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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
掌握と堕落の第二章
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 俺は、ソレに対峙した瞬間に全身が空気の圧でビリビリと震えるのを感じた。威圧感とでもいうのだろうか。まさか田熊からこんなものを感じることになるとは思ってもみなかった。少なくともこんなに早くからは。


「田熊。お前、改めて見るとでっかくなったよなぁ。俺が思っていたのとは全然違う形だがな。」

「コロス。」

「それが俺に向けられた感情だとしたら、心外だけどなぁ。これでも結構、愛情かけてビシバシ修行させてたつもりだぜ。お前もそれの方が良いって言ってたじゃねぇか。」


 ハァー、と悪い事を全て吐き出してしまいたいような気持ちで、長く長く溜息を吐いた。


「楽にしてやる。」

「コロス!」


 その瞬間に怪物が動き出したことが分かった。残像を残して掻き消える。俺が目の前の敵を見逃したことなど初めてだった。しかし、相手が本能のままに動く化物ならば攻撃する場所はある程度予測できる。

 まず初めは――

 一番攻撃が早く届く、突きの一撃!

 したがって、俺の回避行動は頭を守ること!!

 足を曲げグッと体勢を低くした瞬間に俺の頭上を拳が突き抜けた。避けられなければ文字通り首が飛んでいた。

 やはり本能だけで動いているらしい。身体能力では遥かに自分の方が劣っているが、俺がその程度の理由で測れるのであれば俺はここには来ていない。


 俺が積み上げてきたものはひたすらに実践経験だった。俺がこちらの世界に来た時には俺の存在が失敗であったことすら良く分かっていなかったのだ。マナが無い人間はこの世界には存在しない。この世界のことを知れば知るほど、その事実は俺の心に深く突き刺さっていた。

 俺は田熊のようなヤツに俺と同じような思いをさせたくなかった。俺は元の世界で武道をやっていたわけでも無いし、戦いたいと思って戦ったわけでも無かった。俺には召喚された身としての責務があった。その代わり選択肢は無かった。


 俺は上着を脱ぎ棄てた。

 現れたのは鉄躯の身。体に鉄板を張り付けた体だ。

 魔法に耐えるために作られた体。もっとも今の田熊の攻撃には耐えられそうもない。

 この体は脆くても俺の経験は生きている。


 頭を狙った拳がそのまま下に振り落とされる。間一髪横に逃げていたおかげで助かった。素早く判断力もある。戦略は立てられないみたいだが。

 俺の攻撃は受け身の攻撃だ。

 少しの隙を作り、そこを攻撃させることによって今度は相手に隙を作るというものだった。だがこの怪物の攻撃は避けられてもその後に隙が無い。このままでは俺の攻撃が通ることは無い。

 さぁ、どうする。

 俺は怪物の攻撃を避けながらゆっくりとその方法を考えた。この怪物の攻撃であれば寝ていても避けられそうな気がする。この怪物の攻撃は破壊力があっても捻りがない。要するに純粋だ。チーターが目の前の獲物に一直線に狩りに行くように、本能で俺を攻撃している。

 考える時間はたっぷりある。

 考えることは少ないのだが。


 全ての攻撃を紙一重でかわすのは、その最小限の動きで避けられると分かっているから。

 攻撃を入れられないのは、自分の限界を分かっているから。

 俺にはここまでが限界だった。


 限界にずっと悩まされてきた。この身には自分の考えが及ばない『限界』が存在する。

 その『限界』がいつも俺のやりたいことの邪魔をした。

 やりたいことがあった。

 守りたいものも沢山あった。

 途中で捨てざるを得なくなって、今はもう持ち合わせていないけれど。

 でも田熊にその『限界』は無いような気がした。


 彼であれば何でも超えられる気がする。


 怪物の弱点はおおよそ予想がつく。

 あの目だ。

 一つしかない赤い目。ここが弱点に違いない。

 これが魔法でないとするならば、昔、文献で読んだ内容によく似ている。それと同じものだと考えるのは嫌なのだが。

 あの目が全てを司る中心となっているに違いない。それ以外に勝ち筋が見当たらないからそれに頼りたいというのも少しはあった。何しろ初めて見る者に勝つ確証などない。それでもそれに賭けるしかない。今更、選択肢がないことに文句など垂れるつもりはない。


 俺はあの怪物の目を潰せれば、俺の勝利だ。

 確証はないが確信に似た何かはある。


 だがこの期に及んで足が動かない。

 一歩が踏み出せない。

 怖い。

 この一歩を踏み出せば俺は無傷では済まない。相手の間合いに入ることになるからだ。

 俺は紙一重で避け続けられる。だが紙一重以上の余裕をもって避けられるわけではない。

 俺が出来るのは田熊がやっているような純粋な強さに任せた攻撃ではなく、小細工だけである。

 俺は体の良い自殺をしようとしているのだ。

 怖い、やはり怖い。


 黒い怪物が口をパクパクとさせていた。

 多分うわ言でも話しているのだろう。


「ヤ......トジ......」


 その時、何故かはっきりと音が聞こえた。

 俺の頭の中に電流のような何かが走ったのを感じた。意識がひっくり返ったような気がした。

 この怪物は、この男は間違いなく田熊だ。

 それまで現実感が無さ過ぎて、目の前に居る怪物が田熊だということを飲み込めていなかった。

 だがこれで何故か無理矢理に飲み込めた。

 喉に詰まっていたモノがストンと胃の中に落ち込んでいった気がした。


「待ってろ。今すぐに楽にしてやる。」


 全身から無駄な力が抜け落ちる。

 必要な筋肉だけに力が入っているのが分かった。

 俺は迷いなく一歩を踏み出す。


 勝負は一瞬だった。

 俺の頭を握りつぶそうとする攻撃を受け流す。低くなった体勢を追撃するかのような下段蹴り。

 それを腕立て伏せにも似た体勢まで低く低くなる。相手の下段蹴りが止まった。俺は腕を中心に体を回し、踏みつぶす攻撃を避けながら足を引っかけた。

 硬い!

 足をかけて田熊の体勢を崩そうとしたが全くビクともしていない。

 この体勢はマズイ!

 思った時にはもう遅かった。田熊の突きが俺の腹にクリーンヒットしていた。

 鉄の装甲がはじけ飛び、大地に俺の体が沈み込む。俺の内臓が潰れて口から真っ赤な血が弾け出す。だが俺の頭が痛みに支配されることは無かった。

 痛みに耐えられたのは意地だった。

 これが頭でなくて腹だったのは幸運だった。

 そして手を伸ばせたのも意地だった。

 赤い目が手の中にあるのは奇跡だった。

 捧げたものは俺の命だった。

 手に入れたものは未来あるかけがえのない、1つの命だった。


 ヤト爺はその赤い目を残りの最後の力を振り絞って壊した。

 そしてその瞬間、黒い液体がその黒さを失い人間の肌の色に戻って、光を失った赤い目にまとわりつくのが見えた。

 ヤト爺はフッと笑って小さくガッツポーズをした。

 それが最期の姿だった。

第二章これにて閉幕です。

お世話になった師匠を失い、色々なものが変わってしまった田熊。

彼は何を感じ、何を変えていくのか。


起死回生の第三章、始まります。

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