神話
昔、この世界は神によって作られました。
神はまず人間を作りました。そして、言語を作り人間たちを統一させようとしました。
やがて人間は数千年をかけて国々を作りました。
そこにある一人の子供が産まれました。
彼は人間とは全く違った形をしていました。肌は黒く、まるで鱗のように逆立ち、鋭く鉱石より硬い牙を携え、まさにその姿は異業の者と言えました。
彼には寿命という概念そのものがなく、身体能力も並外れたものでしたが、彼の最も特異な部分はそこではありません。最大の特徴は他の生き物を作り出せることでした。
彼は長い年月をかけて世界を見守りましたが人々の争う姿に辟易として、王国を抜け出しました。
彼は魔物を作りだし、魔王と名乗って世界を蹂躙しようと考えました。魔王は魔物を使い次々に人々を退けました。
人間は生態系の頂点では無くなりました。
人々は生活圏を奪われましたが、共通の敵が生まれたことにより王国を作り上げました。
やがて人間は魔物への対抗手段を作り上げました。
それは魔法です。
その革命的な発見は、人間たちに武力を与えました。
魔法は次第に洗練されたものになり、魔物に対抗する力を手に入れたことによって世界の勢力図は大きく変わりました。
そして、三人の子供が生まれました。
その子たちは一人一人が類を見ないほどの強大なマナを持っており、魔法の才能も有りました。彼らはその才能に磨きをかけ、最強の魔法を完成させました。
三人は結託して魔王を倒し、魔物を殲滅しました。
神は人間が安心して暮らせる世の中を作った英雄達に褒美をもたらしました。
それは三つの石でした。
一つ目は記録石。
この世の全ての事象を把握する石。
二つ目は地動石。
この世の全ての物質を操作する石。
三つ目は生命石。
この世の全ての生命を管理する石。
神はこの三つの石をそれぞれ三人の英雄に渡し、それら全てが一箇所に集まることによってどんな願いも叶えることができる世界石となると伝えました。
彼らは世界がより良くなるために尽力して、惜しまれながら生涯の幕を閉じました。
それぞれの英雄の子供は、責任感が強く自分達がこの世界の平和にすると強く心に誓っていました。
しかし、彼らのそこに至るまでの道筋は大きくかけ離れていました。
一人は国を強くする事を望み、また一人は影から国を支える事を望み、もう一人は国を守る事を望みました。
彼らの思いは決裂し、自分の思い通りに世界を動かすために石を手に入れる事を望みました。
誰も譲らず、託さず、退かず、ただ自分の意思が正しい事を信じて疑わなかった結果、それぞれは自分についてきてくれる者たちを仲間とし三人はそれぞれ違う方向に歩み始めました。
三人は自分達の思う平和にできる国を作り、発展を進めました。
それらの国の名前は英雄の名前を冠しています。
国を暴力で統率するフェンリル国。
国を政治で司るプロメテウス国。
そして我らが国を防御で固めるオスカー国。
彼らの思う平和の理想ははるかに高く、石の力を借りずに実現する事は不可能だと考えました。
人々は平和を手に入れる為、争いを繰り返しました。
その三人が死んだ後も争いは続きました。
三人にはその意思を尊重し、受け継ぎ、命を呈する者たちがいたからです。
そして現在も争いは続いています。
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俺以外のクラスメイトもそこに集められていた。
そこは小さな部屋。
部屋の中央には水晶玉がある。中心に黄色の焔を宿している。
俺は若干のぬくもりを感じながらその水晶玉に手をかざしていた。
頭の中に様々な思い、記憶がまるで当時を経験したかのようにありありと浮かび上がってくる。そこにあったのはその場所で生きてきた人々の活気だった。
それぞれの人々の意思が世界を作り上げてきた、その過程だった。
俺はその時代の一番上で生きてきたのだと自覚する。
「お前たちが見たのは世界の姿そのものだ。」
ボルドー隊長が腕を組んでそう言った。どこか誇らしげなその姿に、彼がこの水晶玉に人生を捧げたのだということが見て取れた。
彼もまた意志を継いだ人間の一人なのだろう。
「そしてお前たちが世界を変えていく。全てを手に入れて自分たちの願いを叶える。世界を守るのだ。」
その理論は頷けないこともないがやや強引な気がした。
クラスメイトには魔法が使えるが、自分には使えない。俺にはまだ世界を変える力はない。クラスメイトにもまだその力はない......と思う。
あの敗北から数日が経った。
俺がベルモットを連れて帰ったときには白い目で見られたものの、火傷で全身がボロボロになっていたこともあって誰も俺に口出しはしなかった。関わりたくなかったのかもしれない。元の世界に居た時よりも少し強めのシカトを受けていると思えばなんてことはない。
......それもそれで悲しい気がする。何が悲しいってシカトを受けている事ではなくて、それを難なく受け入れることが出来る自分にだった。他人から何かをされようが、自分の決意が揺らぐことはないと自信を持って言えるからである。
そんな覚悟も色々な人に支えてもらって成り立っているのだが。
ちなみに俺がベルモットを連れて帰った時、ティファはうんざりしたような顔をしていた。変人を見るような目だった。多分自分が逆の立場でもそういう反応をしていただろう。
ヤト爺は対照的に腹を抱えて笑っていた。卓男も同様に笑い転げていた。いつもならゲンコツの一つでも入れるところだが自分の行いが悪かった手前そういう訳にもいかない。
前例が無く、ベルモットの経歴が分からないこともあり、手続き等が滞っていて未だに宿舎内で公表されておらず大事になっていなかった。
しかし噂が広がるのは早いもので、ベルモットの礼儀正しさや愛嬌の良さから彼女の評価はとても好評だった。
だがそれを良く思わない者が居たのも事実だ。
「勝手に戦って、勝手に囚われて、敵国の女まで連れて帰ったにも関わらず、のうのうと皆の前でよく立っていられるな。」
「本当にすまない。」
「どれだけの人間に迷惑がかかったと思ってるんだッ!?」
そう言って大声を張り上げて胸ぐらを掴んだのは金城だった。金城の発言は至極真っ当なものであり、反論の余地は無かった。
金城の睨めつけてくる目を見つめ返す。その瞳には私怨は含まれていなかった。自分のことよりも人のことを優先できる彼ならではの怒りだった。
これが彼がリーダーである所以だ。
彼はチッと舌打ちした。俺は悪意を込めた舌打ちなど出来ない。もとより人に悪意を籠められるほど好意を込められたこともないのだ。
「二度と出てくんじゃねぇ。」
俺を突き放すように手を離すと、踵を返して部屋から出て行った。
それに着いて行くように塩見も出て行ったが、ドアを開けた瞬間にこちらをキッと鋭い目をして睨んだ。
敗北して思い知った。俺は未熟だった。
だが着実に、少しずつではあるが、その敗北を糧に出来ている。この拳には膨大な努力とほんのわずかに培った力が宿っている。
だからもっと強くなれる。
全てを守れるほどの力を手に入れて見せる。
俺は火傷の痛みごと拳を握りしめた。その痛みがまた俺を少し上へ押し上げてくれるような気がした。
掌握と堕落の第二章の幕開けです。
オスカー国が所持する記録石は世界の全ての事象を知ることができます。しかし本当にそれだけで他の2つの石に匹敵する能力があるのでしょうか。




