兄妹
「着いた、のか?」
俺は誰にも見られないように物陰に着地する。時刻は既に朝と昼の間頃になっていた。
よくよく考えてみると、俺はこの国がどこら辺にあるのかは知っていても、外の様子は見たことが無かった。知っているのは監獄の中だけである。
「ベルモット、ここってどの辺り――」
俺が振り返ると、先程下ろした3人が青白い顔をして突っ立っていた。
間違いない。これが乗り物酔いならぬ『田熊酔い』である。ベルモットも一度体験していたはずだ。
「田熊ッ氏......」
「ここら辺に人は居ないからあっちらへんで出してくれば良いんじゃないか?」
「あんた......女の子に......デリ......カシーが足らないんじゃない......の?」
「付いてくるって言ったのはお前の方だ。それは仕方ないだろう。」
結局、路地裏の隅の方に3人で固まって汚物を垂れ流していた。俺は速さに慣れているが、彼らはそうではない。薄々こうなるだろうとは思っていたが......慣れて貰うしかないだろう。
俺は路地裏から顔を覗かせた。
その通りには人が少なかった。
一つ気になる所があるとすれば、三人の男が何かを取り囲むようにして、一つの所に密集していることだった。
俺はどうにかしてその中にある物を見ようと、首を動かしていた。傍から見れば不審者かもしれないが、まだ誰にも見つかっていない。
男と男の間に隙間が出来る。
見えたのは一人の年端もいかない少女だった。
元の世界で言うところの小学校低学年ぐらいだろうか、少し茶色がかった髪の毛が肩に掛かるくらいの長さで下ろしてあった。
今にも泣き出しそうな顔をしている。
直感的に危機感を感じ路地裏から一歩踏み出そうとした時だった。
「や――」
「やめろおーーー!!」
俺の声を遮るようにして向こうの角から飛び出してきたのは威勢の良い少年だった。
短髪でボロ布を身に纏い、身体中に浅い傷が見受けられる。年は小学校高学年くらいだろうか。
「妹に手を出すな!!」
妹と言われて顔を見比べる。確かに似ていると言えば似ている。
俺はここから出ていこうかと逡巡していた。子供が大人三人に勝てる訳がないと思ったからである。だが俺が出てしまったら大事になりかねない。後で取り調べを受けでもしたら即刻身元がバレてしまうだろう。
しかし見過ごすわけにも......
そんな事を考えている内に、少年の手が閃いた。
轟音と共に発せられた魔法弾は男の一人に放物線を描かせる。勢いで俺の隣まで飛んできた。鼻血を流しながら泡を吹いている。
想像以上の攻撃力に俺は唖然とするしか無かった。
「あぁ!? このクソガキが!! 」
男二人は急いで少年の方に手のひらを向けるが、少年は動じることなく魔法弾を作り上げていく。戦い慣れているのかもしれない。
そういえばベルモットが言っていたことを思い出す。
フェンリルは力こそが全て。
なのだとしたら生まれた頃から戦闘能力を追求されていてもおかしくはない。
少年が放った魔法弾は大人に躱されてしまった。相手は大人だ。初撃は不意打ちだから当たったのかもしれない。
続けて二撃目は掠りはしたが魔道障壁を破るには至らなかった。そうしている間にもう1人の男が手のひらに光を蓄えている。
「とぅっ!」
居ても立ってもいられなくなった。
俺は飛び出した勢いそのままに、軽めのドロップキックを相手に食らわせる。もちろん、武道に熟達していない人間でも死なない程度に軽めという意味で、決して相手が傷つかない程度にという訳では無い。
特撮に出てくるヒーローがする飛び蹴りをイメージしたのだが、プロレスの悪役がバーを使って勢いをつけながらするドロップキックと言った方が近いかもしれない。
ともあれ相手は地面に顔を擦り付けられるようにズザザザザーっと顔から落ちた。自分でやっといて何だが、とても痛そうである。
バタリと倒れた相手は白目を向いていた。
「クソッ!? 何だお前!? 一体どこから湧いてでやがった!?」
俺はどう返事しようかと迷ったが、返事する必要がないことに気づいて相手に向き直った。
「お、覚えていやがれ!!」
「あ、おい、ちょっと待て。」
ここで逃げられては困る。このことを誰かに伝えられてしまったら俺達がここで数日の間だけかもしれないが住みにくくなってしまう。
指名手配なんてことになったら大変だ。ここの国の王には顔がバレている訳だから、隠密に盗む計画が台無しになってしまう。
「仲間呼んできてテメェらぶっ潰してやる!覚悟しろよ!!」
それはますます困る。
その仲間とやらに負けるつもりはないが、騒ぎが大きくなると誰が来るかわからない。強さこそが全てなら誰が来てもおかしくないだろう。
「覚えてろよー!!」
立派な三下のセリフを吐きながら相手は駆け出した。
俺は鍛え上げた足を使い、一瞬で先回りする。相手が苦虫をかみ潰したような顔になる。
俺は腕に力を入れた。鬼化まで発動するつもりは無い。腕の筋肉を硬く引き締める。
「忘却!」
張り手が相手の紙のような魔道障壁を貫いて頭に炸裂した。パァンと乾いた音を響かせながら男はパタリと倒れる。
忘却とは名ばかりのただの張り手である。忘却するかどうかはわからないが、100パーセントの確率で脳震盪を起こして気絶する便利な技だ。
俺が技と言えばそれは技である。誰がなんと言おうが技だ。
「おじさん......えげつないね。」
「これでも手加減したんだぞ。俗に言う峰打ちという奴だ。」
自分の体には刃先も無ければ峰もない。しかし峰打ちと言えば峰打ちである。
なお、実際の刀で峰打ちするとかなり痛い。1kgの鉄パイプで殴られるよりも嶺が細い分痛いのだ。「安心しろ、峰打ちじゃ。」とか言っている場合ではないのだ。
俺は地上にしゃがみこんで泣いている少女に目を落とす。
「大丈夫か?」
「............うぇぇぇぇーーーん。」
「こら!おじさん!妹を泣かせるんじゃない!!」
「俺は悪くない。」
悪いとしたらこの眉間にシワのよった怖そうな顔が悪いのである。顔が悪い!と言われても困る。
「よしよし、メル。もう大丈夫だぞ。お兄ちゃんが助けてやったからな。」
「ほんとぉ?」
「やっつけたのは俺だ。」
「おじさんはちょっと黙ってて!」
「ハイ。」
俺はおじさんではないと反論させて欲しい。
「ほら、メル。立って。良い子だから。」
「うん。」
妹思いの優しい子だ。少々やりすぎなところもあるけれど。
「それで......おじさん誰?」
ここで本名を名乗るべきか? いい偽名の一つでも考えて来れば良かった。
「この人は田熊って言うの。気軽におじさんって呼べばいいと思うわ。私はティファ。お姉さんって呼んで?」
俺は慌てて後ろを振り向いた。
そこにはゲロ地獄から復帰したティファが青白い顔のまま立っていた。自分だけお姉さんにしやがって。
メルと呼ばれた少女が「お姉ちゃん!」と言いながらティファの体をギュッと抱きしめた。
その様子にホッとした兄は俺の方を向く。
「俺はミッドだ。よろしく、おじさん。」
「あぁ、よろしく。」
俺は馴れ馴れしい子供だなと思いながら握手した。
今回はゆるバトルでした!師弟と打倒の第四章の幕開けです。コメディ色強いですがそんな時もこれから時々ありますよ!
これからどんどんヒートアップしていきますよ!




