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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
起死回生の第三章
31/136

普通の少女

「着いて来て。」

「あ......はい。」


 彼女は眼鏡の中の眼光を鋭くした。

 マズい。

 もしかしたら今一番会いたくない人間かもしれない。

 彼女には面と向かって、『戦いたいなんて二度と言わないで。』といわれたのだった。俺はその言葉を無視してしまった。しかもあれから話せていない。

 すぐに何か弁明をしておくべきだったと思いながら、彼女の一回り小さな背中に着いて行く。

 今の俺は多分苦虫を噛み潰したような顔になっているのだろう。

 連れていかれたのは宿舎の廊下だった。周りに誰も居ない。多分誰にも話を聞かれないようにという思惑だろう。かなり夜も更けてきて空にはまばらに星が煌めいていた。

 異世界にも星があるんだな、なんて素朴な疑問がふと沸いてきて、まぁ良いかと思いながらぼうっと外を眺めていると、塩見がジト目でこちらを見ていることに気が付いた。


「ああ、すまん。」

「気が付かなかったらそのまま帰ろうかと思ったわよ。」

「......すまん。」

「それよりも他に謝ることがあるんじゃないの?」

「......申し訳ない。」

「なんか謝られてばっかりだとこっちにも罪悪感が沸いてきたわ。」


 眉をひそめながら塩見はそう言った。

 これではどちらが怒られている側なのか分からない。


「私、田熊君に言ったよね。戦わないでくれって。田熊君がとても頑張ってたのは知っているし、結果的に最小限の被害で押さえられたからよかったのだけれど、それと私が怒っているのは別よ?私、許さないって言ったよね?」

「ああ、分かってる。」

「分かってないでしょう。田熊君に言った時も確かそんな返事してたよね?」

「そうだった......か?」

「そうよ。」


 見せつけるような溜息。

 理詰めされている気がする。元より自分に非があるので何も言えない。タジタジである。


「でも今回の田熊君は、少しは私の話を聞いてくれそうね。」

「これまでも聞いていたと思うのだが。」

「それに自分の行動が反映されていないと聞いたことにはならないの。分かる?」

「......何となく。」

「はっきりしないわね。」


 そういう考え方もあるのかと納得してしまう。

 確かに言うことを聞いて覚えていても、それによって行動が変わらなければ聞いていないのと同じなのだ。筋が通っている。


「そんな納得したような顔でこっち見られても調子が狂うんだけど。」

「すまん。」

「それは謝らなくても良いよ。」


 塩見は口をへの字に曲げていた。

 これ以上何か余計な事を言ってしまうと彼女の琴線に触れそうな気がした。


「今日はどうして俺を呼んだんだ?」

「田熊君は私の言ったことを反故にして戦ってしまったから、小言を言ってやろうと思ってたけど......なんだか君の様子を見ていると怒る気も失せたわ。あ、許してるわけではないから。」

「はい。」

「でも、そうね。ここまで来たんだから愚痴の一つでも言いましょうか。」

「愚痴?」

「ちょっと付き合いなさい。」


 もちろん拒否権はない。


「あのね、私、相手が攻めて来たって聞いた時、ついにここで死んじゃうんだって思ったの。」

「へ?」

「こんなことを言うと、田熊君みたいな人は不思議に思うかもしれないけれど、私、足がすくんじゃって、みんなが戦いに行こうって勇んでるときに、行きたくないって思ってしまったの。」


 俺は忘れていた。

 目の前の少女はいたって普通の少女だったことを忘れていた。

 それは不思議な感情ではなく、むしろ普通の感情だ。ありふれた感情と言っても良い。

 普通、誰だって戦うのは怖い。命を落としてしまうかもしれないからだ。俺の心はそういう意味では少し麻痺していたのかもしれない。あまりにも戦争と言うのが自分の日常に近くなりすぎてその異常性に気づくことが出来なくなっていた。


