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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
掌握と堕落の第二章
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化物

 ドス黒い感情。

 それを象徴するかのように、その怪物の肌は黒く、鱗のような歪な物体が。全長3mはあるような大きさの怪物。腕は丸太の様に太く、肌は鋼鉄の様に硬い。そして頭からは牛の角のようなものが二本生えていた。目は顔の中央に一つだけ、赤く光り輝いている。

 その姿はまさに鬼のようであった。


「何だ......あの姿は?」


 ヤト爺はその腕に見覚えがあった。先程放り投げたはずの田熊の腕だった。あの時はどうなってしまったのだろうと思ったが、後で話せばいいと思っていた。見ると壁に穴が開いている。あの姿で無理矢理こじ開けたのだとしたら、相当なパワーがある。

 それこそ戦況を一撃で変えてしまえるほどのパワーが。


 しかし、今の田熊からは不穏なオーラを感じる。邪悪の権化と言ってもいい。いつもの田熊の様子が少しも感じられない。まるで別人のようである。

 ヤト爺は額から一筋の冷や汗を垂らした。


「貴様!!今さっきの者なのか!?さっさと消え失せるが良い!」

「コロス。」

「黙れ!!雑魚の分際で!!」


 地中から生えたトゲが容赦なくその怪物を貫く。怪物はニヤリと笑って地面ごとそのトゲを引き抜いた。片手で自分よりも大きなトゲを持ち上げる。傷は瞬きする間に小さくなり、気が付けば塞がっていた。


「なるほど。私の加護が及ばぬほど地中からトゲを丸ごと引き抜くとは。だが、それがどうした!!」


 怪物はトゲを持ち替えて、やり投げのような体勢になった。グッと指に力をこめるとトゲに指がめり込む。そして、突如走り出す。そのままトゲが刺さろうが止まらない怪物は、自分のスピードが最大になった瞬間に全力を以てしてトゲを投げた。

 怪物の体は大きくしなる。その拍子に肩が千切れてトゲと共に音速を超えるスピードで発射された。

 ライフルよりも速く、槍よりも鋭いその弾丸は、太った豚野郎に一直線に飛んで行く。常軌を逸したスピードはソニックブームを生み出しながら、豚野郎が反射的に生み出した壁に激突する。強化された物質と物質がぶつかったときに生じる高エネルギーの稲妻が、壁にめり込みながら(ほとばし)る。

 寸でのところで止まったトゲが小さく小刻みにゆれていた。


「馬鹿な......」


 豚野郎は滝のような汗を流しながらワナワナと震えていた。

 怪物の猛攻は続く。

 生えているトゲを二本、両腕でそれぞれ抜き、持ち変えると腰を低く落とした。上半身の筋肉が肥大化する。

 怪物は上半身を大きくひねった。全身の筋肉が大きく隆起する。


「ヴォォォォォオオオオアアアア!!!!」


 咆哮。

 怪物から景気づけのように発された獣の声が空気を震わせる。

 人知を超えたスピードの弾丸が、上半身が下半身とねじ切れると同時に発射される。二連撃で先程のトゲと同じ場所に弾丸を打ち込む。杭の様に何度も同じ場所を攻撃され、3つのトゲが連なって、相手が作り出した防壁を超える。

 豚野郎は咄嗟に高マナの弾丸を作り出し、起動を逸らす。わずか数センチでもズレれば直撃していた。

 トゲは山の中にめり込み土くれを撒き散らしながらその中で止まった。

 怪物はネジ切った上半身に下半身を押し付けた。その部位はぐちゃぐちゃと変形したあと元の形に戻った。


「こ!この、バケモノめがァァァァァァ!!!」

「コロス。」


 豚は目を真っ赤に充血させながら、ブヒブヒと喚く。

 怪物はトゲによる遠距離攻撃をやめて突進した。


「グ、『王族の聖域(グレードウォール)』!!」


 突如として現れた巨大な壁は、先程ヤト爺達をとりかこんだ壁よりも遥かに高い壁が現れる。怪物は迷うことなくその壁に手を突き立てる。

 触れた瞬間に腕が溶けてなくなってしまったが怪物はそんな事を気にしない。肘先までしかない腕を無理矢理にめり込ませると、体を持ち上げてもうひとつの腕も同様にめり込ませる。

