嫌悪
大障壁が壊される前に間に合わなければ、俺たちがここを食い止めることは出来ないかもしれない。
間に合ってくれ......!
後ろから小さな気配を感じて、振り返る。誰かが自分を追いかけてきているようだった。
目を凝らす。金城だった。
遠くに居た影はあっという間に目の前まで来ていた。
「田熊ァ!!」
「金城。」
俺が飛び出してすぐに追いかけてきたのだろうか。マズイことになった。
多分、金城は俺が飛び出してきたのを、良く思っていないだろう。金城は俺のことをあまり良く思っていない。それは俺も同じだ。
「今は争っている場合じゃない。お前にもアレが見えるだろう?」
「見えてるよ。だからテメェを止めに来た。足手まといを守りながら戦えるほど俺達に余裕は無ぇんでな。」
金城はソフトボール大の球を俺に向かって投げた。俺は首を捻ってそれを避ける。
その球は地面に当たった瞬間に膨れ上がり、自分の体を透過して俺と金城を包み込んだ。
「これは瞬時に障壁を張る魔法器だ。これの一番良いところは障壁が外からは見えないことだ。この障壁は見ることが出来ない。お前にはここに居てもらう。」
「それはお前が俺を倒すってことか?」
「そういうことだ。」
金城が右手を真横に持ち上げた。手からあふれ出たマナは背後に集まっていく。すると金城の背後に緋色の槍が、何重にも折り重なって無数に具現化した。その無数に表れた矛先は円を描き、さながら日輪のようであった。
「これは俺が作った魔法、紅血槍。近接戦闘になった時にも耐えうるように作った創作魔法だぜ。一発一発が魔導障壁を破壊し得る威力になるように、調整してある。生身であれば一撃でも当たれば致命傷だ。」
俺はスゥーと細く長く息を吐きながら構えを取る。握りこぶしを力強く握りしめ、血液を体の末端まで送る。軽くジャンプして筋肉の調子を整えておく。
「俺はもう昔の俺ではない。」
「あいにくこっちも俺はテメェの何倍も強くなってるんだ。前戦った時を想像してもらっちゃ困る。」
「本気で行かせてもらう。」
「あたりめぇだ。ぶっ殺す。でもって、力づくでも連れて帰る。」
金城が右手をこちらにかざした瞬間に、俺と金城の力の証明が始まった。
相手の槍が動き出すと同時に俺は駆け出した。
もちろん真正面から向かっていけば槍の餌食になるのは見えている。槍には当たらないように相手の背後を取らなければならない。槍の攻撃は直線的な攻撃になりかねない。それを利用すればある程度、相手の攻撃の方向を誘導することが出来る。
だが、相手が慣れ始めればジリ貧になるのは確実にこちら側だ。
言っているそばから、金城が俺の避ける先に槍を配置してきた。金城はことさら環境適応能力が高い。俺は重心を無理やり動かし、体を跳ね上げるようにして槍を避け、そのまま突き進む。
段々と金城の読みがより正確になってきた。俺の避ける位置を見ながら、避けそうな位置に槍を配置しているのが見て取れる。だが、素人が置く位置には必ず穴がある。俺はそこを見極めればいい。
俺は体を思いっきり逸らして槍を避け、足元を狙った攻撃が来たので膝を折りたたみ体を宙に浮かせた。
連撃を重心の位置を変えて避ける。体を捻って躱す。かすり傷程度は許容する。勢いをなるべく生かして動き続けることに専念する。
これまでの経験と、俺の身体能力が組み合わさればこれぐらいの攻撃は避けられる。
伊達に武道をしてきたわけではない。
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クソッ!!
何であたらねぇ!!何だ!?あのバケモノじみた動きは!?おおよそ、人間の動きとは思えねぇ!!
確かに元の世界のあいつじゃああんな動きは出来なかったかもしれないが、身体能力があればあれだけの動きが出来るのか!?
アイツはどれだけの練習を積んだんだ?ここまでになるのにどれだけの時間を費やしたんだ?非難されても何故、練習を続けられたんだ?