「それは普通だと思う。」

「でもそんなこと他の誰かに言ったらその人まで同じようになってしまいかねないと思ったの。」

「それは前言っていたことと同じだな。」

「そうね。結局、私は腹を括ることが出来なかった。」


 塩見は窓の外の星を眺めながら、そうつぶやいた。

 その言葉を聞いて、俺はどこかで聞いた情報を思い出していた。それは医療現場の話だが、人間には血を見ても平気な人間と、何回血を見ても慣れることが出来ない人間の二通りが居るという話である。

 前者は、最初は血に嫌悪感を示すものの何回も見るうちに次第に慣れるのだという。逆に後者は何回見ても気持ち悪くなったりするらしく、どういう人がそうなるのかも分かっていないらしい。そういう人間は医療の世界では働けないというのを聞いたことがある。

 塩見の嫌悪はそれに少しだけ似ているような気がした。


「そういえば、最初の時から思ってたんだが、なんでお前が金城と組んでるんだ?」

「その言い方は私がつり合ってないみたいな言い方ね。」

「いや、あの、別にそういう訳じゃない。」


 塩見は俺が慌てふためく様子をなだめるでもなく見続けていた。

 きまずい空気が流れだした辺りで、塩見は口を開いた。


「私、マナ量だけは高かったの。でも射撃の素質は無かったから索敵に回されたの。」

「そうだったのか。」

「でも残念とかそういうことではないから同情はしないで。」

「お、おう。」


 塩見はこちらを向いてきっぱりと言い切ると、再び窓の外を眺めた。


「でも釣り合っていないって言うのはあながち間違ってないかもね。」


 俺はその言葉に、そうですね。と返すことも出来ないので、ただ黙っているしかなかった。それに励ますにしても、一緒に訓練をしていなかったので彼女がどれだけ頑張ってきたのかを評価することは出来ない。

 適当に励ましても彼女は喜んだりしないだろう。


「金城って何でも出来ちゃうの。一人で何でも。」

「アイツは、今さっき、影でとても努力していると言っていた。」

「私だって努力してるわよ。でも才能の差ってあるじゃない。どうにもできない壁だってあるでしょ。」

「それは......確かにある。」


 俺もその才能に嫉妬していた。

 俺にその才能があったなら、どんなに理想までの距離が縮まったことだろうと思う。そんなことを思ったところでどうにもならないから、ひたすら努力するしかないのだが。


「金城、一人で索敵も出来るし、挙句の果てには近接戦闘も出来るの。あの人に出来なくて私に出来る事って言うのが何一つないの。文字通り、何一つ。」

「それはつらいな。」

「それを言い始めたら、何も出来ない田熊君の方が本当はつらいかもしれないけれど。」

「俺は一人で勝手に強くなるから良いんだ。」

「金城に言われたその言葉、気に入ってるの?」

「やっぱり盗み聞きしてたのか。」

「あら、一人で居残り訓練しようと思ったら誰か来たから場所を譲ってあげたのは私よ。人聞きが悪いね。」


 それを言われたらやはり反論できない。

 でも塩見がそういうことを話してくれて嬉しかった。彼女はそれを愚痴だと言っていたが、本当にただ聞いてほしかっただけなのかもしれない。


「だから私は金城をなるべくサポートできるようになろうと思うの。どういう形でサポートするのかはまだ考えられないけれど、私も彼の役に立ちたいと思う。」

「がんばれ。」

「はい。頑張ります。」


 塩見はそう言った。

 その後、他愛もない話をダラダラと話していた。中身のある内容かといえば別にそうでも無かったが、得られたものは言葉では表すことが出来ないほど大きい物だったように思う。

 普通の少女と話していると、元の世界が懐かしく思えた。

 その世界を取り返すために戦わなければいけないということがおれたち、ひどく馬鹿げたことに思えるくらいに、俺達は昔の自分をほんの少しだけ取り戻した。

塩見は普通を捨てきれない少女です。

切羽詰まった状況になれば怖いと思い、出来るだけ戦いたくないと思い、でも現状に逆らうことも出来ない至って普通の少女です。

それは田熊が忘れがちな感情ですが、とても大事で心の片隅にとどめておかなければならないものです。

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