雑務室
「ここが今日から君の配属先だ!」
「............」
「どうした?まぁ、何がどうあれここが君のこれからの居場所だ。すぐに慣れるよ。」
「いえ。大丈夫です。」
ここにしか君の居場所はない。
そう言われているような気がしてまた気持ちが沈み込む。
ドアの上に掛けられた札には『雑務室』と書いてある。
「じゃあね!僕には訓練があるから君のお守りばかりはしていられないんだ。」
「ええ。ありがとうございました。」
この人はカシューさん。王国魔導師団の副隊長を務める人である。
今は俺たちのクラスメイトの訓練をしており、俺の面倒も良く見てくれている。俺の気持ちを気遣ってくれているようだが、あまり的を得ていない。
ちなみに俺は訓練には参加させてもらえなかった。
俺は静かに雑務室のドアを開けた。
--------------------
「お前、ドア開けるときぐらいはノックしろよ。マナーがなってねぇ。」
「す、すいません。」
雑務室は雑然とした部屋でデスクと椅子が窓際に一つずつ。真ん中にちゃぶ台があり、座布団が何枚かある。和室のような感じだが床が畳ではないところをみるとやはりここが違う世界なのだということを感じた。
そこに居たのは一人の老人だった。細い体躯をしている。髪は完全に白髪に染まっていて顔には皺が目立つ。目つきはとても鋭く、思わず後ずさりしてしまうような凄味がある。それと同時に呑気そうな雰囲気を醸し出していてただの目つきの悪いおじいさんと言った感じがした。
「おー!田熊氏、やっと来たでござるか!おそいでござるよ!」
「お前もここに居たのか。」
「拙者の場合は魔法は使えるのでござるが攻撃魔法に適性がなかったようでござる。唯一、取得できたのが鍛冶師スキルでござる。武器を作ったりするアレでござるが拙者のマナの最大値は1である故、そう一日に何回も作れないのでござるよ。」
卓男は早口にそう喋った後、長く溜息をついた。
それでも俺よりは恵まれているではないか、と思ったのは俺の心が沈んでいるからだろう。
俺の姿を見て卓男は残念そうな顔をしたがすぐに下を向いてしまった。
「まぁ、なんだ。ここに来たからにはそれなりの理由が在るってこった。ここは『雑務室』だからな。何でもやらされるけど逆に言えば何もやらされないところでもある。面倒事は押し付けられるが大事な事には何の関わりもない。そういう場所だ。」
それを聞いて納得した自分が居た。
何故ここに配属されたのか、何故こんなにもこの場所に鬱屈とした空気が溜まっているのか。
ここが掃き溜めだからだ。
「とりあえずやるか。」
「デュフフww拙者が来た時にしたアレですな?」
卓男とお爺さんがのっさりとした動作で立ち上がる。
「ようこそ!雑務室へ!」
卓男はノリノリで、お爺さんは気の抜けたような半笑いで両手を広げながらそう言った。
......厄介なところに来てしまったようだ。
--------------------
「という訳でまずは自己紹介だ。まずは俺から。俺の名前はヤト、他の奴らからはヤト爺とか......まぁ、他にもいろいろなあだ名で呼ばれてるけどそこらへんは気にするな。雑務室にはもう一人居るが、今は忙しくて出払ってる。」
そう矢継ぎ早に告げたヤト爺は「次、お前の番だぞ。」と卓男を指さす。
「拙者は独鈷卓男でござる!趣味はアニメ鑑賞と読書でござる!具体的に言えば......と言ってもこの世界にはその二つは存在しないのでござるが......。この世界でも何か出来ることを見つけられたらそれで良いでござるよ。今後ともよろしくお願い致しまする!!」
卓男は自己紹介を済ませるとこちらを見つめてきた。
俺は何を言おうかと迷っていたが二人の視線を浴びて、上手くまとめる前に話さなくてはならなくなってしまった。
「俺は......田熊冷徹。あっちでは武道をやっていた。ここでは......できれば戦って役に立ちたいと......思ってる。俺はマナを作れないから魔法は出せない。でもマナが無くても多分出来ることはあるのではないか......と思ってみたり......」
何を言っているんだ、俺は。
あの時、敗北してもまだ懲りていなかったのか?いらないことまで口走ってしまう。
ヤト爺は俺の姿を見ながら諭すように言った。
「他の奴らが戦いに行っているからって無理に戦わなくても良いんだぞ。お前はもう戦わなくて良いと言われたんだ。戦うことが嫌なのに戦わなければいけない奴らも居る。お前はそんな奴らに責任を感じる必要もない。これは境遇だ。道を選べなかった者たちの境遇だ。だから無理して責任を負うことはないんだぞ。」
「そうでは無いんです。」
戦うこと。
それは俺の生きる意味だった。しかしそれが理由の全てではない。
俺は強かった。
だから俺には俺より弱い他人を守る使命感があった。
それは俺にとっての根幹であってそれを捻じ曲げてしまったら俺は俺でいられなくなるような気がしていた。だから俺は守られる側にだけは甘んじていたくなかった。
「俺は戦わなければ俺でいられなくなってしまうんです。他の奴らが強くなるために必死で色々な事を学ぼうとしているのに俺だけが強くなることを諦めてのうのうと生きる訳にはいかないんです。」
「自分のために戦うのか?」
「はい。」
ヤト爺はじっと俺を見つめた。
鋭く厳しい目線だった。まるで悪いことをした赤子をたしなめる時のような目線だった。
「良い事を教えてやる。戦い自体に意味はない。問題は何のために戦うか、だ。自分のために戦うというのは一番脆弱だ。必ず大事な時に道を踏み外してしまう。自分の為に戦えば自分が壊れそうな時、誰もそれを支えることはできない。それが人間だ。そんな理由で戦うことを俺は勧めてはやれない。」
「ッ!」
言い返そうとした言葉は喉から出てこなかった。
貴方に何が分かるというのか。貴方が何を知っているというのか。適当に人の考えや信念を否定するな。反論はいくらでもあった。なのに出てこなかった。
ヤト爺の目は自分を見透かすように見つめていた。
生半可な気持ちで自分に言っているのではないというのが目線から伝わってくるようだった。
「そういうことだ。それだけ分かっていてほしかった。」
「......」
では、一体自分はどうすれば良いのだ?
戦えない自分に意味はあるのか?この無駄に大きい図体に意味はあるのか?
また気持ちが沈み込んでいくのを感じていた。
諦めきれない気持ちとこの状態をどうにもできないという閉塞感が心の中を渦巻いていた。
たとえこの気持ちが脆弱な物であろうと――――
バタンッ!!
その時、大きな音を立ててドアが開いた。
驚いて振り向くとそこに立っていたのは金髪の少女だった。