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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
掌握と堕落の第二章
15/136

工房

 異世界に行ったからと言って朝の寒さは変わらない。

 新緑の葉が、まるで貼り絵のように、朝日が登り始めた黄色の空に散りばめられている。

 まだ傷跡の残る肌を優しい風が撫でる。

 そんな中、俺はただ拳を勢いよく弾き出していた。

 何発も、何発も、ただ前の動きをトレースするように。

 一撃一撃に集中しつつ、出来る限り丁寧に、されど早く、何度も、気が遠くなるほど繰り返す。これが、修行の基本だ。

 別にこっちに来てからの話という訳でもない。あちらでもそうだった。

 時間の感覚はあるけれど、流れているという感じはない。ただ、日の上り加減で時間が分かるというだけである。ここが密室であれば、時間の感覚なんてものはとうに消え果てているだろう。


「朝から元気なのね。」

「ティファだってこんなに朝から良く動くよな。」

「私のは仕事よ。朝は全員分のご飯も作らなきゃいけないし、大忙しなの。あぁ、忙し忙し。」


 俺に見せつけるように肩をグルグルと回している。


「ここに、呼ばないとご飯に来ないような奴もいるもの。手間かけさせないでよ。」

「今、そんな時間だったか?」

「そうよ。いっつもおんなじこと言ってるじゃない。いい加減覚えなさいよ。大体、いっつもここでやってるんだからもうそろそろかなーとか思わない訳!?私、あんたを呼びにここまで来なきゃいけないのよ!!じゃあ早く食堂に来なさいよ!分かった!?あぁ、もう!!配膳してくる!!」


 これが日課......と言ってしまったら語弊があるが、ここ最近は受け答えしているうちにティファがヒートアップしてしまうことがほとんどだ。とても忙しいことに違いは無いのだろう。いつも次にやることで頭の中が一杯になっているようである。

 俺は雑巾のような布切れで額の汗を拭うと食堂に向かった。


 --------------------


 ここの飯は美味い。

 俺は木で出来たトレーを手に持って、部屋の隅の席に陣取る。

 異世界を感じさせないおふくろの味だ。これを自分よりも年下の女の子が作っていると思うとなんだか複雑な気持ちだ。だが、ここで飯を食っている時だけは心が安らぐ。

 異世界でも元の世界と変わらないような食事が楽しめることを、少し不思議に感じていた。

 俺の視界の端にエメラルド色の髪が映った。


「あら、貴方。そんなところに居るのね。もっと日の当たるところで食べればいいのに。」

「ここが良いんだ。」

「そ。変わった人ね。」


 ベルモットは自分の横にお盆を置いて、席に座った。

 隊員のほとんどが隊服のズボンをはいている中で、膝よりも少し長めのスカートの端を折りながら椅子に座るのは少し新鮮味があった。


「わざわざ隣に来て食べなくても、言いたいことぐらい分かってるつもりだぞ?ベルモット。」

「ベルで良いわよ。今日は工房に来てくれる約束だったわね?」

「あぁ、卓男に呼ばれているからな。」

「そう!今日はつけてみてもらいたいものが山ほどあるの!」

「人を実験台にするつもりか。」

「ふふふ。そうかもしれないわね。」


 ベルモットはこういう時に一番目を輝かせている。

 ここに来た意味の一つが魔法器の開発だったらしい。他にも理由はあると言っていたが真意は良く分からない。だがここに来てからというもの、毎日毎日、開発を楽しんでいる姿は何だか微笑ましくもある。

 ひとしきり話をしているうちに、ベルモットはもう食べ終わっていた。


「では待っているわ。これは貴方のためでもあるのだからね。」

「分かっている。」


 そういうと自分よりも早く席を立っていた。彼女が早食いな訳ではない。俺の食事の量が他の人の二倍あるのだ。人よりも良く動くので食べる量も増える。世間ではこういう人間のことを穀潰(ごくつぶ)しと言うのだろう。

 俺は咳き込みながら残りの飯をかき込むと、後を追うように席を立った。


 --------------------


 目の前にあるのはサビた鉄製のドアだった。

 随分と古いものだが、立て付けが悪いわけではない。ドアには『鍛冶工房』と彫り込まれている。

 卓男がもう使わなくなってしまった倉庫を使わせてもらっているらしい。この前に来たときはこんな文字も掘られていなかったし、ガタガタと立て付けも悪かったが、今はそうではない。おそらく卓男が直したのだろう。


 ドアノブを開けた瞬間に冷気が中から出てくる。一体何をやっているんだ?


