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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
絶望と渇望の第一章
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召喚

 パァンッ!!

 道着と肌の擦れる鋭い音が鳴り一定のテンポを刻む。

 拳が春先の冷たい風を貫き、体中の筋肉はそれに呼応するように軋む。

 体中から噴き出す玉のような汗が朝霧と共に空気に溶けていく。


 武道家の朝は早い。


 朝は規則正しく5時に起き、体を温め動きの確認。

 それが終わったら朝食。いつもと変わらずご飯に納豆に味噌汁。美味い。やはりこれが最強の組み合わせだ。ご飯は大事。ゆっくりと時間をかけて食べる。

 それから朝のニュースを家族と見ながら柔軟運動。

 簡単に身支度を整えて家を出る。


「行ってきます。」

「行ってらっしゃい。今日はいつ帰るの?」

「いつもと同じだ。夕食もいつもの時間で頼む。」

「分かったわ。稽古もほどほどにね。」


 その問いかけにはうなずけない。

 今、ほどほどに武道なんてしていたらいつ日本一を取るんだ?時間は有限だ。1秒たりとも無駄には出来ない。


 今でこそここまで性根を入れて武道をしているが、最初のきっかけはとても単純なものだった。戦隊モノのヒーローに憧れた。それだけの理由だった。

 悪者を倒し人を助けるテレビの中の英雄に子供ながらの幼い心ではあったが憧れを覚えたのだ。今ではそれは過去のものとなりつつある。それでも俺は強さを求め続けた。そして自信をもって言えることがある。


 俺は強い。


 --------------------


 自転車で常人なら片道一時間はかかる道をわずか30分ほどで駆け抜ける。武道で鍛えた筋肉があってこそできる芸当だ。自慢ではないが一度「どこから来てるの?」と聞かれて女子をドン引きさせたことがある。本当に自慢ではない......


 自転車から降りて学校に入ると興味ありげにチラチラと自分を見るものも居るが最終的には誰もが自分から目を逸らす。寄り道もせずクラスに向かい席に着くと人が勝手に自分を避ける。

 学校についても自分に気軽に話しかけられる者はいない。自分の風体が主な原因である。

 身長180cm体重100kg

 誰にも目線を合わせられなくなることを代償に手に入れた肉体だ。高校生の中ではかなり目立つがだからと言って人気になる訳ではない。

 だがそれでいい。

 自分で言うのもなんだが俺はコミュニケーションが得意な方ではないし、他の人間と馴れ合う気はない。誰にも話しかけられない方が気が楽である。俺にはこの肉体さえあればいい。少なくとも今の目標は高校の空手の大会で優勝すること、それだけだ。それが出来れば他には何もいらない。


田熊(たぐま)氏!今日は一段とキレのあるオーラを放っておりますな!!おかげで拙者はこの誰も寄せ付けない防御壁を破るのにいつもより時間がかかったでござるよ!」


 いや、一人いた。

 くせっけのある髪の毛、何が見えているのかというぐらい細い目に度の強い眼鏡をかけている。

 腹の周りにたっぷりと皮下脂肪を蓄えており、鼻息を荒くしながら気が付けば横に立っていた。

 制服はムッチリと膨らんでおり健康さのかけらもないような体をしている。


「朝から騒がしいな。」

「デュフフwwwそんなにツンツンしなくても大丈夫ですぞ。拙者と田熊氏はもはや親友と呼ぶより同士。志を一つにする仲間でござるからな!!」

 そう言いながら卓男は左手を腰に当てて右手の指先をピキィィン!と効果音が付きそうな感じで天に向けている。


 独鈷卓男(どっこたくお)とは無理矢理押し付けられたライトノベルを読んでからの付き合いである。あの時は面白かったと一言だけ伝えたが、それ以来何かと話しかけてくる男だ。実際、稽古の合間の休憩では貸してもらった本を読むので貸してもらった本は役に立っている。そういう意味では感謝しなくてはならない。


「これ、貸してもらっていたものだ。面白かった。」

「おぉ!!田熊殿はハーレムものもお好きでござるか!!」

「そこは否定する。ヒロインは一人で十分だ。」

「デュフフwwwやはり田熊氏が好きなのは王道設定!しかしまだまだですな。拙者レベルになるとヒロインは何人いても許容範囲。ヤンデレからツンデレまでどんとこいでござるよ!」


