるか見に行きましょうか。」
そう言われた瞬間に全員がスッと立ち上がる。なんだか言いなりになっているようで悔しいが、見たことの無い物が見られるかもしれないというのは妙に興奮する。
俺は好奇心をそのままに再び市場に繰り出した。
今回はちょっとした日常回です。ティファって最強キャラだったんですねぇ(筆者も驚愕の事実)
次回は魔法器やら色々なものについてやっていきますよ!




