決別の覚悟
俺は何のために戦っているのだろう。
雑務室の机に座って窓をぼうっと眺めていたら、自然にそんなことを思っていた。
ティファが去った後、時は経ち、日は落ちて、空は昏い青を映し出す。橙色がなだらかなグラデーションを描いて、紫、紺、そして黒を描き出す。
いつもなら幻想的だと思うその光景も、今の俺には明るさの見出せない自分の心のような寂しさを描いているようにしか見えなかった。
何のため、戦うのか。
俺はそれが生きる理由だと言った。ヤト爺はそれが軽薄だと言った。俺はその意見を無視して、自分を見失い、結果的にヤト爺を殺してしまった。取り返しのつかないことをしてしまった。
塩見は、自分たちが戦っているのだから戦わなくても良い。むしろ戦うなとも言った。俺は自分こそがその立場になるべきだと思った。
金城は理解してくれているのか、それともしていないのか。前者であればそっちの方が良い。そうであってほしいと思う自分が居る。今の俺はあいつのことを、ほんの少しだけなら理解しているつもりだ。
コンコンコンッとドアを叩くノックの音がした。
「どうぞ。」
「失礼するわね。」
入ってきたのはベルモットだった。
「ベルモットか。」
「ベルで良いわよ。」
「今日は何の用だ。」
「......あなたには一回、言っておかなければならないと思ったの。」
「......何をだ?」
ベルモットは神妙な面持ちだった。だがその顔には前のような仮面が無いようにも思えた。憑き物が落ちたというか、前の様に年齢不相応な笑顔を見せなくなったように思う。
「ありがとう。」
「え?」
「戦ってくれてありがとう。」
「俺は、自分の為に戦っただけだ。他の誰かに頼まれたわけじゃない。」
「それでも私は貴方に感謝しているわ。これは私が招いてしまったほころびから生まれた侵略だもの。本来は私がどうにかするべきものだった。」
「俺はアイツを怒りのままに殴ろうとした。仮にもお前の父親だった。俺がもっと短絡的でなければ別の解決方法があったかもしれない。」
「なかったわ。」
「何でそう言いきれ――」
「だって、あの場で道を決めるのは貴方しかできなかったことだもの。」
そのエメラルドグリーンの瞳は、暗闇を映しつつも薄闇の中の光を讃えていた。目の中で光るハイライトが俺の困惑した顔を映し出していた。その中の俺の顔はぽかーんとしていて何も考えていないような顔だった。実際、頭の中に色々な情報は流れ込んでくるけれど、全く処理できていない。
俺はその言葉に少しだけ救われたような気がした。
「もしもの話だ。」
「もしも?」
「もしももう一度、こんな形でなく会える時が在ったら、どうしたい?」
「どうしたい......ねぇ。貴方はそういう所はズケズケ聞くのね。」
「あっ、いや......すまん。」
「まぁ、そこは貴方の良いところでもあるのだけれど。」
「そりゃどうも。」
俺はハハハと軽く笑った。
「もう一度会えたらってフェンリルに行く気なの?敵対してる国に行くなんて自殺行為なのよ。本来は。」
「じゃあ、お前は自殺行為をしてたってわけだ。」
「ふふっ、そうね。私、アイツには愛されていないけれど街の人々には愛されてるのよ。まぁ、アイツはそれを利用して穏健派を味方につけたみたいだけど。」
「......アレは王の格じゃない。人を率いて良い人間じゃない。」
ベルモットの前でこういうことを言うのははばかられたが、ベルモットは悲しむでもなく苦笑いをしていた。
「フェンリルは強さの国なの。それが全てよ。権力、金、名声、すべてが強ささえあれば手に入る。そしてそれらすべてを利用して強さとする。そう言う国よ。」
「それで国が成り立つのか?」
「驚くことに、そのバランスが成り立っているのよ。下剋上、裏切り、何でもあり。色々な人が色々な形で上を目指しているからこそ、国が成り立っている。この国みたいに平和じゃないの。人の地位や自分の地位に不満を持つ人は山ほどいるけれど、その制度自体に文句を言う人は一人もいない。」
「それは殺伐としているな。」
「私もその駒の一つだったってわけ。それが嫌で嫌で仕方なかったのよ。」
フゥーと長く息を吐いている。
心を落ち着かせている。
俺も嫌なことを思い出す時には同じような表情をしているのかもしれない。
「ここに来て、ほんとに楽しい。一日一日、カンヅメだけどやりたいこと出来てるって感じがする。貴方は私を連れてきてよかったのかどうなのか迷ってるみたいだけど、私は感謝してる。だからありがとうって言いに来た。」
「お前が楽しいならよかった。でもなんで今更。」
「今だから言う必要があると思ったの。貴方、気負う必要がないことまで背負ってそうだもの」
「......そうかもな。」
俺はベルモットをここに連れて来たことはあまりよくないことだと思っていた。人からも疑われて、侵略の引き金になり、なによりベルモットから見れば、味方の同胞が目の敵にされているこの状況は決してベルモットにとって気持ちのいいものではなかっただろう。
それでも肯定されたことは嬉しかった。
俺は背負うべきものを背負っているつもりだが、その一言で少しだけ肩が軽くなったような気がする。
「もしも会えたら――」
前の質問の続きだ。
咄嗟にそう分かったので聞き返さなかった。
「会って話をしてみたい。」
俺はその言葉に驚いた。ベルモットの父親ははっきり言って、良い人間とは思えない。そんな人間と向き合っても良いと言ったベルモットは凄いと思った。
ティファが向き合ってやれ、と言った時はその方が良いと思いながら事情を深く知ったら、それは可哀そうだと考えている。随分、身勝手な話だ。
「でも、もしアイツの考えがその時も何も変わらないようなら――」
ベルモットの表情が険しくなる。
「殺してほしい。」
これは覚悟だ。そう思った。決別に近い。
判断するために話す。それが正しい事なのかは分からない。だが彼女の目はキッと鋭く自分を見つめていた。これはお願いのようで命令でもある。
悲しい覚悟だ。
これは俺も一緒に背負わなければならないものだと思い、俺は了承の返事をした。
人には人の事情。人には人の思いがあります。
田熊は、関わってきた人すべてに責任を感じ、知らぬ間に色々な物を背負ってしまいます。
心だけはいつも強者で、他の人の助けにならなければ、と思っています。
仕方のない人です。




