決意
俺は三角座りでちょこんと壁に背を預ける一人の少女を見下ろした。
「ティファ。」
「......一体何時間待ったと思ってるの?」
「すまん。でもお前なら待っていると思っていた。」
「そりゃ待つわよ。」
それだけ言うとティファは雑務室の中に入ってきた。
ティファは慣れた手つきでマナ貯蔵庫の中に減ったマナを流し込み、座布団をちゃぶ台に置いた。これがヤト爺と培ってきた年月の長さだ。
「それで?私に引き出しの中のものは見せてくれるの?」
「その話なんだが、俺はお前に見せないでおこうと思う。」
「......そう。」
ティファが悲し気な表情をした。
しかし、ヤト爺がどこまでの事実をティファに伝えているか分からない以上、あの中身は少しショッキングかもしれないと思った。そしてあのヤト爺のことだから、ティファに自分のことを何一つ喋っていないのだろうなとも思う。
「どんなことが書いてあったの?」
「ヤト爺の昔のことだよ。」
「私のことも書いてあったんでしょう。」
「まぁそうだな。」
「見せてくれないの?」
強い語気だった。
俺は黙って目を逸らした。
その様子を見てティファはため息を吐いた。
「まぁ良いわよ。あんたは頑なだもの。」
その言葉はうんざりした様子でもあった。
「私、自分が生まれた時のことや、自分の両親のことを知らないの。ヤト爺に何度聞いても教えて貰えなかった。」
やはり、と言うべきだろう。ヤト爺のことだから、自分の胸の中だけに仕舞っておいたのだろう。
然るべき時が来るまで話すまいと思っていたのかもしれない。
「ヤト爺は私の事を守るとしか言わないし、何故なのかも教えてくれなかった。あんたにもティファを頼むって言ってたみたいだし、私はもう――」
ティファの目が少し潤んだような気がした。
声は震えていて今にも消えてしまいそうだった。
「誰の足枷にもなりたくない......!」
彼女には負い目があった。
俺は今日何度目かも分からないぎゅっと胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
俺は顔を上げて意を決し、言葉を放った。
「俺はお前を守りたい。」
「......あなたまでヤト爺みたいなことを言うようになったのね。」
「そうだ。」
ティファは俺の目を見つめる。
「あんたにヤト爺が遺したものなんか見せたら、すぐに感化されてしまうと思ったの。だから私はあんまり見せたくなかった。知りたいって思うのと、その言葉に感化されて自分の思いと繋げてしまうのは違うのよ。」
「そう。だから俺はそれも含めて全部自分の思いにしてしまいたい。」
「......どういうことよ。」
俺は手記を読みながら、ヤト爺が全てを捨てて目の前にいる少女を守ろうとしていたことは、自分にも出来るだろうかと考えた。
そして俺は自分が昔、考えていた理想を思い出した。
『全ての人を守り抜く英雄になりたい。』
その思いが俺の胸の奥底で今も光り輝いている。
元々武道を始めるきっかけは戦隊モノのヒーローに憧れたからだ。いつしか消えてしまったと思ったその思いは、ヤト爺の思いに触れて再び燃え始めた。
俺は戦場で傷つく人々の姿を見た。
敵国の王に怒りを覚えた。
なぜこんなにも多くの人々が傷つかなければならないのか。なぜこんなにも多くの人々がしたかった訳でもない悲しい思いをしなければならなかったのか。
「俺は全部守りたい。だからこの戦争を終わらせようと思う。」
ティファの目が丸々と開かれた。心底驚いているようだった。無理もない。
そして彼女はキツく眉を顰めた。
「それが出来ないから皆困ってるんじゃない!!」
正論だ。
話では解決しないだろうし、武力に頼っても膠着状態。とても終わる未来が見えてこない。
だが俺が言いたかったのはそうではない。
「戦いの火種を断ち切るんだ。」
「言ってる意味が分からないわ!」
「俺の手で石を全て手に入れる。」
ティファが困ったような顔をしている。そんな気が狂った人間を見るような目で自分のことを見ないでくれと言いたい。
だがこれから言うことは狂った人間の言う無理難題かもしれない。
「手始めに、ここにある記録石を奪って俺はこの国から失踪する。そうすればこの国と戦争は関係が無くなる。だからこの国は戦争で狙われなくなる。」
「はぁ!?何言ってんのよ!」
「そして敵国に忍び込み、残りの二つの石も手に入れる。」
ティファは一度言葉に詰まった様だったが、その言葉を大きな声で喉から押し出した。
「そんなこと、あんたに出来るわけないでしょ!!」
それを聞いて、なるほどと思った。
一理ある。
俺に全てが守れるか。ヤト爺が成し得なかったことが俺に出来るだろうか。それに見合った力が付けられるだろうか。覚悟が足りているだろうか。
俺は手記を見てヤト爺から学んだことが沢山ある。
覚悟の一部も分けてもらった。俺には足りなかったものを少しだけ満たしてもらった。
そして俺にしかないものもある。
それは真っ直ぐ目的に向かい続ける心だ。
「出来るかどうかは分からない。だが俺はやりたいと思っている。ヤト爺が出来なかったことも全部したい。ティファを守るためには根本的な解決が必要だ。それはヤト爺も心のどこかで分かっていたはずだ。だから、俺はやる。絶対に成し遂げてみせる。」
「頭おかしいんじゃないの......?」
「そうかもな。」
俺は自信を持ってそう答えた。
ティファははぁーと長いため息を吐いた。
「なら私も行くわ。」
「......それじゃ意味がないだろ。」
「そんなことないわ。あんたも守りやすくなるでしょ。」
「オスカー国に居れば安全だろうが。」
「本当に?」
ティファは長く息を吸った。
俺は何か来るなと感じ、身構える。
「石が無くなったからといって、オスカー国がフェンリル国に責められないとは限らないわよ。フェンリルは虚栄心が大きいって誰かが言ってたから隙を突いて攻めてくるかもしれないわね。理由は......領土拡大とか?それに敵は味方にもいるかもしれないわ。もし、何かの手違いで私に刃が向けられたらあんたは私を守れるのかしら。それよりは近くに居た方が守りやすいんじゃないかしら。それに食べ物はどうするの。掃除は?選択は?あんたがしたいことは半日で終わるようなことじゃないんでしょう?むしろ連れて行かない理由がないでしょう。」
「ぐぅ。」
ティファは一気に主張を押し付けると、俺にぐぅの音を出させた。
俺はヤト爺の気持ちがすこし分かったような気がした。このマシンガントークはヤト爺を論破するために鍛え上げられたものではなかろうか。
「よろしく田熊。」
ティファは手を差し出した。
俺はこんなんで大丈夫なのだろうか。こんなに意見をすぐに捻じ曲げて大丈夫なのだろうか。
「よろしくティファ。」
やはりかなわない。
他の誰の魔法に勝てるようになっても、彼女の言葉には俺は勝てないのだろう。
俺は差し出された手を握る。
その瞬間に差し込んだ月光は俺達を祝福してくれているようだった。まるで自分達の道を指し示してくれているようだった。
咄嗟に書き直したくなって投稿が遅れてしまいました!すいません!
田熊には誰もやろうとしないことを一途に信じ、突きとおす力があります。
それは実力はともかく、何かを成し遂げるためには絶対に必要な力です。