 デュフッフッフッフと笑う卓男はそう言いながら何かを妄想しているようだった。


「はっきり言って気持ち悪い。」

「流石。田熊(たぐま)冷徹(れいてつ)という名前は伊達ではないといったところでござるか......心にダイレクトアタックされたでござるよ。」


 そう言いながら膝から崩れ落ちる。

 しかし俺は知っている。俺に話しかけられる時点で卓男の心はかなり固い。なぜ俺に話しかけてくるのかは知らないのだが。


 --------------------


 その時、チャイムが鳴り先生が教室に入ってきた。

 ボサッとした髪を適当にまとめて括っている。瞼は半開きでスーツは少しよれている。

 いつも通りの姿といえばそうではある。


「あー、おはよう。生徒諸君。元気?じゃあ出席取るから早く座って。」


 我らが担任の藍染霞(あいぞめかすみ)である。これが女教師であり人にモノを教える立場の人間か、と問われると少し首を捻りたくなるところがある。失礼だとは思うが、これが38歳独身と聞いてとても深く頷ける。そもそも結婚する気はないのかもしれない。それも一つの生き方である。目には光が宿っていない。何か人生の縮図というか闇のようなものが見える気がする。


「お前らも高校二年なんだからもうそろそろ勉強も始めるんだぞー。夏休み超えたら遊べる休みはなしだからなー。良い気になるなよー。」


 無気力で抑揚のない声を出しながら決まり文句のようにそう言った。......多分そんなことなんて一つも考えていないのだろうが。

 淡々と伝えることを伝えてホームルームは五分もしないうちに終わりを告げた。

 なんてことのない授業が始まる。代り映えのない一日だ。


 そう思っていた。


 --------------------


 先生が資料をまとめてその場を立ち去ろうとした時、それは起こった。


 黒い霞が教室中に立ち込める。


 一瞬、煙か何かだと思ったがそれは違うみたいだ。そんな臭いはしない。ただ嫌な予感がする。他のクラスメイトも恐怖や困惑はあったかもしれない。だが俺の場合は別だった。

 嫌な予感、そう例えるのが一番正しい。この黒い霞が何か良くないものであるというのを本能が訴えかけてくる。逃げろ、このままでは危ない、と。


 黒い霞が壁中に張り付いて教室を覆い隠す。少しベタリとして気持ちが悪い。すこぶる汚いものを見た時に吐き気を催す感覚に似ている。

 教室中がパニックに陥り、先生は「静かに!」と声を張り上げるもその声は錯乱の中に吸い込まれていく。

 そして、そのときは起こった。


 ()()()()()()()()()


 誰もその事実を瞬時に飲み込むことが出来ずに一人また一人と落ちていく。

 机も椅子も滑りぬけてドス黒い虚空の中に飲み込まれていく。ただ茫然とした顔で、何が起こっているのかも分からずに闇の中に食べられていく。

 領域は少しずつ広がりを見せ、それはバケモノが少しずつ口を開いているようにも見えた。


 俺はその光景を見ながらある一つの確定的な事実が脳裏を支配していくことに気が付いた。

 そして気が付いた時は既に駆け出した後だった。


 俺は強い。だから、


 ふわりと一人の女子の体が落ちていく。机を避けながら足でしっかりと床を掴み、一気に駆け出す。

 飛び込むような感覚に近かったが女子高生を小脇に抱えてすぐさま身を翻す。

 視界の端に映る男子が、悲壮感と諦めで埋め尽くされたような顔をして落ちていく。俺は広がる領域の淵を蹴り横っ飛びしながら男子生徒を左手で掴んだ。


 だから、他の人間を守らなければいけない。


 女子生徒を助けたからまだ右手が開いている。深淵を飛び交いながら素早く人を視線で追う。いた。男子生徒の縁にかろうじて捕まっていた手が無慈悲に外れる瞬間だった。

 まだ、間に合う!

 縁を勢い良く蹴り出して一気に男子生徒との距離を縮める。

 もう少し!もう少しで手が届くッ!!


「行ったッ!」


 右手がかろうじて引っかかった。筋肉を使って無理矢理引き寄せる。空中で態勢を立て直しいつ着地してもいいように身構える。

 長く深い闇の中。

 いつ終わりがあるのかも分からない。

 段々と不安が募っていくのを感じる。

 深くなっていくほど吐き気が重くなっていく。頭が軋むように痛い。

 経験したことない感覚だ。強いて言うなら顎を思いきり殴られて気絶する寸前のような感覚に近い。

 ズキズキとした痛みに頭が張り裂けそうになる。


 目がチリチリとして良く見えない。。

 その霞んだ目で見えたのは胸から光のようなものが抜け出ていく所だった。

 それは絶対に手放してしまってはいけないような気がしたが、無情にひらりひらりと旅立っていく。

 俺は薄々気づいていた。

 今までの平和な日常をもう二度と過ごすことは出来ないのかもしれない、と。

連続投稿開始!!

異世界では何が待ち構えているのか。どんな試練が田熊を捻り潰すのか。

今日はもう少し先まで一挙公開です!

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