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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
終焉と希望の第八章
135/136

それから

 私は朝食を食べ終えると、手早く洗濯と掃除に取り掛かる。

 鏡を見ながら少しあの時よりも長くなった金髪を高めにゴムで括り、服の裾をまくった。

 鏡の中の私と目が合う。 


「よしっ! 今日も頑張るぞ!」


 ティファは鏡の中の私に作り笑いをした。


 気合を入れ直して作業に取り掛かる。

 今日は早く家事を終わらせなければならない。

 王都に出かける予定があるからだ。


 私が居るのは少し王都から離れた木造の一戸建て。

 魔獣も居なくなったこの世界では王都に住むことに固執する必要が無いので、周りに何もないこの地に家を建て、住むことにしたのだ。

 あの時から約一年。私はここに住んでいた。

 そう。

 この世界から魔法が無くなってもう一年も経つのだ。


 いつもよりハイペースに家事を終わらせて、物干し竿に洗濯物を干したまま出かける準備をする。

 軽くメイクを済ませて、外に出ても恥ずかしくない程度に服を合わせて外に出る。

 日の光を浴びて青々と生い茂る野原の中を一人歩く。

 私は王都についてからしなければならないことを整理していた。

 

 まずは消耗品を買わなければいけない。

 次に食材の買い出し。

 そして帰り際に基地に寄っていこう。

 基地に寄るのは買い物のついでではあるけれど、久しぶりに一緒に旅をした仲間たちに会えるのはちょっと楽しみだ。

 ついでやオマケの方が本当の目的になってしまうやつである。

 食材が傷まないうちに帰ろう。

 そう決意するティファだった。


 買い物もさっさと済ませようと思っていたが、値引き交渉をしているとかなり日が昇っていた。

 私が値引きを諦めるのを見て店主のおじさんがホッと胸をなでおろしたのが分かった。今度はギリギリまで値引いてやると決心する。

 重くなったバッグを抱えながら少し歩くと、見慣れた建物に着いた。

 前の堅苦しい雰囲気は無くなってしまったが、柱に刻まれた傷跡や、見慣れた家具の配置を見ると、久しぶりに戻ってきた感じがする。


「おや! ご無沙汰じゃないでござるか!」


 通路を歩いているとちょうど卓男が現れた。

 私は卓男と食堂で世間話をすることにした。


「どう? 魔法の方は」

「割といい感じに仕上がってきているでござるよ。最初のうちはどうすれば良いのか、前も後ろも見えない状態だったでござるが、リタ氏のおかげで魔法の基本は掴めてきたのでござる」

「へぇ、リタが。回復とか蘇生......だったっけ? あれが役に立ったの?」

「聞きたいでござるか!?」


 卓男が鼻息を荒くして聞いてくる。

 私はそこまで理解する自信が無いし、理解する努力もしたくないのでやんわりと断った。


「魔法も一から作るとなると大変でござるよ。これまでは既存の回路を使いながらそれを組み合わせることによって新しい機能を生み出していたのでござるが、今度はその魔法の回路を一から生み出すのに一体どれだけの苦労が――」

「も、もう良いから」


 どこかでスイッチを入れてしまったみたいだ。

 どうどう、と馬をなだめるように両手で息を整えさせる。

 これがギジュツシャかと思いながら嘆息する。

 一息ついたのも束の間、今度は後ろから声が聞こえた。


「回路を一から生み出すためにはまずその回路を一から分解することが必要で、その過程でリタの勉強が役に立ったのよ。リタはあらゆる回復魔法を基礎の基礎から調べていたから共通項を見出すことに成功したのよ。だからその共通項を一つ一つ書き出してそれを世界の規則に当てはめ――」