 引っ掛けるような場所もないような完璧な壁にボコボコと穴が次々に開く。


「有り得ん……」


 白髪の老人が頭を掻きながら呆けていた。

 それほどまでにその光景は常軌を逸していた。自分の体を削ることを全く厭わないその姿勢は、生きている人間には分からないものだった。

 そんなゴリ押しを見てヤト爺は呆れを通り越して、喉の奥から湧き上がってきたしゃっくりのような笑いを漏らした。意図せず、へっ、という声が出た。

 何なんだ、あれは。俺はそんなふうに育てたつもりは無いぞ。そんな反抗期の娘に対する父親の悪態のようなコメントを放つ。

 あれが自分に牙を向けたら、と思うとゾッとする。そしてそうであって欲しくはないと思う。しかしそう上手くはいかないのだろうななんて事をぼんやりと思っていた。


 怪物が壁を登りきる。豚は息を荒くして光の刃を掌から放った。全弾を軽やかな最小限の動きで本能のままに躱す。


「コロスッ!!」

「ヒィッ!!」


 豚は鼻水を垂らしながら目を充血させて言った。


「こぉのクソ雑魚虫がァァァ!!!『神罰の厄災(ゴッド・テンペスト)』ォ!!」


 その瞬間、周りの雰囲気が変わった。

 大地が唸りまるで流動体の様に動き出し、ひび割れ、宙に浮いた。浮いた土くれは(つぶて)となり怪物に襲いかかる。


「グオオオオォォォォ…………!!!」


 一つ一つは微力だが数が多すぎる。土は怪物を固めて巨大な塊となった。小さな惑星と呼べるほどの大きさの塊は地上にまるでそこだけ夜になってしまったかのような暗闇をもたらす。


「クククク……ハハハハハ!!!所詮この程度!!神の威光を借りた私の前には無力!!あんなクズにこの私が負けるわけがないだろうがッハハハ!!!」


 笑い声だけが戦場にこだまする。

 その時、塊から()()()()()()

 黒い煙が塊からモクモクと湧き上がってきたのだ。

 そして塊は黒く色を染め始める。


「なっ……くはっ……あっ?なんだ……あっ?」


 豚は狼狽え、おののき、震え、言葉にならない言葉を紡ぎ出す。

 黒い液体がボタボタと流れ出したかと思えば、ドロドロと蠢く。真ん中には赤く輝く目玉がギョロギョロと動いていた。

 そして城壁が瓦解した。豚が地動石から手を離した瞬間だった。

 敵兵がこの中に入ってくる。自分の王様と巨大な黒い物体を見比べて目を白黒させていた。


「おっ、お前らッ!!そこを食い止めろ!!私はこの戦場を離脱する!!」

「はっ!!……え?」

「良いか!そいつを絶対に倒せ!」


 そういうと巨大な山は再び動き出し物凄い勢いで敗走して行った。赤い目がそれを見つめる。

 黒い液体がそれを追うところを、魔法弾が阻止した。

 赤い目に見つめられた兵士の足は震えていた。

 赤い目は黒い液体の中にドポンと沈む。

 黒い液体が少しずつ固まる。魔法弾を飲み込み、黒い液体を弾き出しながら、少しずつ体を形作っていく。


「コ……ロォ……」


 兵士は逃げ出した。

 もう大きかった山の姿も見えない。戦場では兵士と魔術師が戦っていたが、その場にはヤト爺とバケモノしか居なかった。


「結局、こうなっちまうか。」


 化物が、動き出す。

化物となってしまった田熊。圧倒的な強さと引き換えに理性を失っています。

対峙するヤト爺、又の名をトツカテンヤ。

二人は望まずも対峙する。

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