「田熊氏!良く来て下さいましたな!!」

「あら、思ったより早かったのね。」

「何だ。随分と快適じゃないか。」

「デュフフww。工房は進化し続けるのでござるよ、田熊氏。」

「......しかし、いつ来てもここは凄いな。」

「拙者、いや拙者達の努力の結晶でござるよ!!」


 そこにはベルモットと卓男が居た。ベルモットは作業着を着ている。作業着の姿はいつもの妖艶で気品が垣間見える感じではなく、汗水たらして仕事する女性という感じがする。頭にかぶった三角巾も良く合っている。

 卓男の方は......なんとコメントして良いのか分からない。『尊い』と大きく書かれたTシャツを着て腕に皮の手袋をはめている。ズボンはジーンズのような生地の何かで出来ていて、来客用のようなスリッパを履いている。何というか、絶望的にセンスがない。もっとこだわるべきところがあるだろう。


 壁には一面に隙間が無いほど、色々な創作物が立てかけられていた。時々、使い方すらも分からないものがある。これだけのものを作るのにどれだけの時間を費やしてきたんだろうと思ってしまう。文字通り、努力の結晶なのだろう。

 ここに来てからは皆、一生懸命にこの世を生き抜こうとしている。

 それは卓男も同じなのだなと思って、少し嬉しくなったのは顔には出さないでおこう。


「田熊氏にはつけてもらいたいものが山ほどあるのでござる!!ささ、次々行くでござるよ!!」

「お前も、ベルモットも、人を実験台扱いするなよ。」

「田熊氏が付けるのですから、田熊氏が実験台になるのは当然でしょう。」

「......まぁ、確かに。」


 田熊は大きな脂肪を揺らしながら短い脚で部屋の隅に走って行く。太った小動物みたいだ。小動物と違うのは可愛くないところだけである。


「まずはコレ!甲冑でござるよ!!前の反省を生かして全身守れるタイプにしてあるでござる。」


 出てきたのは原始的な甲冑だった。ただ、ところどころに細工が施してある。

 着てみると自分の体にぴったりと合っていた。


「すごいな。」

「でしょうでしょう!!関節は取り外し可能な上に着けてもなかなかはずれない機構を搭載。魔法弾にも耐えられる優れもの!前よりも許容量が高くなっているので少しぐらいムチャをしたって大丈夫でござるよ!」

「でも可動域が狭いな。」

「甲冑ですからな。」

「何とかできないのか?」

「......精進するでござる。」


 卓男はしょぼくれていたが、仕方ない事ではある。


「次はこれでござる!!」


 そう言って出してきたのはナックルサックだった。ナックルサックとは握りこぶしと同時に握りしめることによって、拳を強くする武器である。

 はめたまま拳を振りぬいてみる。多少の重たさはあるが大丈夫だ。

 だが――


「俺にナックルサックは合っていないな。人を投げたりが出来なくなる。武道は殴るだけではないからな。選択肢は狭めたくない。」

「そうでござるか。」

「すまない。」

「貴方、さっきから酷評してばっかりじゃない。私たちがどれだけ頑張ってきたと――」

「良いんでござるよ。モノづくりの道はトライアンドエラーでござる。早々に答えにたどり着けるとは思ってないでござるよ。次はこれでござる!!」

「......なんだこれは。」


 俺の目の前に出てきたのは、訳の分からない機構の施された機械であった。


「これは高エネルギー粒子砲。名付けてマナガンでござる。田熊氏も遠距離の武器があった方が良いと思いまして、作ってみたでござる。」

「なるほど。」

「試しに撃ってみるでござるよ!」

「試したことあるのか?」

「低出力では何回かね。高出力は危険だから出来ていないの。」

「......それで俺にやらせると。」

「今更、文句はないでしょう?」


 試しに一回窓から撃ってみるとビームのようなものが出た。数十メートル飛んで空気中で消滅してしまったが。ボタンを押し続けるとチャージ出来るらしい。


「じゃあ行くぞ。」


 少しずつマナガンに力が溜まってくるのが分かる。光が大きな玉となり銃口から光が出ている。少しずつ光が色々なところから漏れだし、力が満タンに溜まっていることを示す。

 引き金を引く......が、発射されない。


「田熊氏!!」

「言われなくても――」


 足を一歩引き、一瞬で筋肉に力を入れる。

 マナガンを片手に持ち替え、力強く足を踏み込んだ。


「分かってる!!!」


 肘から手首へと、滑らかに力を入れる。手を離したと同時に高速で一直線に光の塊が手から放たれた。

 数メートル飛んで、突如一際強く輝いた。訪れる爆風から卓男とベルモットをかばう。

 やがて何事も無かったかのように辺りがシンと静まり返った。

 俺は卓男とベルモットをジト目で睨みつけた。


「どうやら、手榴弾にした方が良かったみたいだな。」

「そうでござるね。」

「......なんでもトライアンドエラーってことね。」


 そう言いながら三人は苦笑いをした。


 --------------------


 工房を出ると、銀髪の女性と鉢合わせた。


「ロアさん。」

「......良い機会です。少しの間、お時間いただけますか?」


 そう言ったロアは有無も言わせず田熊を促した。

ベルモットは卓男と工房で色々な物の開発をしていたようです。

何でもそういうのが長年の夢だったそうです。それならあちらの国でもすれば良かったのに、それが出来ない理由でもあったのでしょうか?

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