コイツにはそのための理由が存在しない。だから俺はコイツの事が嫌いなんだ。
このままじゃあ槍が当たることは無い。
それだけは俺にも分かる。
新しい方法を考えろ。
もっと相手の動きを潰せる方法。
槍の出せる数には限度がある。もう限度は一杯一杯だ。
相手の逃げ場を無くして正確に攻撃を当てるためには、もっと柔軟な思考にならないと。
今、思いつかなゃ俺は負けちまう。
考えろ。
出来る打開策はある。
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金城の手のひらから金糸が現れる。
無数に表れた細長いその糸は俺の行く手を阻み続ける。だがそれだけだ。なんてことはない。
でもそれなら金城の狙いは何なんだ?
俺は金城の類い稀なる才能を尊敬している。何においても優秀で、人付き合いも良い。頭も回るし、俺とは大違いだ。俺には拳しかない。
それは金城の良いところだ。
だが俺はそこが嫌いだ。
俺には拳しかなかったにも関わらず、魔法なんて言う訳の分からないもののせいで、俺は数日で実力をひっくり返された。俺が今までどれだけの苦労をしてきたと思っている。
だからそんな金城が意味のないことをするはずがない。
次々と出てくる金糸、連なる槍をことごとく交わしながら攻撃のチャンスを見計らっていた。
だが、何かがおかしい。
俺の疑問が顔に出ていたのだろうか。金城は俺の顔を見てニヤリと笑った。
「お前の動きを止めるには威力はそこまで必要ない。必要なのは数だ。」
金城はそれ以上は言わなかった。それでも俺がこの状況を理解するにはそれだけで十分だった。
金糸は存在し続けている。
金糸は少しずつだが着実に増えていく。
もしも、金糸でこのドーム型の部屋を覆い尽くせるとしたら、どこに逃げ場があるというのだろう。
逃げ場はない。
そしてその事実に気づくのが少し遅かった。
俺の周りに逃げ場は無かった。相手の数手先の攻撃まで読めるが、それ以外のことに頭を使っていなかった。
致命傷になるよりは金糸に触れた方がマシだ。
俺は未だに冷静なままの頭でそう考えた。
金糸を握りながら体を翻そうとした。
その瞬間だった。
パンッという軽快な破裂音が金糸から放たれた。カメラのフラッシュのような一瞬の眩い光が俺の目を刺激した。
少ししてから訪れる強烈な痛み。
傷口を見る。
人差し指が無かった。
「ウォォォォォォオオオオ!!!!あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
感じたことのない痛みに、飲み込めない状況と痛みの情報が脳を行き来する。
俺の意識は途切れるどころか、研ぎ澄まされていった。
これ以上は脳がオーバーワークになってしまうと思っているうちに、周りの時が止まっているのに気が付いた。
俺は見知らぬ場所に居た。
それは黒い部屋。
まるで目に墨でも塗りたくられたように前の見えない暗闇が広がっている。どこに壁があるのか、俺がどこに立っているのかも分からない。
それでも目が見えているのだと気づけたのは、目の前に少年がたたずんでいたからだった。
「やぁ、始めまして。」
「お前は......一体......」
「君は僕の事を知らないかもしれないけれど、僕は君のことを知っている。」
「なん......だと......?」
「君は面白い人間だ。僕は君に期待しているし、こんなところで終わってもらっては困るんだ。」
少年は床がどこなのかもわからない部屋の中でつかつかと歩いて近づいてくる。
そして手のひらを掲げる。
その手のひらの中にあったのは黒色の球体だった。
俺はその部屋のなかでは動くことも出来ず、少年にその球体を体に押し付けられる。
それは熱された鉄球の様に熱く、体を燃やし尽くすような痛みが襲った。
「だからもっと面白く足掻け。」
「お前は......誰だッ!!」
「僕は、神様だ。」
そう言うと、その少年は消え、黒い部屋は掻き消えた。
最後に神と名乗った人物。彼は一体何者なのでしょう。本当に神様なのでしょうか。
そして黒色の球体の正体は一体?
果たして勝負の行方は!?
vs金城戦は次回も続きます。




