父と王
その山は土や石、その他もろもろを組み合わせて出来ていた。
まるで山をそのまま切り出して、もみくちゃにしたものを無理やり動かしているような、そんな見た目だ。はっきり言って馬鹿げている。そしてそれが機能しているということが恐ろしく不思議だった。
俺は空躍を使いソレの頭上を跳びながら、そんなことを思った。
眼下には大量の敵。今はまだ気づかれていないが、すぐに気づかれてしまうだろう。何せ自分がしようとしているのは、この山のヌシと話すことである。この山に乗っているただ一人の男だ。我が物顔でこの地を侵略したのはこの男だ。
俺は山の一角を掴み、その敵を探す。
粗方の位置を掴んでいたお陰で直ぐに位置を特定することが出来た。
太った男だ。ぶくぶくと太って他人の幸せを奪ったような体型をしている。
俺は跳んだ。
「フム、貴様は何者だ。」
「俺は田熊だ。」
「中々面白い名前だな。」
そう言って薄ら汚い笑みを浮かべている。
驚いた。
いきなり前に現れたにもかかわらず全く動揺していない。むしろ俺の方が冷や汗を垂らしているではないか。
何だ?この重圧は。
こんな重圧を俺を感じたことがない。相手はこちらを見ているだけなのに、それでも筋肉に無駄に力が入ってしまう。俺が敵を前にしながら緊張しているというのか!?
「面白い奴には名乗ってやろう。私がアウテグラル=フェンリル、フェンリル国、国王だ。」
その時、俺の心には驚きと怒りが連なって訪れた。
国王なのにここまで出てきているという事実に驚き、ベルモットから聞いた先程の話を思い出しながら怒っている。
初対面の人間に怒りを抱く経験を俺はここに来るまでにしたことがなかった。だが、ここに来てからは理不尽なことが多すぎる。
「お前がベルモットの父親か?」
「という事はアレはちゃんとここまでたどり着いたということなのだな?途中での垂れ死んでいるだろうと愛人と賭けをしていたのだが残念。私の負けだ。」
怒りが、熱いものが、沸々と込み上げてくるのを感じた。
こんなにもおざなりに自分の娘を扱えるものなのか?
「俺が彼女を連れ出した。」
「それはよくやってくれた。お陰で攻め込む理由が出来た。あとは好きに使ってくれて構わんぞ。どうせお前もアイツの容姿に惚れたのだろう?」
目の前の醜悪な小太りは俺にそう言ってニタニタと笑った。
「なんなら娼婦に使ってもらっても構わん。使い心地は保証する。何せアイツは母親に良く似ているからなぁ!」
頭の血管がブチギレるのが分かった。
そんなことを敵に言いながらもう片方の手でむしゃむしゃとよく分からない物を貪り食う様は豚のようでもあった。
「このド外道がッ!!」
「お前のような人間に言われる筋合いは無い。いや、そんな両腕をしたものは最早人間ではないな。バケモノだぞクククッ!」
堪えきれなくなったような笑いを口からこぼしていた。
腕が勝手に動く。
左手で山を掴んだまま、全力で右の拳を相手の顔に叩きつけるッ……というビジョンは直前で打ち砕かれた。
土くれに防がれた……!?
「私のは『侵食』の加護で守られているからな。そしてこれに触れてさえいればいつでも使う事が出来る。」
そう言って腕の中にあるそれを見せつける。
「これは『地道石』、君達が欲しがっているものだ。」
そう言いながらケタケタと歯の音をさせて嗤う。
俺は相手にする価値もないということか!?
突然、小太りは笑うのをやめた。そしてこちらに手を向けた。
「私は貴様が思っているほどアホでも無いし、貴様は自分自身が思っているほど利口でもない。そのことを胸に刻んで死ね。」
土くれで出来た巨大な手が俺の頭を掴んだ。
そのまま、放り投げる。俺の体が自分の意図を超えて音速を超えた。
俺は死を幻視した。
刹那、視界の端に何かが映る。
それは自分をそっと抱き抱えたあと俺をポイと放り投げる。
俺は尻餅をつきながら目を白黒させた。
「待たせたな。」
そこに居たのはヤト爺だった。
「終わりにしよう、アウテグラル。」
「貴様……生きていたのか……」
俺とヤト爺の間に土くれの壁が隔てられた。
寸前、じゃあなという声が聞こえた気がした。
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数分前の出来事である。
白髪の老人――ヤト爺は窓の外を見つめていた。机の上に散らばった書き損じの紙はゴミ箱に捨てておく。
誰かの来る気配がして、書きかけの紙を机の引き出しに隠した。
「もう呼びかけは終わったのか?」
「ええ。もう出発したわ。あとはあなただけよ。ヤト爺。」
ヤト爺は椅子から立ち上がり、もっさりとした動きで振り向いた。
「何で俺にまで声をかけるんだ。」
「あなたが行かなきゃ、この戦争は終わらないんじゃないの?それはあなたが一番よく分かっているはずよ。」
老人は沈黙した。最早取り合わないという風に。
「私を守るためには、行くしかないのよ。」
「お前を守ることなら、ここに居た方が確実だ。他の奴らがどうなったって知ったことじゃない。」
「田熊も?」
「......それで死ぬならそれまでだったってことだ。」
ヤト爺はそう決心していると言うよりも、意固地になっている。
「なら私が行くわ。」
「なっ!?ティファ!!お前ッ!お前が行けば簡単に殺される!!そんなことは百も承知のはずだろうが!!」
「分かってるわよ。殺されに行くの。」
「お前ッ……!」
「攻撃魔法が使えない私が出ていけば、あなたは出て来ざるを得なくなる。あなたには使命があるもの。」
ティファは笑顔で言った。
そこはかとなく綺麗で純真な笑顔で。
「私を守るという使命が。」
ヤト爺は目を塞ぎ込む。まるでその感情を隠そうとするかのように。
「…………負けたよ。行ってやる。そこまで言われたら、行くしかない。それは反則だが、負けた事にしてやる。」
ヤト爺は立ち上がって、田熊がそうやるように窓を開いた。
「せいぜい俺の無事でも祈っててくれ。」
そう言ってヤト爺の姿はパッと消えた。
ティファは止めていた涙を目からとめどなく溢れ出させていた。
「言われなくても祈ってるわよッ……!」
その少女は1人で膝を折り、その場に崩れ落ちた。
ヤト爺が敵の国王の事をアウテグラルと呼びました!一体彼らにはどんな繋がりがあるんでしょうか!?
激動のフェンリル戦はどうなってしまうのでしょうか!?




