隠し事
今日は何か違和感がある。
田熊はそんなことを考えながら、いつもと同じく修行を積み重ねていた。
俺の体に違和感がある訳ではないのだが、背筋がピリピリとするのだ。悪い予感がする。
朝はそうでも無かったのだが時を経るごとに強まっていくその感覚は、もはや無視できないものになりつつあった。
この感覚は、殺気だ。
試合前に相手と対峙した時に比べればこんなものは微々たるものだが、次第に強まっているような気がする。
こんなものにはまだ誰も気が付いていないだろう。俺はこれまでの経験から、こういうものに敏感になりすぎているところがある。
しかし、一体どこから。
俺は不安感のような物に駆られて、修行を早めに切り上げた。
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「そうかぁ?俺は感じないけどね。」
「はい。何というか......違和感みたいなものなんです。よく言い表せないのですが。」
雑務室を訪れた田熊は、入って開口一番に違和感のことを告げた。
ヤト爺は困り顔のまま、鼻クソをほじっていた。
「これは殺気ですよ。」
「お前を誰かが殺そうとしてるって?」
「......そういう訳ではないんですが。何かもっと、こう、大きな、その、なんていうか」
「あぁ!もう良い!分かった分かった!!言葉に表せないけど何かあるんだな?」
「はい。」
ヤト爺は俯きながら何かを考えるそぶりを見せた。
こんなあいまいな情報だけで何を考えているのかは分からなかったが、それでも今はヤト爺が納得してくれることを信じるしかない。
「......俺も昔、そんなことがあったっけなぁ。こう、胸の奥がざわつく感じなんだろ?あったよ。あった。」
「そうです。多分、そんな感じです。」
「それ、ヤバいやつだぞ。」
ヤト爺の目つきが変わる。
「俺が前にそれを経験した時は――」
その目の奥には、色々な感情が入り混じっていた。恐怖、後悔、懺悔。あらゆる負の感情をドロドロに溶かして練り混ぜたようなそんな感情だ。俺には想像もつかないような感情だった。
「フェンリル大侵略の時だ。」
時が止まったような気がした。
大障壁が一度だけ壊れたというフェンリル大侵略。国が傾きかけるようなその出来事は、多くの被害、死傷者を出し、数多の悲惨な出来事を生み出したと聞く。
記録石の光景の中にも映っていたのを思い出す。フェンリルの総戦力をかき集めた大軍勢がこちら側に押し寄せてきて、防衛線でも止まることは無く、王都の街並みを侵略していく。
その光景は蹂躙と言って差支えのないものだった。
それがまた繰り返す。
一体なぜこのタイミングなんだ?
このタイミングで進行する理由が見当たらない。
......いや、一つある。
俺はロアさんの言葉を思い出していた。
『彼女はスパイの可能性があります。』
もしもあの言葉が本当だったとしたら、ベルモットは俺たちの国を偵察し、進行可能な状況だったとして報告したのだろうか。
いや、そんなことはあり得ない。
多分、他の理由が在るはずだ。でも一つだけ言えることがある。
ベルモットは何らかの形でこの進行に関わっている。
それを調べるために他の人々は色々な方法を駆使するのだろうが、俺にはそんなことは思い浮かばない。
直接聞くしかないだろう。
最悪、はぐらかされてしまってもいい。
俺は今すぐにその真実を確かめたかった。いや、確かめなければならないと思ったのだ。
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「ベルモット!!」
俺は鍛冶工房の扉を勢いよく開いた。
「うわっ!びっくりした!もう、扉を開けるときはノックして頂戴。それと勢いよく開けるのはマナー違反よ。」
「そんなに慌てて、どうしたでござるか。」
俺はその様子を見てなんだか拍子抜けしたように、その場にあった椅子に腰を落とした。
そこにあったのは、前と変わらない光景だった。
これから何か特別な事があるという感じも消え失せてしまうような、そんな日常がそこにはあった。
俺は気持ちを入れなおす。
「ベルモット。」
「何。改まって。それと私のことはベルで――」
「お前は一体何者なんだ。」
そう言った瞬間に、ベルモットの表情がこわばったのを俺は見逃さなかった。
卓男は俺の顔とベルモットの顔を見比べて、オロオロとしていた。
「急にどうしたでござるか!?」
「そ、そうよ。一体、何があったの?」
「何もない。いや、まだ何もない。」
俺は極力、同じトーンでしゃべり続けるように心がける。このまま、ただの女の子に見える者を疑い続けるのは俺には辛すぎる。
何を言われても動じぬように口を動かす。なるべく心の奥底を見せないように、相手の目を見つめ続ける。
「何があるの?何が言いたいの?」
俺は心臓を止めたいと思った。
これ以上動かしてしまったら自分の動揺がばれてしまうと思った。
「この国が傾く......かもしれない。」
卓男の顔が青ざめた。俺も最初に知ったときは、多分同じような顔をしていただろう。もとよりそれが合っているかどうかも分からない。
全部俺の勘。全く見当違いかもしれない。もしかしたら俺が感じた殺気は、ティファの殺気で、俺が時間になってもご飯に来ないこととか、洗濯物を出し忘れる事への強烈な怒りかもしれない。
そうだったら良いと思う。
心の底からそう願う。
「それは、本当でござるか!?なんでみんなはまだそれを知らないんでござるか!?もしかして拙者にだけ知らされてないんでござるか!?」
「いや、まだ確証がないんだ。」
「そうでござるか......」
俺は改めてベルモットを見つめた。
ベルモットは目を逸らす。
間違いなく彼女は何かを隠している。だがスパイであればこんなに分かりやすい反応はしないだろう。俺はそれに希望を託している。
俺は彼女を最後まで信じたい。
「ベルモット。」
「......」
「お前は一体、何者なんだ。」
「......」
「俺はお前を信じたい。お前を悪人だなんて思いたくはないんだ。お前が何かを隠しているのは分かってる。だから言え。」
もっとマシな言い方があることは分かっている。
俺は言葉を紡ぐのが苦手だ。
思ったことをすぐにそのまま口に出す。その言葉が相手にその意味で伝わっているかどうかも分からない。
でもそれしか俺には言い方が無いのだ。
「私は――」
俺たちはその答えを待ち望んだ。
話してくれることを嬉しく思い、やはり隠し事があったことを悲しく思った。
だがその答えは俺の予想の斜め上を行く答えだった。
「私は、フェンリル国第三王女、ベルモット=フェンリルよ。」
「......は?」
なんとベルモットは敵国の王女でした!
でもなぜ敵国の王女がこんなところに?フェンリル大侵略の再来なるか!?
これから物語はどんどんヒートアップしていきますよ!!