「ちょっと! ベルモットまで悪ノリしないの!」

「ふふっ。元気そうで何よりだわ、ティファ」


 振り向きざまにキュッと抱きしめてきたのは、ともに旅をした仲間であるベルモットだった。

 私は煩わしそうな素振りでその手を振りほどく。


「ベルモット、あんた卓男に似て来たんじゃないの?」

「一年も一緒のところに住んでいたら、似てくるところもあるでござろう」

「心外だわ」

「えぇ......」


 卓男がゲッソリと肩を落とす。こんな図体をしながらメンタルが弱いのは考え物である。


「そういえばアイツは上手くやってるの?」

「本題はやっぱりそれでしたか」

「もののついでよ、もののついで」


 食堂に入ってくる一人の大男。


「おっ。噂をすれば」

「噂してたのか? ......ティファ、来てたのか!?」


 少したってからあいつは私の存在に気づいたようで、ビクッと肩を震わせる。

 体に色々な機械を取り付けたアイツは私を見て目を白黒させていた。


「びっくりした、田熊?」


 私はおどけたように笑った。


--------------------


 まさかティファがここに来ているとは思わなかった。

 朝はいつもと同じように朝ごはんを作っていたのに、まさかこんなことを企んでいるとは。


「来るって言えば送ってやったのに」

「こういう時にちょっと寄るから良いのよ。それにやましいことが無いなら別にいつ来たって良いでしょう」

「それはそうだが」


 せっかく来たならもう少し仕事をしている風の格好を見せたかった。

 魔法が無くなってからというもの、俺は研究の実験台として色々なことに良いように使われていた。

 なまじステータスが高いので危険な実験でもわりと強引にこなすことが出来るから重宝されているのだ。

 つまるところ俺は魔法の難しいことなどさっぱりでただの実験台なのである。

 ティファに見せるなら、もう少しましな格好を見せたかった。

 こんな実験器具まみれの格好で現れるのは格好がつかない。まぁ、家では着飾ったことなどないのだが。


 そんな様子を察してか、卓男が咄嗟にフォローを入れる。


「田熊氏にはいつも世話になっているのでござるよ。田熊氏が居なければ実験が出来ないので、居るだけで大助かりでござる」

「だってさ、田熊」

「そりゃどうも」


 ふーん、と言いながらティファが俺の体に着いた器具をまじまじと見つめた。

 ティファにはこの器具がどんな物かは分からないだろう。安心してくれ。俺も分からない。

 ありきたりなフォローだが、ティファも何やら納得したようだった。卓男には感謝だ。後日、昼ご飯を奢ろう。


 それから現在の魔法のこととか、ここでの俺の様子とかを話した後、話はお開きになった。


「俺が家まで送っていこう」

「これからまだ仕事があるんでしょう?」

「空躍すれば一瞬だ」


 俺はティファを慣れた様子でお姫様抱っこする。


「そう言えば、もう少しであっちの世界に行ける算段がついたんだが......本当に俺達の世界に来るのか?」

「あんたの世界も見てみたいしね。けど、金髪ってあっちの世界では中々居ないんでしょう? 目立たないかしら?」

「まぁ、それはどうにかなるだろ。別に親も説得すれば良いだけの話だ」


 俺は空躍しながら王都を上から見下ろした。

 あれから色々な事があった。

 魔法が無くなって街が大混乱に陥ったり、治安が急激に悪化したり、三国の会談で乱闘に発展したり。

 それでもどうにか今は落ち着いて、新しく魔法を作り出すところまでこぎつけている。

 あっちの世界に行くゲートの開発もおおむね良好だ。

 本当に上手くいった。ここに来るまでの道は全て無駄ではなかった。

 今になって考えればそう思える。


「あの日からもう一年かぁ。早いなぁ」

「あっという間に思えるな」


 ティファも同じようなことを考えていたのだろう。


「ねぇ」

「何だ?」


 ティファがお姫様抱っこされたまま、こちらを見上げる。


「もしかしたら一年前のあの時に死んでたかもしれないのよね?」

「そうだな」

「どうして生きて帰ってこれたの?」


 あの時、帰ってこれたのは奇跡としか思えなかった。

 なぜ生きているのかも分からなかった。

 卓男に聞くと「人間を助けるために使ったマナがほんの少しだけ余っていて、そのマナをどうにかして白い空間から帰ってきたのだろう」みたいなことを考察していたが、詳しいことははっきりしないままだ。


「どうしてだろうな」


 俺はあの時死んでも良いと思った。 

 だが今は生きている。

 こうして大切なものを抱えていると、生きていてよかったと心の底から思える。


「つまるところ、報われたんでしょうね。色々な事を頑張ってきたわけだし、それぐらいは報われても良いんじゃないかしら」


 ティファの考え方は好きだ。

 理論的ではないけれど、そんなところが好きだ。


「そうかもしれないな」


 俺は自分の救った世界を見つめながらそう呟いた。


 なんと田熊は生きていました! あんなに死亡フラグを立てていたのに!

 やっぱり頑張ったヒーローは報われなきゃ駄目ですよ。

 ここで最終回? そんなことはありません。


 明日が最終回です。連続投稿ですよー!

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