目覚め
目を開けるとそこは雑務室だった。
なんだ......記憶があやふやだ。
何があったのか、考えられない。
目の前にはティファが居た。黄金の髪が夕暮れの太陽の赤さを反射して光り輝く。正座をした背筋はしゃんと伸びていて、とても綺麗だった。だけれどその美しさをかき消してしまうように、顔を伏せていた。
一体どうしたというのだろう。
頭の中が唸るように痛む。
一体何があったというのだろうか。それに来ている服も寝間着だ。着替えた記憶はない。そもそも一体いつから眠っていた?
確か今日は、修行をしていると妙な違和感を感じて、それをヤト爺に話すとフェンリルがくるって――
「フェンリル!?ウッ。」
「ちょっと静かにしてなさいよ。」
大きな声を出して頭がズキンと痛んだ。頭の中で自分の声がまだ響き続けている。
あれから一体どうなった!?俺の記憶はどこから途切れているんだ!?
段々、頭がはっきりしてきた。ベルモットが王女だということを知り、敵軍が攻めてくるのを見た。俺は追いかけて来た金城と戦い、互いの限界を超えた激闘の末、勝利した。
そして......俺の腕は......
そこに俺の予想した物は無かった。
俺の腕は黒くなかった。
「何で黒くないんだよ!」
「暴れないでよね。あんた何日寝てたと思ってるの?4日よ。」
「4日!?」
「だから暴れないで、これ食べなさい。」
そこには病院食のようなおかゆが置かれてあった。俺の体は驚くほどピンピンしていた。熱でも無いのにおかゆを食べるなんて、まるでお爺さんになったみたいだと思った。
お腹がぎゅるるるるると鳴り、体中が食べ物を欲しているのが分かる。俺は真っ先におかゆに手を伸ばすと、喉に流し込むようにして食べた。
それにしても腕が元に戻っているだなんて思わなかった。今となっては本当に敵軍が攻めてきていたのかも不思議だ。もしかしたら自分が見ていた夢なのかもしれないと思った。
夢にしてははっきりと鮮明で、とても苦い。
俺はそんな夢を少しずつ辿ることにした。
敵軍が攻め入ってきた。俺一人で何とか防戦しようとするも、そんなことが出来るはずはなかった。大障壁が割れてしまった。
これ以上防戦し続けるのは無意味だと判断し、見つけた本体に単独で特攻した。今から思うと何故そこまでできたのか分からない。ヒートアップしていたからだろうか。頭に血が上ると思いついたことをかたっぱしからやってしまうタイプなのだ。
そこで見つけたのは......豚野郎だった。
ダメだ。頭に血が上る。思い出すだけで虫酸が走る。豚野郎は人格がもはや人のソレでは無かった。クソみたいな人間だった。あんな人間がこの世に居て良いのかと思った。あんなのが、ベルモットの父親だということに怒りを覚えた。
俺はソイツに殴りかかったが手も足も出なかった。本気で殺されると思った。
俺が死を悟った時、その人は現れた。
ヤト爺だ。
俺の師匠......と呼べるかは分からないけれどここに来てからの居場所を作り、生き方を教えてくれた人。
あの時のヤト爺はまるで俺が昔憧れたヒーローのようだった。
「あれ......ヤト爺は?」
あれからの記憶がまるでない。ぶっつりと途切れている。
思い出そうとすると、頭がひび割れるように痛くて、吐き気がする。飲み込んだおかゆの潰れた米粒が喉元を逆撫でるように意地悪く刺激する。
「......死んだわ。」
「......え?」
その言葉の意味が、飲み込めなかった。
何回も反芻し、何回も何回も飲み込み、何回も何回も何回も吐き出した。
訳が分からなかった。
あの豚野郎にやられたのか?
記憶に靄がかかった。真っ黒い靄が頭の記憶に蓋をした。
「ヤト爺はどうして死んだんだ!?」
「あんたが生きててよかった。」
「なぁ、聞いてんだよ!」
「あんたはよくやったわ。おかげでこの町が、この国が守られた。」
「なぁ、答えろよ!ティファ!!」
「......あんたが殺したのよ。」
その瞬間、すべてを思い出した。霧が晴れたようだった。
でもその晴れた景色は地獄絵図のようだった。
「あ、あぁ、あっぅあ。」
涙腺から体液が溢れ出るのが分かった。グジュグジュの液体だった。塩辛い。
寸でのところで押しとどまっていた潰れたお米が、口の中にこみあげてくる。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!ごぶっ、うっ!かはっ!!!ごぼっごぼっ!!!!」
「せっかく作ったんだから吐かないでよ。」
そうだった。
俺は異形の怪物となった。醜い感情に支配された。俺も豚もそういう意味では変わりはしない。
支配されていた時の記憶は、まるでシアタールームで見る映画の様に俺の頭に流れ込んできた。俺の見ていたはずの景色だが、他の誰かが見た景色がスクリーンに映し出されていて、それを俺は見ることしかできない。そんな感じだった。
俺を止めるためにヤト爺は死んだ。
腹を貫いた。最期の表情は何故か笑っていた。
「俺は!俺はッ!」
「もう良いでしょう。過ぎた話よ。」
「お前は悲しくないのか!?」
「悲しくないわけないでしょう!?」
その時、俺が起きてから初めてティファが激高した。俺はこんなにも悲しい目で怒る少女を始めて見た。俺はいつもそうだ。不躾で、不器用な言葉を吐いては、自分を思ってくれる誰かの言葉を踏みにじってしまう。
その言葉の奥に含まれる意味を汲み取ることが出来ない。
俺はそこを捨ててきた。
これまで必要のないと思っていた能力だ。わざわざ口に出さないのなら、汲み取る必要もない。そう思っていた。そんな俺を今は恨むことしかできない。
ティファはそっぽを向いた。俺に顔を見られたくなかったのだろうか。
周りを見てみると、畳の至る所にまだ乾いていないシミが出来ていた。何故これにもっと早く気付かなかったのか。
これが何で出来たシミなのか一目で分かった。ティファが家事の関係で水滴など零すはずがない。
「泣きたいのはこっちよ。」
詰まりそうな声でぼそりと吐かれたその言葉は、深く俺の胸に突き刺さった。
俺はたかだか数ヶ月、一緒に居ただけである。
ティファがどのくらいの間、一緒に居たのかは知らないが、それでも俺よりもヤト爺に対する思いは重いはずである。
彼女の苦悩が、俺には全く想像もつかない。
「ついてこないで。あんたのせいじゃないから。」
そう言ってティファは雑務室を出て行った。
その声は震えていた。
俺はその声を聴きながら自分の腹を自分で殴った。胃から湧き上がっていたおかゆはとても苦かった。
起死回生の第三章、始まります!
大切な人を失った田熊は、失意の中に何かを見出すことが出来るのか。




