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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
掌握と堕落の第二章
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望むもの

 ある日の夕方の事だった。

 俺は修行終わりに、ヤト爺への報告も兼ねて雑務室を訪れようとしていた。所属は雑務室にも関わらず、最近は雑務室に顔を出せていないというのも理由の一つだった。

 ヤト爺も時々、修行に顔を出しては茶化して帰っていくし、ティファに至ってはほとんど毎日顔を合わせているので、ほとんど自分のエゴである。何も仕事を言い渡されないというのは、それはそれで罪悪感があるのだ。


 その時、雑務室からある一人の男が出てきた。

 ボルドー隊長である。彼は険しい瞳にいつも以上に皺を寄せながら、ズカズカと歩いていた。

 一体何事だろうと思いながら俺はその姿を目で追っていたが、彼はこちらの存在にすら気づいていないようなそぶりで俺の横を通り過ぎていく。


「この、老害が......」


 そう独り言のように呟きながら行ってしまった。老害とは、やはりヤト爺の事だろうか。人のことをそういう風に言うのはあまり良い気がしない。まるで陰口のようである。彼は隠す気も無いのだろうが。

 それにしても、隊長は何のためにこんなところまで来ていたのだろうか。


 俺はそう思いつつ、木製の雑務室と書かれたドアを開けた。


「よぉ、田熊。久しぶりじゃねぇの。」

「そこまで久しぶりというほどでもありませんよ。」

「そうかぁ?最近不義理だったんじゃねぇの?もっと師匠としての俺の顔を立てねぇと駄目だぞ。」


 ヤト爺はいつもと変わりないしたり顔のような笑顔でこちらを見ていた。

 ただ、目の下には隈があり、少し疲れているようにも見える。


「今さっき、ボルドーさんが出てきたように思いましたけど、何かがあったんですか?」

「......なんもねぇよ。」

「どうして俺と同じぐらい分かりやすいウソつくんですか。」

「なんでもねぇって。今になっても色々言ってくる奴がいるってことよ。」

「そうですか。」


 ヤト爺は少し悲しそうな顔をして、その後すぐに俺から目を逸らして窓の外を眺めた。

 机に座って、コーシーをちびちび飲んでいる。

 俺はそれ以上踏み込んで良いものか悪いものか、迷いながら俺もポットのようなものから自分でコーシーを注いだ。


 俺はヤト爺を見つめるのもはばかられて、机に視線を移した。

 机の上には使い込まれた万年筆のようなもの、淵にべっとりと黒いインクが付いたインク入れがあった。

 机の引き出しには鍵の付いている引き出しと、鍵の付いていない引き出しがそれぞれ一つずつあった。鍵の付いている方は、普通の学習机ではあまり見られないほどの大きさだった。

 あの中には何が入っているのだろうと少し興味が惹かれたが、多分中を見ることは出来ないのだろうと思った。


「これに興味があるか?」

「......ええ。まぁ、そうですね。惹かれるものはあります。見せてくれるんですか?」

「ダメダメ。まだお前には教えてやれないね。恥ずかしい黒歴史が詰まってるんだもん。」


 ヤト爺は茶化すようにそう言った。

 俺はそれを聞いた瞬間に、昔に書いた拙い小説でも入れてあるのかと思ったが、そんなものが入っているはずがないと思い、すぐに思い直す。

 一体何が入っているのだろうか。

 バレずに持ち出すことは出来るだろうか、なんてことをひとしきり考えていたが、やはりだめである。鍵を開ける能力は俺にはないし、こじ開ければすぐにばれる。

 諦めるしかないかぁと思いながら、畳の上に寝転がった。


 ここは何だか落ち着く。こっちに来てから失ってしまった実家の代わりみたいな感じだ。

 ここには心の温かい人が居て、自分の居場所がある。もしも、自分に行き場所が無かったとしたら俺の心は折れていたか、もしくは壊れてしまっていただろう。

 今も力を求める気持ちは同じだが、もしもこの気持ちが自分がコントロールできないほど膨れ上がっていたら、確実に人格が壊れてしまっていただろう。それも、とても簡単に。

 俺は感謝している。

 仮初の居場所をくれた人たちに。

 だがその感謝を言葉にして現すことは出来ない。俺はそんなにコミュニケーションが上手いわけではないのだ。


 --------------------


 田熊が出て行った後の室内には風が良く通る。

 アイツは筋肉量が多いせいで部屋の中に居ると蒸し暑い。別にそれが嫌な訳じゃないんだが、アイツが居なかったころにはこんなことは思わなかった。

 白髪をしわがれた手で掻きながら、今日の会話を思い出す。

 アイツが来てからの毎日は楽しくもあり、色々考えさせられることもある。

 見ていると若かった頃の自分の姿を思い出す。


 俺の髪の色がまだ黒かった頃の話だ。


 思い出すと、必ず良い記憶と悪い記憶がセットになって思い浮かぶ。今から思っても苦い思い出だ。やり残したこともあるし、後悔も沢山してきた。苦労も人一倍だとはっきり言える。

 でも現状には満足している。

 これ以上のものは何も望まないと決めた。


「これはこれで、良いのかもしれねぇな。」

「何が良いのよ?」

「うぉっ!?びっくりした!!」


 まさかティファが後ろに居るとは思わなかった。

 いつもはドアを勢いよく開けて入ってくるのに、静かに入って来ていることなど予想できるものか。


「それより、何が良いのよ。」

「......それは、今だよ。今。田熊も来て、ここも前より活気が出て、お前の顔にもちょっとばかり笑顔が増えた。それが良いことだって言ってんだ。」

「本当にそう思っているの?」

「......そうだよ。」


 沈黙が流れる。

 ひどく重苦しい沈黙だった。


「このままで良いの?ヤト爺は馬鹿にされるべき人間じゃないわ。」

「......今が良いんだ。ボルドーのヤツにもそう言っておいた。悪態を吐いてたが何も思わん。今が良い。ここに来るまでの全ての苦労が今の現状を維持するためのものだった。そう思える。」

「そう。」

「それに俺の今の使命は戦うことじゃない。」

「そう......そうね。」


 俺はコーシーに口をつけた。

 爽やかなはずのその液体が、今はひどく苦い物に感じた。

ヤト爺の過去には何かありそうですね。

ヤト爺は田熊に似ていたと思っているみたいですけど、今の姿からは想像がつきません。そのうち明かされるのでしょうか。もちろん自分は答えを知っています。

それでは明日もお楽しみに!

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